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02 グリフドラゴン

 そこは、墓標(グレイヴ)と呼ばれるに相応しい場所であった。


 御影石の中身を球形にくりぬいたような、狭い空間。

 現代でいうところの、コクピットのような形状。


 この世界の常識では、その墓石の中のような場所は冷たい光沢を放つばかりであった。


 しかし少年の周囲にあるものは、大きく違っていた。

 目にやさしい液晶モニターのような、暖かい輝きを放っている。


 そのモニターらしきものには、少年の周囲の状況が映し出されていた。


 彼の心は弾んでいた。

 洞窟内を突き進むたびに揺れる、このコクピットように。


 ダッシュボードにある木彫りの人形たちも、激しくダンシング。

 ぶら下げられたお守りたちも、激しくスウィング。


 少年は興奮のあまり、お気に入りのクッションを敷いた石の座席にも座らず、半立ちのまま。

 肘掛けの側にある水晶球に手を置いて、器用に墓標(グレイヴ)を操っていた。



「急ごう、『フーゴ』! 30分しか時間がないんだ! 早くしないと間に合わなくなっちゃうよ!」



 彼は急くように言って、足元の半球を踏みつける。

 すると墓標(グレイヴ)はさらに加速し、振動もさらに大きくなる。


 常人では立っていられないほどの揺れだが、少年はベテランサーファーのように、その荒波を立ったまま乗りこなしていた。


 手のひらを置いている水晶球をキュキュッと指で撫でると、モニターの一部が切り替わる。

 それは背後確認用のバックモニターのようで、遠ざかっていく洞窟の入り口が映っていた。


 そこには生まれたての子鹿のようなのに、もう生きるのをあきらめたかのように、ヨタヨタと壁によりかかりながら進む、仲間(●●)墓標(グレイヴ)たちの姿が。


 少年は不満を露わにする。



「ええっ!? みんな遅いよ! あんなにのんびりしてちゃ、間に合わないよ!?」



 無理もない。

 なにせ彼らは『4PP』への配属が決まったあと、ロクに訓練もさせてもらえず、今日初めて墓標(グレイヴ)に乗ったような者たちばかり。


 それに、彼らは肌で感じていたのだ。

 自分たちが与えられたこの任務が、絞首台や断首台がうらやましくなるほどの、凄惨なる死刑執行であることに……!


 この空間でそれを知らないのは、少年だけであった。


 まさか自分が、帰ることを許されない特攻任務を命ぜられているとは、夢にも思っておらず……。

 小隊長と副小隊長は、自分が背負っている木箱を心待ちにしているのだと、純粋に思い込んで……。


 少年は『はじめてのおつかい』に、一生懸命になっていたのだ……!


 ぶっちぎりの独走で洞窟内を進んでいた、少年の墓標(グレイヴ)は、だだっ広い空間に出た。


 途端、



 ……シュゴアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!



 空から粉砕機(シュレッダー)が降ってくるような、ただならぬいななき。

 そしてショベルカーが目の前に突っ込んでくるような、異常なまでの重圧(プレッシャー)


 その正体は、墓標(グレイヴ)などウエハースのようボロボロにしてしまう、巨大な(あしゆび)……!


 常人であれば、そんなものが突っ込んできたならば、もれなく硬直してしまうだろう。

 ヘッドライトに照らされた歩行者のように、一歩も動けなくなるはずなのだが……。



「おっと!」



 少年は全力で走っていたにもかかわらず、軽く横っ飛びしてかわしていた。



 ……ズドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!



 着弾の瞬間、爆音とともに土煙が高く舞い上がる。

 クレーターのような大穴の中心には、ジャンボジェットのような翼を広げる、ドラゴンが……!


 例によって常人であれば、そんな巨大モンスターに襲いかかられたのだとわかれば、蛇に睨まれたカエルのように、もれなく硬直してしまうはずなのだが……。


 少年はすばやく水晶球を操作して、拡声(マイク)機能をオンにしていた。



『悪いけど、今は遊んでるヒマはないんだ! 僕は仕事中だから、終わったら相手してあげる! 今はひとりで遊んでて!』



 スピーカーから放たれたような声が、わんわんと洞内に鳴り渡る。

 しかしそう言ったところで、納得してもらえるはずもなかった。



 ……シュゴォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!



 鎌首を振り上げつつ、身体じゅから蒸気のような煙を噴出させ、再び飛翔するグリフドラゴン。

 完全に、交渉決裂のリアクションであった。



『ああもう、しょうがないなぁ! こっちは急いでるってのに!』



 白い輝きを放つ墓標(グレイヴ)は、構えを取る。



 ……シュゴアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!



 閃光のようなバックファイアとともに飛びかかってくるその姿は、もはやドラゴンの領域を越えていた。


 白い残像を残しつつ急降下する様は、まるで衛星から降り注ぐ、巨大なレーザー!

 神の怒りが地上に降り注いだような、審判の鉄槌……!



 ……キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!



 ついに音速に達し、ジェット噴射じみた硬音が耳をつんざく。

 世界終末の音アポカリプティック・サウンドのようなそれには、さすがの少年も……。



 ただの小バエが飛んでいるかのように、わずかに顔をしかめただけっ……!?



 それはまるで、鳳凰(ホウオウ)がハムスターに襲いかかっているかのような、圧倒的な光景であった。


 見ている者はいなかったが、誰がどう見ても一方的に、消し炭にされて終わる……。

 そうとしか言い表しようのないワンショット。


 しかし白いハムスターは、衝突の直前でぴょんと飛ぶと、グリフドラゴンの顔にぺたりと張り付いた。

 そして、まるでガスコンロのスイッチを捻るような、平易な掛け声とともに、



「えいっ」



 と身体を軽く捻る。

 すると、まるでジャンボジェットの機首が捻り潰されたかのように、



 ……ゴシャァアァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!



 グリフドラゴンの首が、180度に回転っ……!?



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その頃、小隊長と副小隊長は、洞窟の最深部にいた。

 鳥の巣を何百倍にも大きくしたようなグリフドラゴンの巣の中で、金銀財宝にまみれながらゲラゲラと笑い転げていた。



「がっはっはっはっはっ! すごいんだぬ! こんなにお宝を溜め込んでいるとは、思わなかったんだぬ!」



「あっはっはっはっはっ! これだけあれば、一生遊んで暮らせるっす! クソみたいな『4PP』も辞めてやるっす!」



「あのイカレボーイも、どうやら少しは役に立ったようだぬ! 自らの生命をゴミみたいに捨てて、ワシらを大金持ちにしてくれたんだぬ! がっはっはっはっはっ! がーっはっはっはっはっはっはーーーーっ!!」



「それじゃ、今夜はイカレボーイにカンパイといっくす! バカでいてくれて、ありがとぉーーーって! あっはっはっはっはっ! あーっはっはっはっはっはっはーーーーっ!!」



 もはや夢見心地の彼らであったが、ふと耳の片隅に、ある音を聴いた。

 本当に夢であるかのような、その音を。



 ……シャン、シャン、シャン、シャン……。



 グリフドラゴンの巣のある洞内の、通路の向こうから聞こえてきたそれは、最初はささやくような小ささであったが、



 ……シャン、シャン、シャン、シャン……!



 やがて、ハッキリと聞き取れるほどに、大きくなり……。



 シャン! シャン! シャン! シャン!



 ついには、目に見える現実となって……!



『ご……ごめんなさい! 小隊長! 副小隊長! 遅くなりましたぁっ! 補給物資、持ってきましたっ! ああっ!? あと1分しかないっ!?』



 彼らの前に悪夢のごとく飛び込んできたのは、少年の声をした、純白の墓標(グレイヴ)……!


 大人たちは、死をプレゼントするサンタクロースに出会ってしまった子供のように、阿鼻叫喚の渦に叩き込まれてしまった。



「ぎゃあああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」



「な、なんでまだ生きてるんだぬっ!?」



「し、しかも、背中にまだ木箱を背負ってるっす!?」



「来るな来るな来るな来るなっ! 来るんじゃないぬっ!!」



「あっちいけあっちいけあっちいけっ! あっちいけっすぅぅ!!」



『はい、小隊長! そっちに行っていては、もう間に合わないので、物資はそちらに投げますね! そして副小隊長の命令どおり、すぐに帰投しますっ!』



 その新人隊員は、素直に返事をしながら器用に墓標(グレイヴ)を操作し、背負っていた木箱を手早く外す。

 そして丸太投げでもするみたいに、よっこらしょ、と肩に担いだ。



『じゃあ、行きますよっ! あっ、その前に、挨拶がまだでしたよね! 僕は今日から「4PP」の第13隊に配属になりました、ネクローです! 末永く、よろしくお願いしますっ! じゃあ、今度こそ行きますよっ、せぇーのっ!!』



 ストップモーションのようにゆっくりとした世界の中で、彼らは見ていた。


 死神からの贈り物のように、天から降り注ぐ……ドクロマークが描かれた木箱を。

 そして、さっさと背を向けて去っていく……白い悪魔の姿を。


 彼らは、決して忘れないだろう。


 すぐ死ぬからといって、部下の名を覚えようともしなかった彼らにとって、唯一となった……。

 否が応にも脳裏に刻みこまれてしまった、少年の名を。



「ね……ネクロぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」



 ……ドッ!! ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!

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