14 まずは1匹
『カルフール王国立 第四騎士中学校』の、野外戦闘実習は、開始から2時間が経過。
現在、戦地である『お漏らし山』に残っている墓標は、1機だけである。
残りの死刑囚たちはすでに全滅。
本来であるならば騎士たちに捕まって、アリンコのように弄ばれているはずなのだが……。
今回に限っては、ほぼ全員、海辺のフナムシのように岩陰に逃げ込み、ガタガタと震えていた。
そして、その中いる何名かは、見てしまっていた。
そうなる瞬間こそは目にしなかったものの、スクラップと化した、未来の騎士の卵たちを……!
「……な、なんで、なんで騎士がやられてるんだよっ!?」
「もしかして、ガキどもが仲間うちで、モメたりしたんじゃねぇのか!?」
「でも、見て見ろよ! 腕や脚がもがれてるぞ! 騎士の四肢をもぐなんて、どんなバケモンだよっ!?」
「そういえば、噂に聞いた……! 『中古の太陽』に棲み着いていたグリフドラゴンが、巨人族に殺された、って……! しかもその巨人族は、いまだ見つかっていないって……!」
「その巨人族が、この山にいるってのか!?」
「そうとしか考えられねぇだろ! その巨人は、グリフドラゴンの首を一撃で捻じ切ったらしいぜ!」
「ぐ……グリフドラゴンの首を!? し……信じられねぇが、でも巨人族ならありうるな! それに、そんなバケモノだったら、騎士の腕くらい、簡単にもぎそうだ!」
「だろう!? だからきっと、ヤツはこの山にいるんだ! とんでもねぇ、死神みたいなヤツが……!」
その死神は、騎士たちのまっただ中にいた。
同じ年代の少年少女たちの狂宴に闖入した、その白き墓標は、
「よろしくお願いしますっ! 今度こそ、本気で相手をしてもらいますよ!」
誰にも届かない声で挨拶しながら、四方に対して頭を下げていた。
まったく空気の読めていない登場に、まったく意図の伝わらないお辞儀。
フルールルは戸惑い、グレフは舌打ちをしていた。
「チッ……! せっかくクライマックスってたのに、邪魔しやがって……! まあいいか、コイツもとっ捕まえて、フルールルを襲った犯人のひとりにしてやるとするか、おい! トバしちまいな!」
機体の頭部を動かして、アゴで手下たちに指示するグレフ。
動いたのは、トリマキーであった。
「がってん承知! それに、ちょうどよかったでヤンス! ムラムラしてて、誰でもいいからブッ殺してやりたいと思ってたところでヤンス!」
トリマキー機は二足歩行するゴキブリのように、ヨタヨタとネクロー機に挑みかかっていく。
彼は特に、騎士の操縦が下手くそであった。
ネクローは思う。
――この人、なんでこんなおじいちゃんみたいな歩き方をしてるんだろう。
オートバランサーを使ってるなら、もっとマシが歩き方ができるだろうに……。
……待てよ。
そうか! わざとへんな動きをして、僕を試してるんだな!
「へへ……! 頭を跳ね飛ばしてやるでヤンス! 首を落とされたニワトリみたいに、そこらじゅうをあっちこっちに逃げ回るでヤンス!」
……ジャキィィィィーーーンッ!
トリマキーの武器は、手斧であった。
それを、なおも佇んでいる墓標の頭部に向かって、のろのろと振り下ろす。
――くっ! またこんな、スキだらけの動きで襲いかかってくるなんて……!
これじゃ、武器を奪ってくれって言ってるようなもんじゃないか!
武器を奪われると、奪われた相手は驚いて、動きが止まる……。
そこを一撃のもとに仕留めるのが、普通の戦い方だけど……。
……いや、待て! この人たちは普通じゃない!
僕なんかが及びもつかないほどの人たちなんだ!
もっと先の先を読むんだ!
でないと、この人たちは本気を出してくれない!
……もしかして、武器を奪わせようとしているのかな?
そうか!
この人たちは普通より、遙かに上を行っている……!
武器を奪った側、つまり僕は、奪うことに成功したことで、わずかにスキができる……!
その、一瞬のスキを狙っているんだ!
僕に武器を渡した瞬間に、続けざまに、手痛いカウンターをぶつけるつもりなんだ!
お……! 恐ろしい、なんて恐ろしいんだ……!
敢えて自分の武器を奪わせることで、相手のスキをつくり出すなんて……!
でも……そんな大技を仕掛けてくるということは、少しは僕のことを認めてくれたのかもしれない!
よぉし、なら、やってやる!
その大技に乗っかって、引っかかったフリをしてやる!
どんな技が来るかはわからない。
僕なんかではどうしようもない一撃で、あっさり沈められてしまうかもしれない。
だけど……。
そんな凄い技を受けて死ねるのなら、本望だっ!
ネクロー少年は長考をしているように見えるが、実際は斧が振り下ろされるわずかな間であった。
攻撃を仕掛けているトリマキーはもちろん、まわりで見ている少年少女たちはみな想像していた。
墓標の首が、天高く飛ばされる様を。
それは常人であれば、瞬きを忘れてしまうほどの緊迫した一瞬であった。
しかしネクローにとっては、ひとつの考えをまとめられてしまうほどに、ゆったりとした時間。
そして……少年少女たちは知る。
本当の……『刹那』というものを。
……ギャリィィィィィンッ……!
ドズバァァァァァァァァッ……!
金属どうしたぶつかりあったような軋む音が響き、研削機のような激しい火花が散る。
すると、トリマキーが持っていたはずの手斧が、白き墓標の手に、魔法のように瞬間移動しており……。
それどころかすでに、白き墓標は手斧を振り終えたところであった。
それらの事象が、瞬きほどの寸刻のあいだに、起こっていたのだ。
それらの事象は、確かに目の前で展開していたはずなのに……。
思考が置いてきぼりで、理解がおいつかない。
フルールルやグレフ達は、目を見開いたまま固まっていた。
シャンパンの栓のように打ち上げられた、トリマキー機の頭部が、
……ガシャァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーンッ!!
と岩棚に転がった衝撃音で、彼らは我に返った。
「い、いま……いったい、なにが……!?」
「な、なにが、どうしちまったってんだ……!?」
「トリマキーくんが、白い墓標に斬りかかっていたはずなのに……!?」
「なんでトリマキーの野郎が、首を飛ばされてるんだ……!?」
「なっ!? なっなっなっなっなっなっ!? なんでヤンスか!? なんでヤンスか!? いったいなにがどうなってるでヤンスか!? 見えない! なにも見えないでヤンスぅぅぅぅ~~~~~!?」
頭部にあったメインカメラを失ってしまったことで、まさに首を落とされたニワトリのように、右往左往するトリマキー。
彼はそのまま、崖っぷちに向かってヨタヨタと歩いていく。
周囲が止める間もなく、
「「「あっ!?!?」」」
という間に、崖下へと、ダイブ……!!
「ふぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
尾を引くような悲鳴を残したあと、
……ドガッ、シャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーンッ!!
大破の轟音をとどろかせていた。




