01 走る墓標
灰色の大地に、灰色の空。
辛うじて境目をつくる地平線の向こうから、脚のない、ぼんやりとした光が照浮かび上がる。
岩々は、輪郭のない影を落としていた。
生まれたての朝日のはずなのに、くすんでいる。
それがこの、『中古の太陽』の名物であった。
そんな、ジャンキーな娼婦の肌じみた荒れ野において、もっとも高い双子山の頂上付近に、男たちはいた。
彼らは双眼鏡を手に、目を細めながら、昨日から降り注いだような古めかしい光を浴びている。
ひとりは恰幅のいい、目の下にまあるいシミのある中年男。
もうひとりは取り立てて特徴もない、いかにもチャラそうな若者。
「聞いたっすよ、ダヌキ小隊長。今日の新入りに、とびっきりのイカレ野郎がいるんすって?」
「副小隊長、お前は相変わらず、耳が早いんだぬ」
「だってこの第13隊にいる以上、それくらいしか楽しみがないっすよ? 最初の任務でみんな死んじまうから、新入りしか話のネタがないんっすから」
「そりゃまあ、そうだぬ」
「名前はなんていうんっすか?」
「知るわけがないぬ。セミより早く死ぬ隊員の名前なんて、聞いたこともないんだぬ。どうしても名前を呼びたければ、イカレボーイとでも呼んでおけばいいんだぬ」
「相変わらず冷たいっすねぇ。そのイカレボーイ、自分から志願してきたらしいじゃないっすか」
「ああ、しかもワシらみたいな隊長職じゃなくて、兵士としてだぬ。これは『4PP』始まって以来のことだそうだぬ」
「そりゃそうっすよ。だってここに配属を言い渡された死刑囚って、どんなに凶悪なヤツでもションベン漏らして嫌がるんっすよ。同じ殺されるにしても、もっとマシな死に方があるって」
「いちおうワシらのオトリとして、鼻紙くらいの役に立ってるんだぬ」
「墓標の中で挽肉になるだなんて、誰だってゴメンっすよ。あ、そうそう、そのイカレ野郎って、墓標も持参してきたんすって?」
「ああ、わざわざ故郷から、ソイツに乗ってやって来たらしいぬ」
「マジで変人としか言いようがないヤツっすねぇ……。あっ、ドナドナされてきたみたいいっすよ」
荒野の向こうに現れた、魔導トレーラー。
荷台にはクジラでも入れられそうなほどの巨大な檻が積まれており、その中には、人形が乗っている。
人形は陶器製のような、いかにも脆そうな材質でできており、10メートル程度の大きさ。
それらが巨人の瀬戸物市のように、10体ほど居並び、揺れるたびに寂しそうにカタカタと音をたてている。
どれも売られていく子牛のように、ガックリとうなだれていたが、ただ1体だけは違った。
他はどれも墨のように黒い肌をしているのに、それだけは白磁のように、ピカピカの白さ。
しかも頭部は、希望に満ちあふれているかのように上を向いている。
双眼鏡でそれを目にした途端、副小隊長は思わず声をあげてしまった。
「うわっ!? 無塗装の墓標!? マジでイカレてるっす! まさにイカレボーイっす! 普通は目立たないように、機体を真っ黒に塗るっすってのに!? あれじゃあ、いちばんに殺してくれって言ってるようなもんじゃないっすか!」
彼は双眼鏡から目を離すと、隣にいた小隊長に再び話題を振る。
「あっ、そういえばこの山の中にグリフドラゴンがいるってことは、あのゴミどもは知らないんでしたっすか?」
「当たり前だぬ。グリフドラゴンがいるなんて知ったら、みんな銃殺刑になるために脱走するだぬ」
「あーあ、グリフドラゴンは光りモノが好きだから、あんなエナメルホワイトの墓標なんて見たら、喜んでバッラバラにするっすねぇ」
「それでいいんだぬ。それでこそ、オトリの意味があるってもんだぬ」
「でも、せめてそれくらいは教えてあげてもよかったんじゃないっすか? 志願したのって、まだ子供って聞いたっすよ?」
「14歳らしいぬ。ワシの息子と同い歳だぬ」
「同じ子供なのに、えらい違いっすねぇ」
「あのガキはうちの息子と違って、バカなんだぬ。だから今ああやって、これから死ぬことも知らずにウッキウキなんだぬ」
岩山の前で整列させられた人形たち。
相変わらず誰もがうなだれていたが、白いのだけはおのぼりさんのようにキョロキョロしている。
魔導トレーラーの運転席の上に設えられた弩弓の台座。
その上で拡声器を持った男が、彼らに向かって叫んだ。
『それではこれより、補給物資運搬の任務を開始する! お前たちの背後にある岩山の洞窟内には、すでに第13隊の小隊長殿と副小隊長殿がおられる! そしてお前たちの搭乗している墓標の背中には、補給物資が入った木箱がくくりつけられている! その木箱を、すみやかにおふたりに届けるのだ! 時間は30分! それまでに補給物資を届け終えるように! もし途中で逃げ出すような者や、洞窟に入っても先へと進まないような者がいたら、任務放棄とみなして蜂の巣にしてやるからな!』
その、任務説明というよりも一方的な死刑宣告の様子を、高みから見下ろす小隊長と副小隊長。
「あのゴミどもが洞窟内に入って、グリフドラゴンの気を引いている間に、俺たちは天井の穴からヤツの巣に潜入して、奪われた黄金像を取り戻すんっすよね?」
「そうだぬ。こんな僻地にいるグリフドラゴンのために、わざわざ討伐隊を組むわけにはいかないぬ。だから、我ら『4PP』にお鉢が回ってきたんだぬ。それもグリフドラゴン相手には絶対に生きて帰れないから、我々第13隊に」
「あの木箱には何が入ってるんすか? まさか本当に補給物資が入ってるんじゃないんっすよね?」
「そんなわけないぬ。中身は時限弾だぬ。より派手なほうが、グリフドラゴンの気が引けるんだぬ」
「じゃあグリフドラゴンにやられなくても、あのゴミどもは30分後にはきれいさっぱり、この世から片付けられてるってワケっね。でもどーせだったら、あの爆弾でグリフドラゴンもろとも死んでくれたらいいっすのにねぇ」
「あの程度の大きさの爆弾など、グリフドラゴンは癇癪玉くらいにしか感じないぬ。死ぬわけがないぬ」
「ちぇっ、それじゃあやっぱり俺たちが潜入して、あのゴミどもがやられている間に黄金像を持ち出さないといけないってワケっすかぁ」
「その通りだぬ」
「グリフドラゴンって、光るものならなんでも巣に溜め込むらしいんじゃないっすか。黄金像以外のお宝があったら、頂いちゃってもいいんっすよね?」
「そりゃ、そのくらいの役得がないと、こんな任務やってられないぬ」
顔を見合わせあって、ヌヒヒヒヒ……と嫌らしく笑い合うふたり。
そうこうしているうちに、彼らの眼下で、任務開始の号令が叫ばれる。
『それでは第13隊! 突撃を開始せよっ! 目指すは洞窟の最深部におられる、小隊長殿と副小隊長殿だっ!!』
その小隊長と副小隊長は、せせら笑っていた。
「グフフ……。まあ誰ひとりとして、ワシらのいる所にはたどり着けないぬ」
「せいぜいグリフドラゴンちゃんと、最後の花火大会を楽しんでってチョーダイっす」
並んだ陶器の人形たちは、絞首台の階段を登るかのように、のろのろと動き出す。
しかしそんな死のムード漂うなかで、1体だけは違っていた。
猛ダッシュでスタートを切ったのは、噂の白い墓標。
彼だけはひとり、体育祭のかけっこ気分。
ガラスの棺桶のような身体を、シャンシャンと鳴らしながら、ハナから全力疾走。
それは、絶対にいちばんに着いてやるんだという、ハツラツとした意気込みを感じさせる。
彼はそのまま、解き放たれた猟犬のように、大好物を前にした猫のように、まっしぐらに……!
洞窟の中へと、誰よりもはやく吸い込まれていった……!
新連載です。
3話まで読んでいただければ、だいたいどんなお話かわかっていただけると思いますので、そこまで読んでいただけると嬉しいです!