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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
99/313

scene:98 ヘルムス橋

 翌日、デニスとゲレオンはヘルムス川に向かった。その川に橋を架けられるか確かめるためだ。二人は王都の南東門を出て、クム領へと繋がるトレバク街道を東に進む。


「デニス様、現在架けられている橋は、どんなものなんです?」

 ゲレオンがヘルムス川に架けられている橋について尋ねた。


「今は木製の橋脚・橋台・橋桁で作られていると聞いている」

「へえー、全部が木製ですか。誰が建設したのです?」

「ヘルムス川の東部にあるシスカ領。その領主フェシスカ男爵が、架けたものだ」


 二人は川に架けられた橋までやって来た。貴族の部下らしい先客が橋の構造や周囲を調べている。それも一組ではなく三組もいる。


「あれはバラス領のカミル殿ではありませんか?」

 ゲレオンが指さした人物は、ヴィクトールの息子だった。どうやら、ヴィクトール準男爵もヘルムス川に橋を架けて、男爵になろうと画策しているようだ。


「バラス領には、橋を架けるような技術を持つ人材はいなかったように思うけど、どこからか引っ張ってくるのか」

「そんなに優秀な者がいるなら、とっくに高位貴族が召し抱えていますよ」


 そうだろうな、とデニスも思った。この国では優秀な人材は貴重である。デニスが次期領主でなければ、他の貴族がスカウトに来ていただろう。


「さて、僕たちも調査しよう」

 デニスはまず橋を調査した。現在のヘルムス橋は、川底に打ち込んだ三本の丸太を組み合わせたものを橋脚としている。


 川の水面から橋桁までの高さは三メートルほど、幅は二メートル半ほどある。昨年の洪水は現在の水面から四メートルほど増水したようだ。その跡が川岸に残っていた。


 近くの土地の者に話を聞くと、過去一番の洪水の時に五メートルほどまで水位が上がったらしい。

「そうなると、橋脚は七メートルの高さが必要だな」

「大きな工事になりますね。費用は大丈夫なんですか?」


 デニスが思わず渋い顔になった。ベネショフ橋の五倍ほど必要になると概算できたからだ。

「クリュフバルド侯爵に返すために用意している資金を注ぎ込むことになる」


 それを聞いたゲレオンが顔を歪めた。その借金のために大きな苦労をしたことを思い出したのだ。

「それだけの価値があるのでしょうか?」


 国王は新たな領地と男爵にすることを約束した。爵位が上がることに、あまりメリットはない。だが、新たに増える領地には魅力がある。


 ベネショフ領の周辺には、未開の土地が大量に存在する。一応は国の直轄地となっているが、誰も手を付けていない可能性を秘めた土地だ。


「ベネショフ領の北側にある土地を開発したら、かなりの収入源になると思うんだ」

「ええっ、あの大斜面ですか」


 ゲレオンが大斜面と呼んだ土地は、ベネショフ領の北にあるカルナ山脈の裾野を流れるユサラ川とベネショフ領に挟まれた未開地で、北から南へ低くなる地形になっている。


「本当ですか。あそこの傾斜地を開墾するのは大変だと思いますよ」

「大変だというのは承知しているよ。けど、緩やかな傾斜地というのは利用価値があるんだ」


 デニスはユサラ川の水と緩やかな傾斜地を利用して、水力を使った工場を建てられないかと考えていた。そのことを話すと、年配の従士は感心した。


「あの傾斜地を手に入れたいのは分かりました。でも、男爵という地位はどうなんです?」

「嫌というわけではないけど、男爵になると兵士も増やさないとダメだし、街道の使用料も上がるからな」


 王家は様々な税金を領地貴族に課している。その一つが街道の使用料である街道税だ。爵位が上がるごとに高くなり、準男爵から男爵になると倍になる。


 ただ男爵になると、隣のヴィクトールより高位となりバラス領との関係で有利となる。またバラス領だけでなく他の領地との取引も有利となるだろう。


 デニスは川幅や水の流れ、水深、地盤などを数日かけて調査した。デニス自身は橋が架けられるかどうかを判断できないので、雅也に頼むことになる。


 デニスたちはベネショフ領に戻ることにした。

「ヘルムス橋はどうだ?」

 エグモントがデニスに尋ねた。

「まだ判断は難しいかな。できるにしてもかなりの費用が必要だよ」


「そうか、無理をする必要はないぞ。次の機会もあるだろう」

 男爵や新たな領地を得る機会が、頻繁ひんぱんにあるわけがなかった。他国との戦争が起きれば機会は生まれるだろうが、そんな機会は願い下げである。


 ベネショフ領に戻ったデニスは、紡績工場を視察した。工場の建物は完成し、工場長であるヘルベルトの指揮で、様々な機械の搬送が行われている。


「ヘルベルト、紡績工場は、いつから稼働させられる?」

「三日後から稼働します。ところで、新たに従業員を一〇名ほど増やしたいのですが?」

「任せる。ただ工場内部のことは、外で喋らないように徹底させてくれ」

「承知しました」


 工場が稼働するようになれば、年間金貨一八〇〇枚ほどの売上が見込める。人件費や経費などを引いた純利益も相当な金額になる。


 たぶん機械と従業員を増やせば、それ以上の儲けが出るだろうが、大量に作りすぎれば需給の関係で綿糸が安くなる。それに綿糸だけ大量に作っても綿織物の作業効率が、このままでは綿糸だけが余ってしまうだろう。


「どこまで生産を増やすか、その見極めが難しいな」

「そうですね。ですが、もう少し機械と従業員を増やし、これまでの細い糸だけでなく太い糸も生産するのは、ありだと思うのです」


 冬着用の服に使う太い糸も作れないかという問い合わせが来ているようだ。細く丈夫な糸ほど特別ではないので、それほど高くはないが、利益にはなる。


 紡績工場の件が片付いた後、デニスは雷撃の指輪を五〇個ほど作製した。兵士の全員に『雷撃』の真名を取得させ雷撃球攻撃が行えるように訓練したが、どうしても苦手な者が出てきた。


 真名術でも得意不得意が個人別に出るようだ。その雷撃球攻撃が不得意な者に与えると同時に、新兵教育にも使う予定だった。


 そんな日々が二〇日ほど経過した頃、雅也がヘルムス橋の設計を完了させた。今回は専門家に頼んだ。雅也自身が専門外の設計をするのは、時間だけが余計にかかると分かったからだ。


 デニスは従士のイザークと兵士五人を連れて王都へ向かうことにした。国王にヘルムス橋の図面を見せるためである。


 出発する前日の夜、デニスとエグモントは話し合った。

「橋の建設には、多額の費用がかかる。それでもやる価値があると思うのだな?」


 デニスは北の大斜面を領地として手に入れたら、水力動力式工場が建設できることを説明し、最後に告げる。

「海岸沿いの土地は、農業に不向きな土地でライ麦や小麦を栽培しても、たかが知れている。ベネショフ領独自の特産品を作って商売するしかないと思うんだ」


「なるほど。お前の考えは分かった。領主として、父親として、お前のことを信じよう」

「ありがとう。必ず成功させて、父上を男爵にするよ」

 エグモントは苦笑した。男爵になることに、それほど魅力は感じていないようだ。


 デニスたちはベネショフ橋を渡り、王都へ向かった。途中のバラス領で奇遇にもポルム領の次期領主リヒャルトと再会した。


「おっ、デニス殿ではないか」

「リヒャルト殿も王都へ行かれるのですか?」

 その言葉を聞いたリヒャルトが、複雑な表情を浮かべた。


「もしかして、ヘルムス橋の提案ですか?」

「そうなのだ。ベネショフ領には悪いのだが、こんな機会を逃すべきではない、と父上が言うので、我が領の専門家に命じて橋の図面を作らせた」


 リヒャルトは割と正直な男のようだ。

「どうです。一緒に王都へ行きませんか?」

 デニスが誘うと、リヒャルトが承知した。彼の護衛は兵士三人である。ポルム領の財政も苦しいのだろう。


 バラス領を出て、少しした頃。デニスは後ろを付けてくる不審者に気づいた。イザークに近寄り、小声で付けてくる者がいると伝えた。


「何者でしょうか?」

「分からないが、気をつけろ」

「はい」


 イザークは兵士たちに警告した。その時、街道の横に広がる雑木林から数人の男たちが出てきて、リヒャルトをさらい雑木林へ逃げていった。その動きは素早く、アッという間の出来事である。


「な、何をする!」

「リヒャルト様!」

 ポルム領の護衛が慌てて後を追う。デニスたちも後を追った。



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