scene:95 ベネショフ橋の完成と八階層
橋の建設が始まって二ヶ月。エグモントが建設中の橋を視察に来た。
「何だ。まだ土台を造っている段階なのか?」
工事の監督をしていたデニスは、それを聞いて苦笑いする。
「父上。土台が完成すれば、工事の七割が終わりです」
「儂は橋については詳しくないが、実際に人が通る橋桁部分はどうなっておるのだ?」
橋の構造は両岸の土台部分を橋台、川の中に築かれた土台を橋脚、橋台と橋脚に渡される人が歩く部分を橋桁と呼ぶ。ベネショフ領の橋は橋台と橋脚を石とセメントで造り、橋桁やアーチ部分を木製にすることになっている。
「橋桁とアーチの材料は、加工済みなんだ。土台ができたら組み立てるだけだから完成は早いと思う」
「ほう、凄いな」
デニスが説明した通り、土台の橋脚・橋台が完成してから全体が完成するまでは早かった。ただ完成したアーチ橋の出来はそれほど誇れるものではない。職人や技術者の不足で、素人が木材などの加工を行ったからだ。
とはいえ、橋の完成はベネショフ領にとって大きな利益となった。渡し船を使わずにクリュフ領に行けるようになったことで、商人の行き来や商品の流通が増えたのだ。
橋を完成させたデニスは、また迷宮の調査を始めた。リーゼルとアメリアたちを連れ、七階層まで行きボス部屋に向かう。
リーゼルやアメリアたちの武器は、蒼鋼製のものに変わっていた。それにより大雪猿や氷雪ボアとの戦いが楽になった。ただ氷晶ゴーレムだけはデニスとリーゼルが持つ【爆砕】【爆裂】の真名がないと仕留められないのは変わらない。
ボス部屋から八階層に下りたデニスたちは、目の前に広がる廃墟の町を見詰めた。八階層の入口付近は荒廃した畑と半壊した小さな家が多く、奥に行くにつれて建物が大きくなっている。
雑草の生えている道を進み始めた。
「デニス兄さん、どんな魔物がいると思う?」
「そうだな……廃墟といえばアンデッドが定番かな」
アメリアたちの顔が強張った。アンデッドは怖いらしい。
「大丈夫よ。蒼鋼製の武器なら頭蓋骨を斬り裂いて仕留められるから」
リーゼルが安心させようと言ったが、かえってアメリアたちを怯えさせる。
噂したからだろうか。剣を持ったスケルトンが家の中から出てきた。
「見てなさい」
リーゼルが長巻を構えて飛び出した。同時にスケルトンは錆びついた剣を振り上げる。リーゼルは攻撃される前に長巻を上段から振り下ろした。
スケルトンの頭蓋骨が斬り裂かれ骨がばらばらになって地面に散らばった。その骨は塵となって消える。
「弱いな」
あまりにもあっさりと消滅したのを見たデニスは、そう呟いた。
リーゼルが否定するように首を振った。
「蒼鋼製の武器だから斬り裂けるのよ。普通の剣だと傷を付けるのが精々なの」
そうなると鋼製の長巻を武器とする兵士たちは、スケルトンを倒すことが難しくなる。ハンマーや斧を持たせた方が良いかもしれない。
自分たちの武器でスケルトンを倒せると分かったアメリアたちは、積極的に戦うようになった。
「フィーネは右のスケルトン、ヤスミンは左を仕留めて」
「了解」「分かった」
アメリアが主導して遭遇したスケルトンを倒していく。ちなみにスケルトンから得られる真名は『鎮静』であり、興奮しやすい者には有用な真名だった。
デニスたちは半壊した家の中も探索してみた。だが、朽ち果てた残骸があるだけで有用なものは何もなかった。
「何もないな」
「当たり前でしょ。こんな農民の家で、金目のものは見つからないから」
リーゼルは以前にも廃墟の迷宮に入ったことがあるようだ。
スケルトンと戦いながら一時間ほど進んだ頃、大きな屋敷の前に到着した。奥には城だと思われる建物があるので、ここがボス部屋というわけではない。
ただ城を除けば最大の建物だった。
「ここを探索してみよう」
デニスは大きな屋敷なら何かあるかもしれないと思い指示した。リーゼルも賛成する。
レンガ造りの頑丈そうな建物だが、あちこちに穴が開いている。デニスたちはドアを開け中に入った。一階には五体のスケルトンがうろついていた。
「それぞれが一体ずつ敵を仕留めろ!」
デニスが指示を出し、皆が散らばり戦い始める。迫ってくるスケルトンは、デニスの緋爪や長巻により斬り裂かれ倒れた。
「皆、怪我はないか?」
デニスが声をかける。怪我をしている者はいないようだ。
一階を隈なく探し、武器庫らしい場所を発見した。槍や剣だったものの残骸が残っていた。刀身は錆び付き赤黒く変色している。
「全然ダメ、全部錆びてる」
アメリアが不満そうな顔をしている。
「あっ、変な箱がある」
ヤスミンが甲高い声を上げた。彼女が見つけた箱は、九〇センチほどの長細いもので武器が入っていると思われた。
「鍵がかかってる」
駆け寄ったフィーネも細長い箱を見て、嬉しそうに声を上げた。厳重に保管されているということは、貴重な武器が入っている可能性が高い。
「何が入ってるのかな?」
アメリアがワクワクした様子で箱を見ていた。
デニスは宝剣緋爪を使って鍵を壊した。皆を下がらせてから慎重に蓋を開ける。
「剣だ!」
フィーネが叫んだ。その剣は百合のような花が金細工で装飾された鞘に収められており、柄の部分も凝った装飾が施されている。
「綺麗……」
アメリアが呟いた。
「肝心なのは、中身だよ」
デニスは鞘から剣を抜いた。
鞘から出てきたのは、黄色の金属で作られた剣だった。
「黄色……黄金色なら『聖煌剣』なんだが」
この国に伝わる伝説に、黄金色の剣を持った勇者が邪竜を倒し国の危機を救ったという伝説がある。その剣は『聖煌剣』と呼ばれ、国宝として王家に所蔵されていたが、いつの間にか紛失したとして問題になった。
「そうね。黄金色じゃなくて黄色か、私が知っている範囲じゃ初めての剣よ」
持った感じではデニスの緋爪より軽い。斬撃の威力であれば、緋爪の方が上だろう。
「持って帰って調べよう」
「それがいいんじゃない。見つけたのはヤスミンだけど、いい?」
リーゼルがヤスミンに確認した。
「それでいいです。探索チームで見つけたものは、山分けというルールですから」
その時、二階でもの音がした。何かが倒れたような音である。
「何だ?」
フィーネが天井を見上げながら声を上げた。
デニスは偽聖煌剣を紐で背中に括り付けて武器庫の外に出た。
「気を付けていこう」
デニスたちは階段を上り二階の廊下を奥へと進む。その階は客室が並んでいるようだ。ドアをひとつひとつ開けて中を調べる。
見つかったのは調度品や家具の残骸だけ。デニスたちは廊下の突き当たりにある部屋のドアを開けた。
「真っ暗だな」
そこには窓もなく、一条の光も差し込まない密閉された部屋だった。
デニスは『発光』の真名術を使って光球を作り出し、天井近くの宙に浮かべた。
部屋の中央には天蓋付きの寝台があり、そこに誰かが横たわっている。デニスは近付いて確認した。
「何故だ?」
デニスが思わず声を上げた。その声を聞いたリーゼルが問う。
「何があるの?」
「綺麗な女の人が寝ている」
デニスの答えを聞いたアメリアたちが寄ってきた。
「本当に綺麗……どこかのお姫様みたい」
ヤスミンが言う。フィーネやアメリアも同意する。
デニスはその眠り続ける姿を見て、雅也の世界にある童話を思い出した。
「眠り姫にしては、年増だな」
その言葉はデニスの冗談だった。眠っている女性は二〇代後半に見えたので、一〇代の少女というイメージがある眠り姫にしては年上だというつもりだった。
その瞬間、眠っていた女性の眼がカッと開き、美しかった顔が鬼面に変わる。そして、女性の爪が伸びデニスに襲いかかった。




