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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
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scene:94 バラス領の綿糸製造と橋

 ベネショフ領の岩山迷宮に見習い兵士と先輩兵士が集まっていた。

「お前たちには真名を手に入れてもらう」

 従士のゲレオンが五人ほどの見習い兵士を見ながら告げた。それを聞いている見習い兵士の手には長巻がある。


 見習い兵士のエクムントは緊張しながら迷宮に入った。一階層のスライムを長巻で仕留めようとする見習い兵士たちは苦労しているようだ。


 あちこちでスライムの電撃攻撃を受けた見習い兵士の悲鳴が迷宮に響く。弱そうに見えるスライムであっても、油断すべきでないという体験をさせられたのだ。その後、スライム退治用のネイルロッドが配られ、先ほどの恨みを晴らすように一階層のスライムが駆逐される。


 見習い兵士たちは短期間に『魔勁素』『装甲』『雷撃』の真名を手に入れて一人前の兵士となった。ただ先輩兵士の中には、六階層のオークを一人で倒せるようにならなければ一人前とは認めないという者もいて、今後も鍛えられる予定である。


 その頃、デニスは七階層のボス部屋で手に入れた蒼鋼を持って、鍛冶屋のディルクのところへ来ていた。

「この蒼鋼で武器を作れるか?」


 ディルクは蒼鋼を見て真剣な顔になった。蒼鋼は加工が難しい金属なのだ。

「王都にいた時に、師匠が蒼鋼で剣を作るのを見ましたから、作れるとは思うんですが……」

「難しいのか?」


 ディルクが頷く。通常の鋼より高温に熱しないと変形せず、加工にも時間がかかるらしい。

「頼むよ。岩山迷宮も八階層になると、普通の鋼では倒せない魔物が出てくると思うんだ」


「分かりました。やってみましょう」

 デニスは剣を一本と長巻の刀身九本を頼んだ。剣はエグモント用で、残りの長巻はリーゼルとアメリアたち、それに従士たちに与えるつもりだった。


 ベネショフ領の従士は四人。従士長のカルロスを筆頭にゲレオン・イザーク・ザムエルがいる。但し、ザムエルは開墾作業で腰を痛め、療養中だった。なのでザムエルの息子フォルカが、見習い兵士と一緒に鍛錬中であり、後々ザムエルの後を継ぐだろうと言われている。


 鍛冶屋を出たデニスは、ユサラ川に向かった。橋を架ける場所の下見に来たのだ。橋の建設予定地は、隣のバラス領に近い場所ではなく、クリュフ領寄りの場所に建設することに決めている。ベネショフ領から五キロほど離れた場所だ。


 その場所の近くにクリュフ領から王都へ通じるエニダル街道が存在していた。橋はエニダル街道に繋げる予定になっている。


 エニダル街道は国の命令でクリュフ領が整備した街道である。所有権は王家にあり、途中の領地が勝手に通行料を取ることは禁じられている。この街道を通る限り、ベネショフ領の人間でもバラス領を安全に通ることが可能だった。


 ただバラス領の宿で一泊すれば、不快な思いをすることになる。ヴィクトールは配下の兵士を使って、ベネショフ領のネガティブ・キャンペーンを行っている。


 バラス領では、ベネショフ領の領民は貧しい生活を強いられており物乞いが増えていると喧伝していた。しかも教養のない領民は手癖が悪く嘘つきだと言われている。


 バラス領の宿ではベネショフ領から来たと分かると、宿代を倍にするところもあるらしい。そんなバラス領の領民は、ベネショフ領の領民を『ガルベネ』と呼んでいる。


 『ガル』とは貧しいとか卑しいという意味があるので、卑しいベネショフ野郎という意味であるらしい。

「デニス様、こんなところで何をしているんです?」

 見回りをしているイザークたちの姿が前方から現れた。


「ここに橋を架けるつもりなんだ」

「橋ですか? もの凄く費用がかかりそうですけど」

「ブリオネス家が全額出すから心配ない」


 風が枯れた雑草を揺らしガサガサと音を立てた。季節は冬に入ったばかりで、頬に当たる風が冷たく感じられるようになっている。


「ところで、こんな場所を見回っているのは、どうしてなんだ?」

 デニスが疑問に思ったことを尋ねた。

「それが、屋敷に侵入しようとした者が発見されたんです」


 デニスはこっちでもか、と思った。

「やっぱり、バラス領の連中か?」

「そうです。それで川岸を巡回するように、エグモント様から命じられました」


 デニスは詳しい話を聞くために屋敷に戻った。エグモントは金貨数百枚を持って王都からベネショフ領に戻ってきていた。


「バラス領でも綿糸の製造を始めたらしい」

「それで、ベネショフ領の紡績事業の様子を調べに来たんですか?」

 エグモントが肯定する。ヴィクトールがクリュフから未加工の綿を大量に買い込んだという。


「大量の農民を動員して、綿を加工し綿糸を紡いでいると報告があった」

「バラス領で作られる綿糸か、どんなものなんだろう?」

「分からん。我が領の綿糸と同じものができるのか?」


 デニスはベネショフ領で導入している綿加工機械や紡績機を思い出した。あれらの機械を使わずに細く強い綿糸を作ることは不可能ではないが、非常に時間がかかるだろう。


「不可能ではないかな。でも、量は少なくなるはず。我々も機械があるから作れるものなんです」

「そうか。……ヴィクトールは、ベネショフ領に負けない綿糸を作るように命じているようだぞ」


 エグモントはベネショフ領で作られている綿糸と同じものが、バラス領でも作られ綿糸の価格が安くなるのでは、と心配しているらしい。


 ベネショフ領と同等の綿糸が製造できると、デニスには思えなかった。そのことをエグモントに説明した。だが、エグモントの不安は消えなかったようだ。ヴィクトールの執念深い性格を知っているからだろう。


「ヴィクトールなら、部下や領民に無理を言って、望みのものを手に入れそうな気がするのだ」

「考えすぎだと思うけど」


 デニスはディルクに蒼鋼で武器を作ってもらっていることを、エグモントに伝えた。

「蒼鋼の剣は、曲がりなりにも宝剣の一種だ。家宝にでもするか?」

「武器は消耗品。それに宝剣と言っても、最下級だから」


 宝剣の中で最も多いのが蒼鋼剣である。珍しいものではないが、一振ひとふりで金貨五〇枚ほどすると言われている。

「そうだな。家宝とするなら、お前の緋鋼剣『緋爪』が相応しいか」


 デニスは屋敷の警備を厳重にするように提案した。エグモントも賛成する。

「後は、もう少しで完成する紡績工場の警備をどうするかですね」


 エグモントが紡績工場の中に警備室を作って、兵士を駐屯させることを決めた。デニスもそれがいいだろうと賛成する。


 デニスは橋の建設に取り掛かることにした。農閑期で人手が集めやすいのを利用して、一〇〇人ほどの労働力を雇い、その中の八〇人を橋の基礎工事をするために使う。


 残りの二〇人を連れたデニスは、クリュフ領の北にあるポルム領に向かった。ポルム領内に石灰石を採掘できる場所があるのだ。


 この旅は従士イザークも一緒である。クリュフ領を通過して北へと歩き、三日目にポルム領に到着。宿屋を決めたデニスは、一晩休んでからイザークだけを連れて領主の屋敷に行った。


 屋敷の門には門番が立っていた。ベネショフ領の次期領主が来たことを伝える。

「少しお待ちください。ゲルルフ様にお伝えしてきます」

 門番の一人が屋敷へ小走りで向かう。


 しばらくして、次期領主のリヒャルトと一緒に戻ってきた。リヒャルトとは王都で挨拶を交わしている。

「デニス殿ではないか、久しぶりだね」

「ええ、お元気でしたか」


 デニスとリヒャルトは挨拶を交わし、リヒャルトがデニスとイザークを屋敷に案内した。メゾポルム家は男爵位を拝命しており、準男爵家のデニスの家より爵位は上だ。


 メゾポルム男爵の屋敷は、ベネショフの屋敷より大きい。とはいえ、古い屋敷なので住み心地は良さそうではない。デニスたちは応接室に案内され待たされた。


 リヒャルトと領主ゲルルフが応接室に現れ話が始まった。

「ベネショフ領の者が、ポルム領に来たのは初めてかもしれん」


「そうなのですか、これまではご縁がなかったようですが、今後はよろしくお願いします」

 デニスはそう言うと、ゲルルフ男爵が意外だという顔をする。


「ふむ、用件を聞いた方がいいようだな」

「ポルムにある石灰石を売ってもらいたいのです」

「ベネショフ領では屋敷の建て直しでもされるのか?」


「いえ、ユサラ川に橋を架けることが決まりました」

「ほう、その建設資材として石灰石が欲しいのだな」


 石灰石から作られる石灰は、漆喰やセメントに使われている。この国の建築でもセメントの存在は知られているのだが、建築には石を積み上げる方が好まれるようだ。


 デニスはポルム領で大量の石灰石を購入したいと言うと、ゲルルフ男爵は承知した。石灰石はそれほど高くない。それでも量が多かったので、ゲルルフ男爵は喜んだ。


 採掘した石灰石は荷車に積まれ、二〇人の領民たちがベネショフ領に運んだ。デニスは木材や石などの材料を集め、本格的に橋の建築を始めた。


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【書籍化報告】

カクヨム連載中の『生活魔法使いの下剋上』が書籍販売中です

イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[一言] 金属加工は高温に耐える炉やコークスの製造方法が分かると発展しそうな気がしますね
[気になる点] 腰を痛めたザムエルに治癒をしてあげないのはなぜですか?
感想一覧
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