scene:92 改造スポーツセダン
神原教授たちが改造したスポーツセダンの内装をどうやって綺麗にするか考えている時、トンダ自動車から改造スポーツセダンを見せて欲しいと連絡が入った。
マナテクノの技術者たちが共同研究しているトンダ自動車の技術者に話したようだ。神原教授にトンダ自動車に見せてもいいか確認してから、内装を綺麗にすることを条件に貸し出した。
トンダ自動車のスカイカー開発チームの中には、小馬力の動真力機関をいくつも載せるというアイデアはなかったようで、改造スポーツセダンの構造は参考になったようだ。
しばらくして改造スポーツセダンが戻ってきた。元のスポーツセダンを製造している会社なので内装を直すなど簡単だったようだ。おまけに操縦システムがトンダジェットが開発したものに換装されていた。
「カッコいいじゃないか。しかし、法律が改正されていないから、こいつで飛べないんだよな」
テスト飛行は役所に届ければ許可が下りるようになっているのだが、プライベートで飛ばすことは法律違反になる。
「こいつで地上を走れないのかな?」
タイヤは元の状態で付いている。ただエンジンと繋がっているわけではないのでタイヤを回転させて進ませることはできない。
「何を悩んでいる?」
背後から神原教授の声がした。雅也が首を傾げているので、声をかけたようだ。
「この改造スポーツセダンで、地上を走れないかと思って……」
「できないこともない。路面にかかる車体重量を一〇分の一になるように調整してから、ヴォルテクエンジンで前進させればいい。但し、前輪と操縦システムが繋がっていないので、そこだけ改造する必要があるだろう」
神原教授は面白いと思ったらしく、技術者たちに手伝わせて操縦システムを改良した。
「これでいいはず。試してみろ」
雅也は改造スポーツセダンに乗って、動真力機関を使った上昇装置をちょっとだけ駆動させた。車体の座席下に取り付けられた四台のヴォルテクエンジンがゆっくりと回転を始める。
車体が少し浮いたように感じたところで上昇装置の出力を固定し、ボンネットの下に配置された前進用ヴォルテクエンジンを起動した。
改造スポーツセダンは滑らかに走り出した。工場の敷地内を一周して出発点に戻る。
「どうだった?」
神原教授が乗り心地を質問した。
「変な動きをする車になっちゃいました」
「ほう、どんな風にだね?」
「コーナーで四輪ドリフトをしそうになるんですよ」
上昇装置により路面にかかる車体重量が軽くなり、滑りやすくなったらしい。それにブレーキの利きが悪くなったようだ。
「興味深い。だが、我々が開発している救難翔空艇に関係しない現象のようだ。トンダ自動車に連絡して調べてもらったらどうだ」
「調べてくれるでしょうか?」
「車の走りに関する研究になる。向こうも興味を持つんじゃないかな」
雅也がトンダ自動車に連絡すると、教授の予想通り興味を持った。
もう一度トンダ自動車に預けられた改造スポーツセダンは、いろいろいじられて戻ってきた。試乗してみると、コーナーでの動きとブレーキが改良されている。
「へえ、さすがトンダ自動車。完璧じゃないか」
雅也は夜中に一度だけ公道を走ってみたいと思い、改造スポーツセダンに乗って峠でドライブした。公道での乗り心地を試してみたかっただけなので、一度走って満足した雅也は改造スポーツセダンを工場に預けて、今度はユサラ川に架ける橋の設計を開始した。
橋の設計は専門外なので、専門家の知恵を借りながらの設計になった。とはいえ、マナテクノの仕事もあるので、仕事を終え自宅に帰ってからの作業になる。
そんな日常が数日続いた頃、マナテクノの工場で行われる会議に雅也も出席するように教授から指示された。来年度の事業計画に関わるものなので、取締役である雅也も参加しろとのことだ。
工場で会議を行なうのは、規模が大きくなったマナテクノが本社移転の準備をしているためだ。貸しビルだが、一棟まるごと借りてセキュリティを強化することになっている。
会議の日、早目に夕食を食べた雅也は工場に向かった。会議の時間が夜になったのも本社移転で主要メンバーが夜しか時間が空いていなかったせいである。
夜、雅也たちが会議をしている時刻。一台の水陸両用車が工場の海側から接近した。ジープタイプの車体と船の構造を合体させたような水陸両用車だ。
工場の敷地に隣接する海岸に上陸した水陸両用車は、開閉式のフェンスに接近して停まった。フェンスをよじ登り、工場側の敷地に侵入した者たちが工場の裏口に向かう。
裏口には一人の警備員が常駐していた。覆面をした侵入者は、気付かれないように近づき、エアコンの室外機から催眠ガスを注入する。
催眠ガスは警備員室に充満し、警備員が床に倒れた。
侵入者はドアの鍵を解錠ツールを使って開け、工場内に侵入。彼らの目当ては生産コントロール室のサーバーにあるデータと完成品だった。
従業員の制服に着替えた彼らは、生産コントロール室へと進み始めた。
そのモニター監視室では、五人の警備員がモニターを監視していた。
「ん、まだ従業員がいるのか。ご苦労さんなことだ」
モニターを見ていた警備員が呟いた。
「今夜はここで会議があるそうだから、その関係じゃないのか?」
「そうかもしれんが、何か聞いているか?」
「いや」
警備員たちは作業服を着た男たちに注意を払い始める。その男たちは二手に分かれた。一人はそのまま生産コントロール室へ進み、二人が工場の生産ラインの方へと向かう。
「おかしい。一人だけ生産コントロール室へ行くみたいだぞ」
警備員は疑問を抱いた。生産コントロール室に出入りするのは、管理職か技術者だけだったからだ。
「確認した方がいいな。行ってくる」
警備員の一人が生産コントロール室へ向かった。
その頃、雅也は会議室で書類を見ながら取締役の説明を聞いていた。
「来年度の売上は、七五億円ほどになると予想しています」
「それは第一工場だけかね?」
中園専務が確認した。
「そうです。来年の夏に完成する第二工場の分は含まれておりません」
「予想より少ない感じがするのだが、どうしてだ?」
「川菱重工が開発するホバーバイクの輸出開始が、来年後半になるからです」
中園専務が頷いて、先を促した。その時、会議室に警備員が飛び込んできた。
「社長、不審者が侵入しました」
全員が席を立ってモニター監視室へ向かった。途中で雅也だけが、生産コントロール室へ行き先を変える。そこで侵入者が警備員と争っていると聞いたからだ。
廊下で警備員と覆面姿の男が争っている姿が目に入る。雅也は『装甲』の真名を解放し、覆面男にタックルした。その衝撃で覆面男が壁に弾き飛ばされた。
「ぐっ」
くぐもった声が覆面男から漏れ、苦しそうな仕草をしている。相当な衝撃を受けたらしい。
雅也は男の腕を捻じり上げ関節を極めた。その状態のまま警備員に声をかける。
「大丈夫か?」
警備員は頷き、喉を擦っている。首を締められたようだ。
雅也は覆面男を引きずって、モニター監視室へ歩き始める。
「こいつを拘束するものを持ってきてくれ」
雅也が警備員に頼むと、警備員が駆けていった。しばらくして戻ってきた警備員は、結束バンドで覆面男の手を縛り上げた。
雅也は男から覆面を取り上げた。覆面の下には、浅黒いアジア人の顔が現れる。
「お前は何者だ?」
侵入者は顔を背け何も答えない。
顔付きから日本人でないように感じられた。しかし、どこの国の人間かは見当がつかない。
「良かった。無事だったか」
神原教授が雅也を心配して駆けつけたようだ。
「もう二人はどうなりました?」
「それが生産ラインに残っていた未完成のヴォルテクエンジンを一台盗んで逃げてしまったのだ」
「どっちの方へ逃げたんです?」
「海岸だ」
雅也は拘束した侵入者を警備員に預け、工場内を走り始めた。裏口に行きドアを開けると海岸から水陸両用車が沖に向かっているのが見えた。
「畜生、海だと追い駆けられん」
救難翔空艇の試作機は、改装中で飛べなかった。雅也はジッと海を見詰めながら考える。
「そうだ。あの車があった」
雅也の言う、あの車とは改造スポーツセダンのことである。雅也は工場の倉庫に向かって走り始めた。




