scene:90 大雪猿スケルトン
クリュフ領での出来事をエグモントに報告した後、デニスは橋の工事費用を捻出するために発光迷石を作成し王都の商人に売ることになった。
デニスは岩山迷宮へ日参し発光迷石を製作した。今回もアメリアたちが手伝ってくれたのだが、魔源素結晶を転写の真名術により発光迷石に加工する作業をマーゴが見たいと言い出した。
「マーゴ、無理を言わないで。迷宮は危険なのよ」
「ダメェ、マーゴもにぃにぃの歌を聞くのー」
エリーゼが娘の我儘を止めると、マーゴが頬を膨らませて言い返した。デニスが転写の真名術を行使する時に使う歌が凄いと、アメリアから聞いて自分も聞きたいと言い出したらしい。
デニスがアメリアの方を睨むと、頭を下げて謝った。エリーゼは困ったという顔をして、デニスの方を見た。デニスは肩を竦めて、マーゴのリクエストに応えることにした。
「しょうがないな。ここで歌ってあげるから」
「ほんちょうに」
マーゴがデニスに抱きついた。
「本当だよ。……何の歌がいいかな」
転写で使う歌はあまり良くないので、デニスが個人的に気に入って歌詞を翻訳した曲を選んだ。元々はアメリカのポピュラーソングだったが、日本語に翻訳されアニメでも使われた曲である。
故郷へ帰りたいという心情を歌にした曲で、何だか懐かしい感じがする。
デニスは『言霊』の真名を解放すると、曲に集中した。迷宮ほど魔源素の濃度が高くないので、『言霊』本来の力は発揮できないが、人々を魅了するには十分な歌が始まる。
マーゴはデニスの前に座り、ワクワクしながら耳を澄ましていた。デニスが歌い出す。その歌い出しを聞いた瞬間、世界が変わった。
屋敷の中で座っているということを忘れ、広大な草原の中に地平線まで続く道を眺めているような景色が頭に浮かんだ。マーゴは聞き漏らすまいと、目をつむり耳だけに集中する。
そうすると、頭の中に様々な情景が浮かび上がり心を揺さぶられた。それはマーゴだけではなかったようだ。一緒に聞いていたエリーゼは、故郷のクリュフを思い出したようで薄っすらと目に涙を浮かべている。
歌が終わった時、エリーゼが感じ入ったように大きく息を吐き出した。マーゴはプルプルと身震いして、デニスの歌が凄いと叫び始めた。
その声を聞いて、エグモントやメイド頭のエルマ、リーゼル、カルロスなどが集まってきた。おかげでもう一度歌うことになり、屋敷の者はデニスの歌が特別だということを知った。
もう一度とお願いするマーゴにまた今度と言って勘弁してもらい、デニスたちは迷宮へ向かった。一階層に下りたデニスは、魔源素結晶に『発光』の力を転写し発光迷石を作製した。
「デニスの歌は、本当に素晴らしいですね」
リーゼルが感じ入ったように賛辞を口にした。
アメリアがデニスの顔を見て尋ねた。
「デニス兄さん、戻るにはまだ早いと思うんですけど、これからどうします?」
「七階層へ行こう。氷晶ゴーレムに爆裂トカゲから手に入れた真名術が効果があるか確かめたい」
デニスたちは七階層へ向かった。防寒装備に着替え七階層に下り奥へと進む。遭遇した大雪猿や氷雪ボアを倒し、氷晶ゴーレムと遭遇するところまで来た時、大きな足跡を発見した。
「これって、氷晶ゴーレムの足跡ね」
リーゼルが告げた。デニスたちは頷き、その足跡の後を追う。一体の氷晶ゴーレムが七階層の奥へと向かっているのを見つけた。
「最初に『爆砕』の真名術を使ってみる」
デニスが告げて、『爆砕』の真名を解放する。デニスの右手の先にガラス製のような透明な球が現れ、その中に青い炎が充填される。
その爆砕球が飛翔し氷晶ゴーレムへと向かう。爆砕球は氷晶ゴーレムの胸に命中して爆ぜた。爆音が鳴り響き爆風が周りの雪を巻き込みながらデニスたちに襲いかかる。
デニスは腕で顔を守りながら立っていたが、アメリアたちは吹き飛ばされ雪の上に倒れた。
爆風が収まり舞い上がった雪が積雪の上に舞い降りると、吹き飛ばされて倒れた氷晶ゴーレムが見えた。胸の半分が粉砕され穴が開いている。
横たわる氷晶ゴーレムは塵となって消えた。
「やったー!」
アメリアが喜んで叫び声を上げる。アメリアたちはデニスが新しく手に入れた真名を羨ましく思ったようだ。
次に遭遇した氷晶ゴーレムは、リーゼルが『爆裂』で仕留めた。『爆砕』ほどの威力はないが、氷晶ゴーレムの胸に大きな裂け目を入れられるほどの威力があった。
奥へと進んだデニスたちは、周囲数十キロを囲む迷宮の岩壁に到達した。その岩壁沿いに進むと鉱床らしいものを見つける。
近づいて確認したデニスは、それがアルミニウムの鉱床だと分かった。純粋なアルミなので銀色に輝いており、この世界でも軽銀と呼ばれている。
「軽銀か。これは使えるぞ」
それを聞いたリーゼルが首を傾げた。軽銀は耐久性が低いので使えない金属の代表として扱われている。
「軽銀がですか? 王都では軽銀を採掘する探索者は、馬鹿だと言われていますよ」
武器にも農具にも使えない軽銀は使えない金属とされているが、雅也の世界を知っているデニスの意見は違った。軽くて加工しやすい軽銀という金属は、十分に利用価値があると考えたのだ。
デニスたちは軽銀をリュックに入るだけ採掘し迷宮から持ち出した。軽銀を持って屋敷に戻ったデニスは、作製した発光迷石をエグモントに渡した。
今回、王都へ発光迷石を売りに行くのはエグモントである。王都の貴族街にもらった屋敷用の土地を見分したいというので、デニスが任せたのだ。一緒に行くのはカルロスとゲレオンで、使用人の住居を建設する手配をデニスは頼んだ。
屋敷より先に使用人用の住居を建設するのは、屋敷が完成する前に宿代わりに使おうと考えているからだ。また、敷地を管理する者を先に住まわせようとも考えていた。
エグモントたちがベネショフ領を出発した後、午前中は屋敷で事務処理を行い、午後からは迷宮に潜るという生活をデニスは始めた。
七階層の探索は進めていたが、寒さと雪、それに魔物たちの存在により少しずつしか進まず、デニスたちは苦戦していた。
ただ軽銀鉱床はいくつか発見しており、大量の軽銀が使えることは確認できた。その他には大した発見もなく、デニスたちは広大な氷雪エリアをさまよっているのが現状だ。
ちなみに氷晶ゴーレムから得られる真名は『頑強』であり、デニスとリーゼルは取得した。
エグモントたちが王都へ出発してから二〇日ほどが経過した頃、デニスたちは迷宮の岩壁に大きな洞穴を発見した。その洞穴に入り慎重に先に進む。
二五メートルほど進んだ地点でボス部屋を発見した。デニスたちが中を覗くと、巨大なスケルトンの姿が目に入る。身長三メートル半、手には巨大な剣を持っていた。
姿から推測すると、人間のスケルトンではなく巨大な大雪猿のスケルトンのようだ。身長に比べて腕が長く、足が短い。それにドクロの口には凶悪な牙が並んでおり、人間とは思えなかった。
「どうします?」
リーゼルが確認した。戦うかどうかを訊いているのだ。
「一度戦って見よう。『爆砕』の真名術なら倒せるかもしれない。僕とリーゼルが前に出るから、アメリアたちは後方から雷撃球と凍結球で攻撃してくれ」
作戦が決まったので、デニスたちは慎重に前に進み出た。アンデットである大雪猿スケルトンが気づいて、デニスたちの方へと歩いてくる。
それほど動きは俊敏でないようだ。巨大な剣を振り上げデニスの頭に向かって振り下ろす。デニスは『加速』の真名術を使って躱した。
巨大な剣はボス部屋の床に叩きつけられ、土砂が舞い上がる。凄まじい力だ。その剣が鋼鉄製なら五〇キロ以上はありそうで、それを軽々と振り回す力は化け物である。
アメリアたちが雷撃球と凍結球で攻撃した。スケルトンの骨に命中するのだが、ほとんどダメージを与えられないようだ。
デニスは『爆砕』の真名を解放し爆砕球を放った。その瞬間、スケルトンが前進し近距離で爆砕球が爆発した。青白い巨大な肩関節の骨が粉砕され、左腕の骨が床に落ちた。
但し近距離で爆発したため、強烈な爆風はデニスを宙に巻き上げ壁に叩きつけた。
「デニス!」「兄さん!」
リーゼルとアメリアが同時に叫んだ。
デニスは脳震盪を起こしたようで、頭がふらふらする。駆け寄ろうとするリーゼルとアメリアを手を挙げて止め、指示を出す。
「治療する時間を稼げ」
「分かった」
リーゼルは『爆裂』の真名術を使い爆裂球をスケルトン目掛けて撃ち出した。爆裂球はスケルトンの頭に命中し小さなヒビを入れる。
スケルトンの注意がリーゼルに向き、デニスは治療する時間を手に入れた。頭がふらふらするので真名術は使えそうにない。治癒の指輪を取り出して起動させた。その一回で頭がスッキリする。
頭に触れると血がべっとりと手に付いた。今度は『治癒』の真名術を使って治療する。これで完全に近い状態に回復した。スケルトンの方を見ると、リーゼルとアメリアたちが必死に戦っている。
「休んでいる場合じゃない」
起き上がったデニスは『爆砕』の真名を解放した。
「スケルトンから離れろ!」
デニスの指示でアメリアたちが大急ぎでスケルトンから離れていく。デニスは爆砕球を大雪猿スケルトンに撃ち出した。かなりの速度で飛翔した爆砕球はスケルトンの顎骨に命中し爆発。頭蓋骨の三割ほどが粉々になった。
それでもスケルトンは倒れない。リーゼルが爆裂球を放った。爆裂球はスケルトンの額に命中した。爆砕球で脆くなっていた頭蓋骨が砕ける。
頭を失くしたスケルトンは倒れ、塵となって消えた。その時、リーゼルが声を上げた。後でデニスたちが確認すると『怪力』の真名を手に入れたという。
同時に床に何かが落ちた。大雪猿スケルトンの上腕骨だった。その骨は青白い光を放っており、金属で出来ているようだ。
「ドロップアイテムだ」
アメリアが近づいて持ち上げた。かなり重いようで、フィーネたちに手伝ってもらっている。デニスとリーゼルが近寄り確かめた。
「これは蒼鋼よ。緋鋼の次に丈夫だと言われている迷宮産の鋼なの」
かなりの値打ちものだとリーゼルが言う。デニスが持ち上げてみると、一五キロほどあるようだ。これだけあれば蒼鋼製の武器が一〇本ほど作れそうだ。
デニスはボス部屋にあるはずの扉を探した。奥に高さ三メートルほどの扉を見つけ開けてみた。階段がある。そこを下りると町があった。迷宮に作られ廃墟となった町だ。




