scene:87 爆裂トカゲ
「デニス様、七階層にいる氷晶ゴーレムという魔物から、どんな真名が手に入るんです?」
ゲレオンがデニスに尋ねた。
「分からない。氷晶ゴーレムに関しては情報がないんだ。倒せるようになれば、分かるさ」
「その氷晶ゴーレムを倒して真名を手に入れるために、爆裂トカゲを狩ると聞いていますが、氷晶ゴーレムより爆裂トカゲの方が強いということじゃないんですか?」
「リーゼルの話では、凍結球と雷撃球で倒せそうだ」
カルロスが不安そうな顔をした。
「私とゲレオンは、『冷凍』の真名を持っていません。七階層で真名を入手してから来た方が良かったんじゃないですか?」
「僕とリーゼルが凍結球攻撃をするから、カルロスたちは雷撃球で攻撃してくれ」
「分かりました。頑張って『爆裂』の真名を手に入れます」
影の森迷宮の四区画は、岩が散在する土地に低木が生えているような場所で、小さな丘が連続して続く地形だった。爆裂トカゲの他に剣耳ウサギと肉食ヘラジカという魔物が生息しているようで、用心して行動しないと痛い目を見るという。
最初に遭遇したのは、剣耳ウサギと呼ばれる魔物だった。長い耳がカミソリの刃のようになっているウサギで、足を切られる探索者が多いと聞く。
普通のウサギに比べ一回り大きなウサギを見て、リーゼルが前に出た。剣耳ウサギが素早い動きで彼女に襲いかかる。長巻を構えたリーゼルは、一撃で剣耳ウサギを仕留めた。
「さすがだ。剣耳ウサギ程度なら、真名術を使わなくとも倒せるんだな」
「毒コウモリと赤目狼で速い動きには慣れてるから」
特に毒コウモリとの戦いは、リーゼルや兵士たちに大きな影響を与えていた。素早い毒コウモリの動きを見極められないと、麻痺毒の牙を受けることになる。それだけにリーゼルや兵士たちは必死で戦い、動体視力が鍛えられたようだ。
剣耳ウサギの次に現れたのは、肉食ヘラジカだ。この魔物は立派な角を持つヘラジカなのだが、鰐のような歯を持つ肉食獣でもあった。
「今度は、私たちに任せてください」
カルロスがデニスに声を上げた。
「いいだろう。油断するなよ」
カルロスとゲレオンが長巻を抜いて進み出る。肉食ヘラジカはカルロスを獲物に決めたようだ。いきなりカルロスに襲いかかった。
その攻撃をカルロスが足捌きで躱し、その首に長巻を送り込む。ところが、その刃は肉食ヘラジカの角で弾かれた。カルロスは舌打ちをして、大きく距離を取るために跳躍する。
その様子を見ていたゲレオンが、雷撃球を肉食ヘラジカに向けて放った。雷撃球がヘラジカの尻に命中。魔物が悲鳴を上げた。
その瞬間、カルロスがヘラジカの首に長巻の刃を振り下ろした。刃が首に食い込んで斬り裂いた。それが致命傷となって、肉食ヘラジカは塵となって消える。
「今の奴から手に入れられる真名は何ですか?」
ゲレオンの問いに、デニスが答える。
「肉食ヘラジカは、『堅靭』だよ」
肉体抵抗系の真名は、『堅靭』『頑強』『鉄壁』の順で上位の真名となる。ただ『頑強』『鉄壁』の真名は身体を頑丈にすると同時に、肉体の柔軟さが失われるという弱点がある。それに対して『堅靭』は、柔軟さを失わずに頑丈さを上げる。
柔軟な身体を必要とするクルツ細剣術の使い手は、『頑強』より『堅靭』を選ぶこともあるようだ。
「デニス様、あの魔物も問題ないようです」
「そうか。なら、目的の爆裂トカゲを探して、奥に向かおう」
デニスたちは奥へと進んだ。途中で遭遇した剣耳ウサギや肉食ヘラジカは、カルロスたちが仕留めた。
その時、叫び声が聞こえた。男の叫び声である。
「誰かが、助けを求めているようです」
「助けに行くべきなんだろうな?」
デニスはあまり気乗りがしないような声で言った。リーゼルが真剣な顔で、
「もちろんよ。探索者は知らない者でも助け合うのが、ルールなの」
と答えた。探索者たちの暗黙のルールらしい。
探索者じゃないんだけど、と思いながらデニスは助けに行く決意をした。
「行くぞ」
声のした方向に全員で向かう。
十数秒ほど走ったところで、叫び声を上げた者たちの姿を見つけた。
「あれは……」
デニスにとって見覚えのある者たちだった。クリュフバルド侯爵家の長男ランドルフと騎士団のローマンとトビアスである
三人は大きな岩の上に登って、助けを呼んでいた。その下には、巨大なイグアナのような爆裂トカゲの姿があった。この爆裂トカゲは、普通ではないようだ。
普通、爆裂トカゲの胴回りは七〇センチほどなのだが、この個体は一二〇センチほどもある。異常に太った爆裂トカゲなのだ。
「こいつデブだな。それに頭もデカいし口も大きい」
デニスが見たままの感想を口にした。
「異常種か、亜種なんでしょうか?」
リーゼルが首を傾げている。
カルロスがデニスとリーゼルを呆れたような顔をして見てから言う。
「そんなことより、彼らを助けるんじゃないんですか?」
デニスが頷いた。
「そうだった。僕とリーゼルは凍結球、カルロスたちは雷撃球で攻撃だ」
爆裂トカゲはランドルフたちが避難している大岩に登ろうとするが、腹がつかえて登れないようだ。その魔物に向かって真名術が放たれた。
デニスとリーゼルの手から透明なシャボン玉のような凍結球が放たれた。凍結球の速度は雷撃球より遅い。それでも時速八〇キロほどの速さで飛び、爆裂トカゲの背中に命中した。
爆裂トカゲの背中が霜が降りたかのように白く変色する。かたやカルロスたちが放った雷撃球は、爆裂トカゲの頭と尻尾に命中して火花を散らした。
魔物の甲高い叫びが迷宮に響き渡る。爆裂トカゲは新たな敵の出現に慌てたように身体の向きを入れ替えた。大きな目がギョロギョロと動き、デニスたちを見定める。
いきなり爆裂トカゲの喉が波打ち、大きな口を開けた。
「爆裂球攻撃よ!」
リーゼルが大声で叫び、デニスたちが散開。その直後、爆裂トカゲが爆裂球を放った。デニスに向かって飛んだ爆裂球が躱され、地面に落下して爆発。衝撃波と土砂を周りに撒き散らす。この爆発はデニスたちの予想より強力なものだった。
完全に回避したと思っていたデニスとリーゼルが、吹き飛ばされ地面を転がる。だが、装甲膜を展開していたので打ち身以外の怪我はない。
「こいつの爆裂球は、思っていた以上に威力がある」
デニスは大きく回避するように指示を出した。
爆裂トカゲの口がカルロスに向けられ、爆裂球が放たれる。
「危ない!」
大岩の上から、ランドルフの大声が響いた。カルロスは大急ぎで回避。爆裂球が地面にぶつかり爆発し地面に大穴をあける。
爆風により飛ばされたカルロスが地面を転がり、痛みに顔をしかめて起き上がる。
「大きく避けたつもりだったが……」
カルロスが呟くと同時に、デニスが全力の凍結球を爆裂トカゲの首に命中させた。
爆裂トカゲの挙動がおかしくなった。どうやら首にある気管みたいなものが凍りついたらしい。攻撃をやめ苦しみ始めたトカゲに、リーゼルが長巻を打ち込んだ。
突起物がある魔物の皮膚に浅い傷が生じた。斬撃はダメだと感じたゲレオンが脇腹に長巻を突き刺した。一〇センチほど刃先が減り込みダメージを与える。
長巻で致命傷を与えるのは難しいと判断したデニスが、宝剣緋爪の斬撃を爆裂トカゲの首に叩き込む。首の半分ほどが切り裂かれ、爆裂トカゲが倒れた。魔物が塵となって消える。
その瞬間、デニスの頭に『爆砕』の真名が飛び込んだ。異常種の爆裂トカゲが所有していた真名は『爆裂』ではなく『爆砕』だったようだ。
真名と同時にドロップアイテムも出現し地面に落ちた。爆裂トカゲの皮である。幅一二〇センチ、長さ三メートルほどの大きさがあり、防具が六、七人分ほど作れそうだ。
ゲレオンが拾い上げた。
「ふうっ」
デニスが大きく息を吐き出して、緋爪を鞘に収めた。リーゼルたちも戦闘態勢を解き、大岩の上にいるランドルフたちを見上げた。
危険が去ったことが分かったランドルフたちが、大岩から下りてきた。ローマンとトビアスの二人は顔を歪めて慎重に下りてくる。
「助かったよ。君たちは命の恩人だ」
ランドルフから礼を言われ、デニスは怪我をしていないか確かめた。ローマンとトビアスがランドルフを庇って怪我をしたと分かり、治療することになった。
二人は打ち身と裂傷が身体のあちこちに出来ていた。デニスが『治癒』の真名術で治療する。二人の傷口が塞がり、痛みが消えたようだ。
「感謝します、デニス殿」
二人はデニスに感謝の言葉を贈り、頭を下げた。
リーゼルとカルロスも打ち身があるようなので治療する。
「デニスは、どうしてここに?」
「爆裂トカゲの真名を手に入れようと思い、四区画に入りました」
「やはり真名を求めてか。我々も同じだ。私が『堅靭』を手に入れたくて来たのだが、先ほどの魔物に遭遇して死ぬところだった」
ランドルフから詳しい話を聞くと、この辺では爆裂トカゲと普通は遭遇しないらしい。爆裂トカゲと遭遇するのは、もう少し奥に行った場所で、あの太った爆裂トカゲがおかしいのだという。




