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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
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scene:86 変化するベネショフ

 デニスとリーゼル、アメリアたちは一日おきくらいで迷宮に行き七階層を探索した。一ヶ月後には全員が大雪猿から『剛力』、氷雪ボアから『冷凍』の真名を手に入れた。


 ただ七階層の探索は、あまり進んでいない。氷雪樹の森の深層部で遭遇する氷晶ゴーレムのせいである。白い結晶体で出来ているゴーレムで、雷撃球攻撃が全く効かない魔物だった。


 体長は二メートル半ほどで人間型。力は大雪猿と同等で、腕が鉄製の棍棒のようになっており、その腕で叩かれると装甲膜を展開していても骨折は免れないほどの威力があった。


 屋敷に戻ったデニスが、氷晶ゴーレムをどうやったら倒せるか考えていると、見習い兵士のエクムントが、兵士たちが開墾した畑で収穫された大豆の収穫量を集計した報告書を持ってきた。


「ありがとう。訓練は順調か?」

「順調かどうかは、俺たちには分からねえすよ」

「立木打ちは始めたんだろ」

「はい。一日一〇〇回やっても筋肉痛にならないようになりました」


 デニスはエクムントの身体をチェックした。痩せてひょろひょろしていた身体に筋肉がつき、けていた頬に少し肉がついている。


 最初に見習い兵士たちを見た時は大丈夫なんだろうか、とデニスは心配した。しかし、栄養状態が改善したエクムントたちは、着実に逞しくなっている。


 デニスが満足そうに頷いた。

「順調のようだ。もう少しすれば、迷宮に行って真名を手に入れられるぞ」

 エクムントが嬉しそうに笑った。先輩兵士からは、真名と長巻を扱えるようになれば一人前だと言われているらしい。


 見習い兵士が訓練に戻り、デニスは報告書のチェックを始める。

「なるほど、魚肥の効果は高いようだ」

 大豆畑に元肥として魚肥を混ぜ込んだ土に植えた大豆は、大収穫となったようだ。魚肥なし・魚肥少量・魚肥多めの三区画に分け実験し、魚肥なしと魚肥多めを比べると倍以上も収穫量が違う。確実に効果はある。


「何を悩んでいるんだ?」

 後ろからエグモントの声が聞こえた。

「大豆畑の報告書が上がってきたんだよ」


 エグモントが報告書を見て、唸りながら考え込む。魚肥の効果に驚いているのだろう。

「魚肥の生産を増やすことはできるのか?」

「はい。ただ漁網や大型漁船を購入しないと」


 多額の投資をして魚肥の生産量を上げ肥料として使った場合、投資に見合う収穫量が得られるかが問題となる。実験の結果から単純計算すれば、投資すべきだと思う。


 ただ作物に必要な栄養素は代表的な窒素・リン酸・カリウムの他にもカルシウム・マグネシウム・硫黄などもあり、魚肥だけで十分だとは言えない。


 魚肥に多く含まれるのは窒素とリン酸なので、他の栄養素は別に考えなければならないようだ。雅也の調査によれば、鶏糞が肥料として優秀だという。


 この世界にもニワトリが存在する。レグホーン種のようなニワトリも存在し、軍鶏に似た種も飼われていた。デニスはニワトリを手に入れて飼うのもいいと考えていた。


 とりあえず、漁網や大型漁船を発注することにする。今度は定置網ではなく『棒受け網』と呼ばれる漁網を依頼した。棒受け網漁は、集魚灯や撒き餌に寄ってくる魚をすくい上げる漁だ。


 デニスが作る発光迷石と棒受け網を組み合わせれば大漁は間違いないだろう。ちなみにイワシやニシンのようなチラ、テシラが、光に集まってくる性質を持つことは確かめてある。


 デニスがダイニングルームへ行くと、フィーネとヤスミンが来ていた。

「アメリアに会いに来たのかい?」

「そうなんですけど、デニス様が用意してくださった布を仕立てたんで見てもらいに来ました」


 ヤスミンとフィーネが手に持っている服をデニスに見せた。膝にまで届きそうなチュニックとスカンツと呼ばれるスカートに見えるワイドパンツである。


 色は紺色と茜色で染められている。フィーネはチュニックが紺色でスカンツが茜色。ヤスミンは逆になっていた。クリュフ領で作られている綿織物ほど品質は良くなかったが、二人は嬉しそうにしている。


「そういえば、アメリアはどうしたんだ?」

 デニスが尋ねると、母親とマーゴの部屋に行っていると教えてくれた。


 アメリアがマーゴと一緒にダイニングルームへ来た。マーゴが真新しい服を着ている。

「おっ、マーゴも新しい服を仕立てたんだな。可愛いぞ」

 マーゴは目をキラキラさせて喜んでいる。


「にぃにぃ、ありがと」

 マーゴがトコトコと歩いてきてデニスに抱きつく。デニスはマーゴを抱え上げ、笑顔を見せた。


「あれっ、アメリアは新しく仕立てなかったのか?」

「あたしはいいの。エルマに仕立ててもらった絹織物の服があるから」

 そう言っているが、絹織物の服は普段着にするには高価すぎるので、普段着も仕立てるように言った。


「そうだ。新しく雇った機織りたちの失敗作があるから、それを使えばいい」

 デニスは自分の部屋に戻って、綿織物四反を持ってきた。ベネショフ領では機織り娘を十数人ほど雇い、機織りを始めている。最初の頃は失敗して、正規品としては売り物にならない綿織物も作られた。


 そのほとんどは安値で雑貨屋のカスパルに買い取られ、領民の服になった。カスパルは安値で売ったので、女性たちから喜ばれたらしい。


 その失敗作の中で最初の四反が、デニスのところへ持ち込まれていた。あちこちに歪になっている部分があるが、服に仕立てるのに問題はない。


「お母様の服も作っていい?」

「もちろんいいよ。でも、ちゃんとしたもので仕立てた方がいいんじゃないか?」

「聞いてくる」


 アメリアは反物を抱えてエリーゼの部屋に走っていった。エリーゼはデニスが持ち込んだ失敗作の綿織物で服を仕立てると決めたようだ。


 デニスは気分転換にベネショフの町に出かけた。この町も少し変化したようだ。何軒か商店が増え、領民の住居も修理されている。


 それに加え、新しい住居も建てられていた。エグモントが外から連れてきた機織り技術者たちの家と兵士たちの家である。


 兵士たちは定期的に迷宮に潜り、様々な素材や鉱物を持ち帰り換金しているので経済的に豊かになっているのだ。その情報が町に知れ渡れば兵士になりたいという希望者が殺到するだろう。


 通りの先からリーゼルが歩いてくる姿が、デニスの目に入った。デニスとリーゼルはひとつ屋根の下に住んでいるので、かなり気軽に会話するようになっていた。

「リーゼル、買い物かい?」

「ええ、冬用にコボルトコートを注文してきたの」


 ベネショフ領の定番となりつつあるコボルトのドロップアイテムである毛皮で作られたコートだ。手触りが良く温かなコートは、領主一家はもとより一般兵士たちも持っている。


「デニスも買い物?」

「いや、気分転換に来ただけだ」

「もしかして、氷晶ゴーレムをどうやって倒すか悩んでいるの?」

「それもある」


 リーゼルが少し躊躇してから提案した。

「あの魔物には雷撃球攻撃が効かなかったけど、他の真名術はどうかな?」

「例えば?」

「影の森迷宮にいる爆裂トカゲの真名を試したいの」


 爆裂トカゲは爆裂球攻撃を行なう魔物で、体長が尻尾を含めると四メートルもある大物だ。その爆裂球攻撃は強烈であり、直径三〇センチほどの樹の幹も粉砕すると言われている。


「爆裂トカゲを倒す方が厄介じゃないのか?」

「トカゲの魔物は、凍結球攻撃や雷撃球攻撃に弱いと聞いた覚えがある」


 リーゼルの提案に乗ることにした。このままでは七階層の探索が進まなかったからだ。エグモントに相談すると、アメリアたちの代わりに兵士数人を連れて行くのなら許すという。


 アメリアたちは文句を言ったが、領主の指示なので従うしかない。同行する兵士を募ると、従士のカルロスやゲレオンまで手を挙げた。


「私たちはあまり迷宮に行けないんですよ。他の兵士はどんどん真名を増やしているのに、従士の私たちが少ないのは、問題だと思うんです」


 いろいろと理由を付けたが、要するに若い奴らには負けたくないということらしい。デニスはカルロスとゲレオンを連れていくことにした。


 爆裂トカゲがいる影の森迷宮の区画は、四区画である。オーガが三区画なので、かなり手強い魔物が巣食っている場所だ。


 クリュフ領での宿泊は、祖父の屋敷ではなく宿屋にした。リーゼルたちには宿屋の方が気疲れしないだろうと考えてのことだ。


 宿屋で休養を取った翌日。

 デニスたちは影の森迷宮に向かった。四区画は影の森迷宮の西側に出入り口がある。その出入り口を警備している兵士に、侯爵からもらった許可証を見せて入った。


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