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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
86/313

scene:85 七階層の氷雪ボア

 祭りが終わり二〇日ほどが経過した頃、ベネショフ領に国王陛下からの使者が訪れた。立派な馬に乗った武官である


 その使者は陛下からの書簡をエグモントに手渡した。エグモントが受け取ると、使者はすぐに帰ってしまう。一刻も早く陛下に手渡したことを報告する義務があるのだろう。


 国王からの書簡を読んだエグモントが、大きな息を吐いた。

「どうかしたんですか?」

 デニスが声をかけると、エグモントが国王からの書簡を手渡した。それを読んだデニスは、難しい顔になって考え始める。


「なぜ、こんな中途半端な時期に軍役規定に従い、家臣団を揃えるように命じられたんだ?」

 デニスが独り言のように言った。


 エグモントが苦い顔をして告げる。

「書簡が書かれた日付から逆算すると、祭りを行った後に何らかの報告が国王陛下の下に届き、決定が下されたことになる」


 誰かがベネショフ領で祭りが行われたことを王都に知らせ、ベネショフ領の経済状態が回復しつつあることを報告したようだ。

 デニスは誰が告げ口したのか、すぐに勘付いた。


「ヴィクトールの奴だな。余計な真似をしおって……」

 エグモントも分かったようで、吐き捨てるように言った。


 デニスは良い機会なので、兵士の数を増やすことを進言した。エグモントも観念したように頷き賛成する。

「陛下の命には逆らえん。できるなら、借金を返し終わってからにしたかったのだが」


 デニスはカルロスも呼んで、三人で話し合った。

「ベネショフ領の若者を募集することになる。五〇人ほどになるが集まると思うか?」

 エグモントの問いに、カルロスが頷いた。


「小作人の息子や孤児たちが集まると思います。厳しい冬を兵舎で過ごすのもいいと、考える者は多いはずです」

 昨年の冬、貧しい家庭で食糧不足と寒さのために死んだ者が何人かいたことを、デニスは知っていた。ベネショフ領はまだまだ貧しい領地なのだ。


 カルロスたち従士と兵士たちがベネショフ領の各地で募集すると、すぐに五〇人の少年が集まった。一五歳から二〇歳までの健康そうな若者である。


 集まった若者は痩せ細った身体をしていた。貧しい家庭で育った者たちが集まったようだ。デニスは見習い兵士たちに三度の食事を摂らせ、徹底的に砂浜を走らせた。基礎体力をつけさせるためである。


 カルロスたち従士に見習い兵士の訓練を任せたデニスは、久しぶりに岩山迷宮に向かった。リーゼルとアメリアたちも一緒だった。


 目的は五階層の無煙炭である。冬に備えて石炭の備蓄を増やそうと考えたのだ。ついでに七階層の様子も確かめてみるつもりでいる。


「雷撃球攻撃の練習は、ちゃんとしただろうな?」

 デニスがリーゼルとアメリアたちに確認した。四人には連続で放てるように練習しろと言ってあった。


「大丈夫です」「あたしたちも」

 四人とも大丈夫なようだ。六階層まで最短ルートで行き、六階層のボス部屋で防寒装備に着替えてから七階層へ向かう。


 七階層は相変わらずの雪と氷の世界である。

「うひゃあ、寒い」

 アメリアが変な声を上げた。フィーネが積雪の上に足を踏み出す。その足が滑り転んだ。


「フィーネ、アイゼンはどうしたんだ」

 デニスが鉄製の爪が付いた滑り止めの登山用具であるアイゼンを靴に装着するように注意した。ここ一帯は積雪が凍りつき氷のようになっている。普通に歩くにはアイゼンが必要だった。


「ちょっと試したかったんだ。でも、ちゃんと着ける」

 フィーネがお尻を擦りながら言った。

 デニスたちが歩き出す。向かうのは氷雪樹の森。森に入ったところで大雪猿と遭遇した。戦い方の手本を見せるためにデニスが前に出た。


 デニスに気づいた大雪猿が威嚇の吠え声を発しながら走ってくる。その様子は迫力があり、初めて見る者は逃げ腰になるほどだ。


 雷撃球がデニスの手から放たれた。一発目が命中したが、大雪猿のスピードは落ちない。二発目が命中。やっと大雪猿の動きが止まる。


 それでもよろよろしながら迫ってくる魔物の首に、宝剣『緋爪』を振り下ろした。大雪猿の首がころりと落ちた。

「デニス兄さん、大雪猿は首が弱点なの?」

「そうだな。首への攻撃が致命傷になりやすいようだ」


 他の部分は分厚い筋肉に覆われており、首の筋肉が比較的薄い。ただ長巻で攻撃する場合は、斬撃より突きの方がいいかもしれない。


 周りに敵がいないことを確かめたデニスたちは、氷雪樹の実を採り始めた。冬に備えて解熱剤を用意するためだ。この解熱剤はクリュフ領やダリウス領に持っていけば高値で売れる。


 但し、今回の採取分はベネショフ領の住民が病気になった時に備えて各町村に配布するためのものである。この世界にも風邪に似た症状を起こす病気があり、解熱剤があれば短期間で回復するのだ。


 枝に生っている赤い実は、ザクロに似ていた。中には赤いつぶつぶの種子が入っており、この種子が薬としての薬効成分を含んでいる。


 リュック一つ分の実を採取した頃、森の奥から三匹の大雪猿が現れた。

「さあ、実戦だ」

 デニスの掛け声で四人が長巻を鞘から引き抜いた。


 この四人の中でリーダーはリーゼルになる。

「ヤスミンは、誰かが失敗した時に備えて。他の二人はよく狙うのよ」


 アメリアが大雪猿の姿を見て、ゴクッと唾を飲み込んだ。雷撃球の射程に入った大雪猿に三人同時に真名術を放った。一撃目は全員が命中、すぐさま二撃目が放たれる。


 リーゼルとアメリアは命中したが、フィーネは外した。

「ヤスミン!」

 リーゼルの声で、ヤスミンが雷撃球を放つ。その雷撃球が目の前まで迫った大雪猿に命中し、大雪猿が倒れた。


 四人は長巻による突きで大雪猿を仕留めた。残念なことに真名もドロップアイテムもなしである。

「よくやった。その調子で進むぞ」


 デニスが褒め、氷雪樹の実を採取しながら奥へと進む。森の外縁部分では一匹~三匹の大雪猿と遭遇することが多かったが、中層部では氷雪ボアと遭遇した。


 体長一五〇センチほどの真っ白なイノシシだ。この魔物の厄介な点は、凍結球による攻撃をしてくるところである。突進しながら凍結球を放ちすべてを凍らせる。


 ただ凍結球攻撃も一発だけなら装甲膜で弾くことができた。だが、凍結球を受け止めた装甲膜は揺らぎ、不安定な状態になった。凍結球攻撃を受けた者は、後ろに下がり装甲膜を張り直すことが必要になるようだ。


 デニスたちは協力して氷雪ボアを仕留めた。とはいえ、簡単に仕留められるかというと、そうでもなかった。氷雪ボアは雷撃球攻撃を嫌い、一発でも命中すると逃げ出すのだ。


 雷撃球攻撃を使わない方が、仕留められる確率が高くなる。三匹の氷雪ボアを逃したデニスたちは、四匹目を雷撃球攻撃を使わずに倒した。


 氷雪ボアが粉々に砕けて塵となって消えた後に、何かが落ちた。

「ドロップアイテム!」

 アメリアたちが駆け寄った。そこには一〇キロほどありそうな骨付きのもも肉が落ちていた。


「生ハムにしたら美味しそうだな」

 デニスが言うと、アメリアたちが「生ハム、生ハム」と騒ぎ出した。


 デニスは一度戻ることにした。帰りがけにもう一匹の氷雪ボアを仕留め、その時ヤスミンが『冷凍』の真名を手に入れた。


「おめでとう。ヤスミンが一番だね」

 アメリアが言うと、ヤスミンは嬉しそうに頷いた。そのまま迷宮の外まで戻り、昼食を食べることになった。資料によると、氷雪ボアが落とすもも肉は非常に美味しいそうである。


 デニスは時間のかかるハムは諦め、一口大に切ってフライパンで炒めることにした。フライパンや調味料は、迷宮の入り口にある物置に入っていた。もちろん、竈と薪も用意してある。


 デニスが兵士たちに用意させたもので、迷宮での食事がライ麦パンだけというのが我慢できずに食材を持ってくれば、料理ができるようにしたものだ。


 通常のイノシシ肉は硬いものだが、ドロップアイテムの肉は豚肉のように柔らかいようだ。味も一級品の豚肉に近く絶品だという。塩を振っただけの料理だったが、アメリアたちは喜んだ。ただリーゼルだけは少し不満そうな顔をしている。塩を振りすぎたのに気づいたようだ。


 午後からは五階層で石炭を掘り、リヤカーが一杯になるまで往復し帰途に就いた。

「ねえ、デニス兄さん。国王陛下の命令で兵士の人たちを増やしてるんでしょ。大丈夫なの?」

「金の心配ならしなくていいぞ。サンジュ油と綿糸の商売が上手くいって余裕がある」


 バラス領のヴィクトールは、経済的に成功しつつあるベネショフ領にダメージを与えようと、モーリッツ伯爵に密告した。その結果、ヴィクトールには不本意だが、ベネショフ領の軍事力を強化することになってしまった。

 このことをヴィクトールが知れば、地団駄を踏んで悔しがるだろう。



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