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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
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scene:82 動真力機関とコピー

 挨拶の途中で侮辱されたと感じた京極審議官は、その中国人を睨みつけた。黒部が駆け寄り小声で告げる。

「彼は中国共産党幹部の息子です。対応には注意を」


 それを聞いた京極審議官は愛想笑いを浮かべ、その青年ジャオ・ボーエンを宥めようとした。

「それは誤解です。動真力機関やスカイカーを開発している会社は、日本にある一企業にすぎません。日本政府はそれらの開発には一切関わっていないのです」


「先ほどの挨拶で、『各国の研究機関が協力しあって知識を深めることが重要』と言われた。協力しようというなら、まず日本が動真力機関などの情報を公開すべきなのでは?」


 京極審議官はボーエンの言葉でイラッとしていた。若造が偉そうに、という思いを抑えきれなくなったのだ。

「あれは真名術に関してのこと。動真力機関は関係ない」


 ボーエンが鼻で笑って答える。

「ふん、日本を含めた先進国は、いつもそうだ。特許法で技術を独り占めにして世界全体の進歩を阻害している。考えが古いのです」


 これはボーエン一人が主張している考えではなく、中国の一部地域で主張されているものだ。そう主張する人々は、コピーされるより早く次の製品を開発すればいいと主張していた。製品を製造して利益を上げるのではなく、特許の使用料で儲けている会社が許せないらしい。


 その主張に共鳴したボーエンは、リバースエンジニアリングの技術を駆使して先進国の製品を分析し、コピー商品を作る会社を起こし成功した。


 この考えは共産主義に似ている。共産主義とは、私有財産制を廃止し全財産を社会全体の共有にしようとする思想である。ボーエンの主張は、技術情報や発明の私有を廃止し社会全体で共有することで、より早い技術の進歩を生み出そうというものだった。


 雅也はボーエンの思想を聞いて、ソ連が崩壊し中国が中国式社会主義と言い出した歴史を思い出した。ボーエンの主張するような社会が実現したら、一時的には技術が大きく進歩するかもしれないが、いずれは大きな進歩がなくなり、文明は停滞するだろう。


 人間は欲望によって活力を生み出し、進歩する生き物だと雅也は思っている。ただ欲望と言っても、犯罪的な欲望なら法律により禁止するのは当然だ。だが、健全な欲望までも制限すれば、活力が消え社会は停滞し暗黒時代となる。


「私の会社は、素晴らしいリバースエンジニアリングの技術を持っている。日本の会社が技術を隠そうとしても、売っている製品を分解し調べ上げ、同じものを作れる」


 こいつは堂々とコピー商品を作ると断言しているのか、と雅也は呆れた表情を浮かべて口を挟んだ。

「ボーエンさん、あなたは無断でコピー商品を作ると言っているのか?」


 雅也が質問すると、ボーエンが顔をしかめた。言いすぎたと思ったのだろう。

「いや、そういう意味じゃない。動真力機関という技術は、歴史的な発明だ。それを一企業が独占するのではなく、世界に公開し人類全体の進歩に貢献すべきだと言っているんだ」


 動真力機関の技術情報には、特許として出願し開示している技術と秘匿化した技術がある。ボーエンは秘匿化した技術も開示しろと言っているようだ。


 空気中の魔源素を結晶化する技術は、天文学的な確率で偶然と偶然が重なり、発見されたものである。マナテクノでは、微小魔源素結晶の製造方法を徹底して秘匿していた。


 その他にも動真力機関の重要な製造ノウハウに関しては、特許と秘匿化、情報セキュリティにより、できる限りの技術流出対策を行っている。


 中国を含めた諸外国は、その秘密を知りたがっていた。特に中国と韓国は、マナテクノから技術者を引き抜こうと画策しているようだ。マナテクノの設立当初から在籍する技術者が、大金と役職を用意され誘われたという報告も上がっている。


 しかし、マナテクノの社員は秘密保持契約を結んでおり、その教育も十分に行っていたので引き抜きを防止できた。この秘密保持契約は、秘密漏洩により莫大な損害賠償金が発生することも明記した契約である。


 もちろん、秘密保持契約だけで秘匿化した情報が守られるとは考えておらず、機密情報を持ち出せない工夫もしている。


「企業は慈善団体じゃないんだ。資金と時間をかけて開発した技術を無償で公開するはずがないだろ」

「ふん、秘密にしても発売された製品を調べれば、ほとんどの技術は明らかになるんだ。無駄なことさ」


 雅也はパクる気満々の中国人に冷ややかな視線を送った。数日前、神原教授と話した時、リバースエンジニアリングについての話題が出たことがある。


 教授は特許で守られているから大丈夫だと言っていたが、この様子では何らかの対策が必要だろう。

 実際、これが切っ掛けで動真力機関の一部をブラックボックス化することになり、様々な仕掛けを施したブラックボックスにより製品を調べてもコピーすることが難しくなった。


「それに、諸外国の製品を調べ、真似をして製品を開発していたのは、日本も同じではないか」

 痛いところを突かれた日本人は、苦笑いしたり不機嫌な表情を浮かべた。


 先進国の製品を研究し自社の新製品として開発することは、過去の日本でもやっていたことである。だから、他社の製品を調べるなと言う資格はないと、ボーエンが主張した。


 しかし、そのことと動真力機関の技術情報を公開しろというのは別である。

「その通りかもしれない。けれど、日本だって製造技術のすべてを教えてもらったわけではない。苦労して技術を磨いたんだ。中国もそうするんだな」


「ふん、我々の同胞は約一四億。すぐに日本に追いついて、マナテクノの製品以上のものを安く売り出すさ」


 それを聞いた京極審議官が、ゴホンと咳払いをして挨拶を締めくくり、ボーエンと雅也を睨んだ。

 その視線を受け、雅也は肩を竦める。


 マナテクノの事務職として働き始めた男坂美咲が傍に来て、雅也に小声で問う。

「何なんですか、あの男。マナテクノに恨みでもあるんでしょうか?」

「中国で、微小魔勁素結晶を使った動真力機関を開発していると聞いたことがある。その関係者じゃないか。微小魔勁素結晶の量産は難しいと思うんだけどな」


 宮坂流の修業を始めた小雪が長巻を扱えるようになり、雅也が召喚したカーバンクルを倒して『結晶化』と『雷撃』の真名を手に入れた。


 その『結晶化』の真名を使って微小魔勁素結晶を作り出し、マナテクノでも魔勁素型動真力機関の研究を始めたが、苦戦しているようだ。本来の動真力機関より出力が低下し、量産化も難しいという。


 中国の研究者も苦戦しているのだろうと、雅也たちは推測していた。その苛立ちが、ボーエンの言葉になって出てきたのではないだろうか。


 雅也と美咲が話していると、フィリピンのハーマンが現れ雅也に話しかけた。三〇歳ほどの背の高い男性である。

「こんにちは。フィリピンから来たハーマンです。よろしく」

 雅也と美咲は自己紹介して会話を始めた。


 ハーマンは、以前フィリピンにある日系企業で働いていたらしく、日本語が流暢だった。

「日本人のバディが住んでいる国は、何という国なのです?」

 クールドリーマーがバディという時は、魂が繋がった異世界の相棒という意味だ。最近、デニスなどの存在をバディと呼ぶようになっていた。


「俺のバディは、ゼルマン王国の住人だけど、一番多いのはヌオラ共和国の者じゃないか」

「私のバディは、ヌオラ共和国のずっと西にあるメラルダ王国で生活しています。迷宮の数が少ない国で、真名を得るのに苦労するようです」


「へえ、ゼルマン王国は小さな迷宮を合わせると多い方かな」

「それじゃあ、真名について詳しいんじゃないですか」

「どちらかといえば、詳しい方だと思う」


「アメリカで『治癒の指輪』が作られたという話を知っていますか?」

「知っている。日本でも使っている病院があるんだ」


「それは羨ましい。我が国にも『治癒の指輪』を作れる真名能力者がいればいいんですが……」

「アメリカから購入……ダメか、凄く高額だと聞いた」


「そうなんです。貧しい我が国では買えません。なので、作れるようになりたいんです」

「……そう思う気持ちは分かる」


 雅也は頷いた。フィリピン庶民の平均月給は一万円を超えないらしい。専門職である医者の数も少なく、ちゃんとした医療を受けられない人々も多い。


 ハーマンはそういう人々のために、治癒の指輪を作り貧しい地域に配布したいようだ。ハーマンのような真名能力者がいることに、雅也は嬉しくなった。


「こういう話をするのも、私が『治癒』の真名を持っているからなんです」

 ハーマンのバディは仲間と一緒にオーガを仕留め、『治癒』の真名を手に入れたという。

「それは凄い。後は『抽象化』の真名を手に入れれば『治癒の指輪』が作れる」


 ハーマンが明るい顔になった。

「そうなんです。でも、フィリピンでは、どんな魔物から『抽象化』の真名が得られるか知っている人がいないんです」


「アメリカに聞けばいいんじゃないか」

「ところが、アメリカは教えてくれませんでした」

「ふーん、『抽象化』の真名を持っている魔物は、割と有名だと思っていたんだが」


「聖谷さん、お願いです。教えてください」

「モクームと呼ばれる鳥の魔物さ。森林型迷宮に住み着いていると聞いた」

「森林型迷宮ですか。探してみます。この親睦会に出席して良かったです」


 ハーマンは何度も何度も雅也に礼を言った。



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イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[良い点] 良いね♪
[気になる点] >諸外国の製品を調べ、真似をして製品を開発していたのは、日本も同じではないか これ自体は間違ってはいないけど、中国韓国のような 特許無視のコピー濫造とは違うのに。 ライセンス生産や特…
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