scene:81 真名能力者親睦会
東山が社長に電話している間に、雅也はやりかけの仕事があると言って帰っていた。残されたミウたちは極上の音楽を聞いた幸せを噛み締めながら、ボーッとしている。
「彼は、どこの所属なんだ?」
三井が東山に尋ねた。三井は雅也がプロの歌手だと勘違いしたようだ。
「違います。聖谷さんは歌手ではないです」
「嘘だろ。あれだけの歌唱力があるんだぞ。絶対に本格的な訓練をしているはずだ」
東山がミウに視線を向ける。
「彼は、ミウちゃんの知り合いなんでしょ?」
「私の知り合いというより、お祖父様が連れてきたボディガードだったんです」
三井が驚いて、アングリと口を開けたまま固まった。その横で、マイが感心していた。
「へえぇ、ボディガードなんだ」
「ありえない。彼はビブラートやファルセットを完璧に使いこなし、しっかりと情感を込めて歌っていたんだぞ」
マイとミウが何度も頷いて同意した。あの歌がプロのものでなかったら、自分たちの歌など単なる歌好きレベルということになる。
「でも、あの歌は凄かったよね」
マイがミウに告げる。
「聖谷さんは、事情があって歌の練習をしているって言ってたのよ。だから、歌ってもらったんだけど、あんなに凄いなんて知らなかった」
東山はミウの曲を歌い始めた雅也を一度止めたのを思い出し、三井に問いかけた。
「どうして、途中で止めたんですか?」
三井が苦笑いした。
「彼が歌い出した時に、背中にゾクリとしたものが走って、鳥肌が立った。このまま彼の歌に飲み込まれて、ピアノを弾けなくなるんじゃないか、と思ったんで仕切り直したんだよ」
それにもう一つ理由があった。彼の歌を録音しようと思ったのだ。
「もう一度、彼の歌を聞いてみようか?」
三井の提案で、録音した雅也の歌を聞いてみることにした。
スピーカーから雅也の歌が流れ始める。独特の響きがある声に意識を委ねると、心がざわめき踊る。初恋を題材とする曲なので、心臓が高鳴り狂おしく心が揺れる。
次の別れを題材にした曲では、忍び寄る破局の予感で心が苦しくなり、別れの言葉で自然に涙が溢れ出しそうになった。
三井がポツリと告げる。
「彼は天才だな。音楽界に必要な人物だよ」
東山もうっとりした表情を浮かべて肯定する。
「そうね。是非うちの事務所に入ってもらいたいです」
三井が何か思い出したような顔をして、ミウとマイの顔を見た。
「時間がないぞ。練習を始めるんだ」
また練習が始まった。
不思議なことにミウとマイの歌が上手くなっていた。雅也の歌を聞いた二人は、歌に対する理解が深まっていたのだ。しかも手本となる歌い方が耳に残っていた。
驚くような早さで進化した二人の歌に、ヒットの予感を覚えた三井は笑顔になった。
「いいぞ、二人とも。凄いじゃないか」
ミウが不満そうな顔をしている。それはマイも同じだった。
「でも、聖谷さんに比べたら」
「おいおい、あんなのと比べるな。とにかく最高の出来だったぞ」
雅也は二人にいい影響を与えたようだ。一方、その影響を与えた張本人は、内閣府の特殊人材部部長の黒部から呼び出され、ギルド支部へ向かっていた。
「移動手段が原付バイクだけというのは問題かな。車買おうかな」
呟きながら雅也は電車を使ってギルド支部近くの駅まで移動し、徒歩で支部のあるビルまで歩いた。
ギルド支部の受付で、黒部を呼び出して貰う。
「呼び出してすまんね。真名能力者の関係で相談が必要になったんです」
「何で、俺を呼び出すんだ。物部探偵事務所の仁木さんを呼べば良かったんじゃないか」
「それが……アジア諸国の真名能力者たちを一堂に集め、親交を深めようという企画が進んでいるんです」
「親交を深めて、どうするんだ? 目的が分からないな」
「これは京極審議官の発案なんですよ。アジア諸国の真名能力者について情報を集めるチャンスだと言うんです」
他国に住む真名能力者の存在が気になるというのは分かる気がする。だが、真名能力者の都合も考えずに、そんな企画を進めるのはどうなんだろう、と雅也は思った。
「アメリカのブランドン上級顧問が来た時と同じで、獅子王をそれに出せばいいんじゃないの?」
雅也が興味がなさそうに言うと、黒部が首を振った。
「ダメなんですよ。日本は主催国なんで、真名能力者を一〇人以上出せと言われているんです。獅子王さんを除いても、後九人が必要です」
以前の選考会に参加した真名能力者は六人、それ以外に四人が必要になるようだ。仁木や男坂にも声をかけたらしい。これでは他国の真名能力者の情報を集める代わりに、日本の真名能力者の情報を他国に教えることになるんじゃないかと危惧した。
「仁木さんや男坂さんからも承諾を得ています。何とかお願いできませんか?」
「仕方ない。参加するけど、後は何もしないよ」
「それで構いません」
真名術を披露しろとか言われるのは嫌なので、黒部から言質を取った。
「ところで、獅子王さんは、何をしてるんだ?」
黒部が頭を掻いてから答える。
「彼は京極審議官の相談役ということで、偶に審議官と食事をしながらアイデアを出しているようですよ」
「彼は、音楽プロデューサーだったよね」
どうやら最近の獅子王は、ヒット曲を出していないので苦しいらしい。特殊人材部から相談料として謝礼が出ているようだ。
雅也はミウとマイのことを思い出した。あの二人の歌がヒットすればいいんだが、と考えながらテーブルの上にある資料をチラリと見た。真名能力者たちのリストのようだ。
二〇人近い名前が書かれている。何名かは断ったようで斜線で消されていた。
「断った人もいたんだな」
「仕事の関係で、どうしても参加できないという人ですよ。聖谷さんは非常勤取締役なんですよね。時間はあるはず」
雅也がマナテクノの役員だということも知っているようだ。
「でも、凄いですね。マナテクノといえば、急成長間違いなしと言われている会社ですよね。この前の救助活動で活躍した救難翔空艇は、いつ頃発売になるんです」
「広報課で発表していますが、来年の春頃に試作機三機を自衛隊に納入することになると思います。それ以降の予定は、自衛隊での運用テスト次第ですね」
「ふむ、価格はどれほどです。ヘリと同じような値段でしょうか?」
「この機体は自衛隊仕様なんで高いですよ。装備を追加変更すれば、戦闘にも使えるようにと言うのが、自衛隊の要望だったんです」
「ふむ。だとすると、移動用としてはトンダ自動車が開発しているスカイカーを待った方がいいですね」
「ええ、そうです。ただマナテクノでも装甲を薄くした廉価版も開発します。こちらは消防庁や海上保安庁に売り込むつもりです」
日本政府はスカイカーやホバーバイクが開発された時、免許や法律をどうするかを委員会を開き話し合っているようだ。その動きに触発され、世界各国でも法整備が進み始めていた。
黒部と話してから、一ヶ月ほど。雅也は歌の練習や救難翔空艇を手伝ったりしながら日々を過ごしていた。ただ最近になって、ミウやマネージャーの東山から連絡が入ることが多くなった。
コンサートへの招待や打ち上げに参加しないかというものだ。コンサートへは二度ほど行ったが、アイドルのコンサートは一種独特な雰囲気があり、馴染めなかった。
そのコンサートでミウとマイのソロ曲が発表され、ファンは熱狂した。アイドルの曲としては完成度が高いというのが評論家の評価である。
真名能力者親睦会が行われる日、雅也は会場である横浜のホテルに向かった。大きなホテルのホールに入ると、仁木や男坂が来ていた。
二人に挨拶していると獅子王が現れ、三人に声をかけた。
「君たちも来ていたのか、選考会以来だね」
「ああ、京極審議官の相談役みたいなことをしてるんだって?」
「頼まれると、断れない性格なんだ」
どうでもいい話をしている途中で、親睦会が始まる。雅也は周りを見回した。中国・韓国・フィリピン・タイ・インドネシアが参加しているようだ。
政治家の何人かが挨拶した後、京極審議官が挨拶を始めた。
「真名術に関しましては、日本でも研究が始まったばかりです。それほど調査は進んでおらず、これからは各国の研究機関が協力しあって知識を深めることが重要だと思っております」
そこに一人の中国人が口を挟んだ。日本語を勉強しているらしく日本語である。
「日本の言うことは、信用できない。研究が進んでいないと言いながら、動真力機関やスカイカーなどを開発しているじゃないか」
その中国人は、微小魔勁素結晶を使った動真力機関の開発をしているメンバーの一人だった。だが、開発は進んでおらず、ストレスが溜まっていたらしい。




