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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
81/313

scene:80 ミュワワとの再会

 救難翔空艇のテスト飛行で海で遭難した漁師を助けてから一ヶ月。雅也はカラオケボックスで歌の練習をしていた。デニスが欲しいと要望していた『雷撃の指輪』を作るために必要な歌を探し出し、転写が可能なレベルまで仕上げている最中なのだ。


 雅也が選んだのは、一九七〇年代から活動を始めた三人組のバンドが歌う曲である。このバンドの最初のヒット曲であり、恋人と別れる衝撃を稲妻に例える歌詞が『雷撃』の真名に相応しいと思い決定した。


 練習を始めたのだが、苦戦している。カラオケマシンの点数が伸びず、九〇点くらいで止まっていた。雅也の経験からすると、転写が成功するには九七、八点は必要なのだ。


「はあ、難しい。選曲を間違えたかな」

 雅也は練習を中断して外へ出た。いい大人が昼間からカラオケボックスというのもどうなんだ、と考えながら駅の方へ歩く。


 外に出ると大勢の人々が生活する独特の騒音が耳に聞こえてきた。車が走る音、小さな子供が叫ぶ甲高い声、友人同士が喋る話し声、それらが一体となって雅也の耳に届いた。


 気分転換にぶらぶらと歩き、割と大きな音楽スタジオの前まで来た時、背中から声をかけられた。

「聖谷さんじゃない」


 雅也が振り返る。そこに以前護衛を引き受けたアイドルの少女が立っていた。

「えーと、チワワだっけ」

「違う。坂東28のミュワワ。川越美羽よ、ミウでいいから」


「あれっ、ミュワワじゃなくてミウなの?」

「ファンの人がミュワワって呼ぶだけなの。あなたはファンじゃないでしょ」


「そうなんだ。どうしてここに?」

 駅前の繁華街にいることを不審に思った雅也が質問した。グループ内で歌が上手いメンバーがソロで新曲を出すことになり、この音楽スタジオで練習することになった、とミウが話してくれた。


「こんなところで話していると他の人に気づかれるかも。中に入りましょう」

 女性マネージャーの東山が入るように促した。


 音楽スタジオの中には、他のメンバーが待っていた。同じグループの東雲舞依である。

「遅いぞ、ミウ」

「マイ、もう来てたんだ」


 グループの中で歌が上手いと評価されたのは、この二人らしい。ミウは爽やかな高音の声を安定して出すことができると評価され、マイは独特のハスキーボイスで情感を込めて歌えることが評価されたのだそうだ。


 雅也と東山が話している間にも、準備が進められている。伴奏はピアノでするようだ。厳しい顔をした男性がピアノの音程をチェックしている。雅也は場違いな場所に来てしまったように感じた。


「それじゃあ、俺は帰るよ」

「あれっ、暇だったんじゃないの?」

「暇と言えば暇だけど、俺がいても邪魔になるだけだろ」

「聖谷さんは特別よ。私の命の恩人なんだから、見物していってよ。アイドルの練習風景なんて、滅多に見れるものじゃないんだから」

「じゃあ、もう少し見学させてもらうか」


 練習が始まった。ミウは爽やかな初恋の歌で、マイは別れの歌らしい。二人は交代で歌いながら、ヴォイストレーナーでミュージカルの歌唱指導もしている三井という専門家から指導されていた。


 二人の歌は、アイドルの中では上手い方なのだろう。ただソロ歌手のレベルかと問われれば疑問が残る。指導する三井から厳しい言葉が発せられた。


「ダメダメ、このサビの部分はビブラートを効かせてと言っただろ」

「ええっ、ビブラートを入れたつもりだったんだけど」

「入ってなかったぞ」


 厳しい指摘にミウがへこんだ顔を見せる。その顔が面白くて雅也がクスリと笑った。その笑いをミウは見逃さなかった。きつい視線で雅也を睨む。


 その視線に気づいた雅也が、頭をピョコッと下げて謝った。

「集中して、時間がないんだぞ」

 また叱られたミウが三井にお願いした。


「先生、お手本を聞かせてください。お願いします」

 三井が困ったという顔をする。先ほどから聞いていると、三井の声がガサついていた。

「すまん、ダメなんだ。昨日、別のアイドルのレッスンで声を枯らしてしまったんだ」


 声を枯らすような厳しいレッスンとは、どんな凄まじいものだったのだろう、と雅也が想像していた時、東山が雅也の背中をつついた。


「どうかしましたか?」

「今、三井さんが言ってたレッスンなんですが、アイドルの子がやめて田舎に帰るって、泣き出したらしいですよ。担当マネージャーが愚痴ってました」


 アイドル業界も大変なようだ。雅也が気楽な気持ちで見物していると、ミウが面白いイタズラを思い付いたような顔をして、雅也に顔を向けた。


「護衛をしてもらっていた時、ボイストレーニングをしているとか言ってませんでした?」

「言ったけど……何?」

「三井先生の代わりに、お手本を」

「冗談だろ。こっちは素人なんだぞ」


 東山とマイが笑っている。ストレスが溜まった時、ミウが攻撃的になり無茶振りすることがある。今回もストレスが溜まっているのだな、と二人は思っていた。


 とはいえ、そんな無茶振りを関係ない人にさせるわけにはいかない。東山がミウを宥め始めた。

「無茶言ってはダメよ。この曲は女性用に作曲されたものなのよ。専門家でもない聖谷さんに歌わせるのは無理なの」


 ミウが不満そうな顔をしている。その顔も可愛い。

「ねえ、本当に歌えないの?」

「歌えないこともないけど、難しいかな」


 雅也の返事に、三井が反応した。

「試しに、歌ってみませんか?」

「でも、これは初恋の歌でしょ。俺には初々しい少女のようになんて歌えませんよ」


 面白がった三井が、それでもいいから歌ってくれと頼んだ。

「キーを下げて、歌いやすいようにしますから」

 どうやら、ミウたちの気分転換になればいいと思っているようだ。


 雅也は肩を竦めて引き受けた。相手も遊びのつもりらしいから、一曲くらい歌ってやろうと思ったのだ。この時は、『言霊』の真名を使わずに歌えば大丈夫だと判断した。


 ミウが歌詞付きの楽譜を雅也に渡す。雅也は音楽の勉強をしたので、楽譜も読めるようになっていた。但し、その勉強も歌うために必要最低限のものだったので、底が浅いものだ。


 雅也はカラオケを使って歌の練習を始める時のように、一回だけ伴奏のピアノを弾いてもらい、それにハミングだけで合わせた。


 ミウとマイは二人で笑いながら、どんな風に歌ってくれるんだろうと話し合った。

「ボイストレーニングしてたっていうのは、きっと音痴だったからじゃない」

「そうかもね。面白いことになりそう」


 ピアノによるイントロのメロディーが流れ出し、雅也の歌声が二人の耳を打った。普段の声とは違い、透明感のあるテノールである。その声には人をゾクリとさせる響きがあった。


 思わず二人とも目を閉じて聞き入ってしまう。ピアノを弾いていた三井は、第一声を聞いた時に、思わず鳥肌が立った。透明感のある声の中に人を惹き付けるゆらぎを聞き取り魅了されたのだ。


 途中で、ピアノの音が止まった。三井がピアノを弾くのをやめたようだ。

「あれっ、何か間違えました?」

 雅也が止まったピアノに気づいて声をかけた。


 三井が力強く首を振り否定した。

「そうじゃない。最初からお願いしたいんだが、いいかね?」

「構いませんけど」


 三井がスタッフの一人にレコーダーのスイッチを入れるように指示した。

「それじゃあ、初めからお願いします」


 もう一度ピアノが旋律を奏で始め、雅也の歌が始まった。雅也は気づいていなかったが、『言霊』の真名は雅也の声帯にも影響を与えていた。転写の真名術を使ううちに、声帯が変化し雅也の声に独特の響きをもたらすようになったらしい。


 その響きは歌う時にだけ顔を出すゆらぎのような微妙なものである。だが、その独特の歌声は人を魅了する。『言霊』の本来の持ち主であった魔物ドライアドの声には劣るが、似たような性質の声となっていた。


 雅也の歌は、声だけではなかった。三井が指示した箇所でビブラート、フォール、しゃくりなどが入れられ、技術的にも満点の出来となっている。


 但し、初めて歌った曲だったからだろうか、情感を込めるという点だけは満点ではなかった。

 それでも聞いていたミウやマイ、東山たちは、心を揺すぶられ魅了された。


 曲が終わる。ミウとマイは同時に息を吐き出した。呼吸するのも忘れるほど集中して聞いていたようだ。

「もう終わっちゃったの」

「また聞きたい。今度は私の曲を歌って」


 雅也が苦笑した。

「おいおい、一曲で十分だろ」

「お願い。ミウの歌だけなんて、公平じゃないよ」


 雅也には、何が公平じゃないのか分からなかったが、マイの必死の願いによりマイの曲も歌うことになった。スタッフの一人がスマホで撮影しようとしたので、雅也がやめさせた。


 マイの別れの曲を歌い終わった時、感動した二人のアイドルが鼻水を垂らして泣いていた。感動してくれたのは嬉しいが、ちょっと大げさだと雅也は思った。


 雅也は以前に人前で歌わない方がいいと小雪が言っていたのを思い出した。あの時は、『言霊』の真名術を使ったからだと思っていた。しかし、どうも違うようだ。


 今後人前では歌わないようにしようと、雅也は決めた。

 一方、雅也の歌を聞いたマネージャーの東山は、事務所の社長に連絡した。凄い人材を発見しましたと報告したのだ。



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