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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第1章 明晰夢編
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scene:7 探偵と道場

 探偵とは、どんな仕事なのかも雅也は碌に知らなかった。そこで、事務所のソファーに座り、冬彦から説明を受けた。


「ふむ、浮気調査や素行調査、それにペット探しか」

「その他にも、浮気のアリバイ工作などの小さな依頼もある」

「へっ、そんなことも……それで、この探偵事務所が得意としているのは、何だ?」


 雅也の質問に冬彦が、考え込む。その姿を見て、雅也は気付いた。得意分野ができるほど、この探偵事務所は仕事を熟していないのだ。


「いや、質問の仕方が悪かった。この事務所は、どんな依頼を中心に営業していくつもりなんだ?」

「本当は殺人事件なんかの推理をしたかったんだ」


 雅也はアホなのという目で、冬彦を見る。

「分かっている。僕だって探偵学校に行ったんだ。探偵が殺人の捜査をしないというのは、知っている」

「探偵学校に行くまでは、推理とかすると思っていたんだな」


 冬彦が目を逸らした。雅也が溜息を吐いて、質問の答えを求めた。すると、浮気調査だと答えが返る。


「妥当な選択だな。それで集客の方法は?」

「タウン情報誌やウェブサイトに宣伝を載せてる」


 念のために宣伝用のウェブサイトを見た。軽薄そうな笑いを浮かべた冬彦がドーンと表示されている。

「こんなサイトじゃダメだな」


 冬彦が腑に落ちないという顔。割りと気に入っているらしい。

「何がダメなの? 僕のナイスな笑顔で悩める人々を惹きつけ、この事務所に呼び込むというサイトなんだけど」


 雅也は唸り声を上げた。真面目な顔をしている時、冬彦は好男子の部類に入るだろう。だが、笑った顔が軽そうなのだ。何が軽いかというと、口が軽い、考えが軽いという軽薄な印象である。


「冬彦は笑った顔より、真面目な顔をしている時の方がいいんだ」

「僕は、このサイトを気に入っているんだけど」


 雅也はもう一度溜息を吐く。

「はっきり言おう。冬彦、お前の笑い顔は軽薄そうに見える。お客さんの前では、見せない方がいい」


 冬彦の顔が『ガーン』という劇画調になった。

「そんな……ヒドイ」


 このサイトを見た人間は、絶対に依頼しないと思う。そう確信が持てるほどのサイトを誰が作ったのか、疑問が湧いた。


「このサイトは、業者に頼んで作ってもらったのか?」

「いや、親戚の中学生が、こういうのを得意としてるんだ」

「納得した」


 業者に頼んだのなら、もう少しマシなものになっただろう。ちゃんとした業者に頼むことにした。


 それから二週間ほどは、見習いとして探偵の仕事をした。サイトを作り直してからは、依頼も増えた。ただ冬彦が望んでいた浮気調査ではなく、迷子ペット探しの依頼である。


 探偵事務所のある都市は、街の中心街から離れると住宅地が広がっている。そこにはペットを飼っている家が多いらしい。


「先輩、そっちに行きましたよ」

 雅也と冬彦は、空き地に追い込んだ迷子猫を捕まえようと奮闘していた。目的のシャム猫は、動きが素早く捕獲に苦労している。


 雅也は頬を引っ掻かれ傷を負いながらも、シャム猫を捕まえた。

「ふうっ、酷い目に遭った」


「さすが先輩です。今月は三件目の成功ですよ」

「そうだな。でも、引っ掻き傷が増えたぞ」

「名誉の負傷です」

「猫に引っ掻かれて、名誉も何もないだろ」


「先輩が鈍臭いんですよ」

「酷い言い方だ。前に軽薄だと言ったことを根に持っているのか?」

「違いますよ。現に僕は無傷です」


 雅也自身、自分の肉体が衰えているのを分かっていた。ここ数年、仕事が忙しく机にしがみ付いて設計の作業ばかりをしていた。


 学生時代までは、友人と山に登ったり海に行ったりしていたので、そこまで肉体の衰えを感じなかった。だが、三〇を過ぎた頃から、衰えたと感じる時が多くなった。


「身体を鍛えようかな」

「僕が通っているジムを紹介しようか?」

「んー、ただ身体を鍛えるだけじゃな。何かスキルアップに繋がるようなものはないか?」


 冬彦が困惑する。

「スキルアップって……何です?」

「武道を習うとかさ」

「探偵のスキルアップに武道は関係ないような気がしますが、一人武術家を知っていますよ」


 雅也は疑わしそうに冬彦を見た。

「何です、その目は。高校生の頃、武術を習いたいと父に言った時、探し出してくれた先生なんですよ」


「ほう、貴文さんが探したのなら、信頼できそうだな」

「どういう意味ですか」

「いいじゃないか。貴文さんは信頼できるということさ」


 貴文というのは、冬彦の父親で物部ホールディングスの会長である。物部グループを大きくした人物であり、財界で大きな影響力を持つ傑物だった。


 冬彦が言った武術家というのは、探偵事務所からも近い場所に在住していた。車で二〇分ほどの住宅地の外れにある屋敷である。


 冬彦に案内され中に入る。武士の屋敷みたいな建物に、道場らしいものがある。屋敷にいたのは、小柄な優しい笑顔をした初老の男性だった。


「宮坂師範、お久しぶりです」

「ふん、冬彦か。半年で逃げ出したお前が、また訪ねてくるとは」

「やだな。逃げたわけじゃないですよ。ちょっと忙しくなっただけです」


 宮坂師範は幼い頃から少林寺拳法を学び、後に一刀流と示現流を学び独自の宮坂流を創設した猛者である。

「始めまして、冬彦の友人の聖谷雅也です」

「宮坂弦蔵(げんぞう)だ」


 雅也と宮坂師範が挨拶を交わした。宮坂師範は自宅の道場で少林寺拳法を教えているらしい。生徒は小学生から中学生までの少年少女が多く、高校生になると受験勉強で辞めるそうだ。


「ここに来たということは、少林寺拳法を習いたいのかな」

 雅也は頭を下げ、

「はい。ただ、少林寺拳法だけでなく剣術も、お願いします」


 宮坂師範が驚いた顔をする。

「それはまた、珍しい。理由を訊いてもよいかな?」


 雅也は少し考えてから、猫に付けられた傷を見せる。

「現在、冬彦のところで探偵をしているのですが、迷子猫に引っ掻かれることが多いんです。昔なら避けられた攻撃に反応できないんですよ」


 宮坂師範が奇妙な顔をした。

「すると、猫と戦うために武術を習いたいと?」


「それに身体が鈍ってきたので、少し鍛えようと考えています。そんな理由じゃダメですか?」

「いや、ダメではないが、中途半端なものになりそうだと思ったのだ」

「師範にとって、良い弟子にはなれないかもしれません。それでもよければ、お願いします」


 宮坂師範は入門を許可した。元々来る者は拒まずだったようだ。雅也は原付バイクを買って、バイクで道場に通うようになった。


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【書籍化報告】

カクヨム連載中の『生活魔法使いの下剋上』が書籍販売中です

イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
どうしても武道の師匠が出てくるんですね。 ま、正しい選択と思います。
[良い点] 良いね♪
[気になる点] 良い男の劇画調のガーン。気になる。そして、主人公は正直者。きっとは気の置けない仲なんでしょう。 〉雅也はもう一度溜息を吐く。 「はっきり言おう。冬彦、お前の笑い顔は軽薄そうに見える。お…
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