scene:78 デニスとレオポルト
レオポルトがデニスと試合をしたいと国王に願い出たことが、観戦していた人々の間に伝わり試合場の周りがざわざわと騒がしくなった。
マンフレート王はレオポルトの願いを、どうしたものかと考えた。周囲の人々を見ると、誰もが二人の戦いを見たいと期待しているのが分かる。
「陛下、試合が終わったというのに、帰る者がおりません。誰もが二人の戦いを見たいと思っているようでございます」
ヨアヒム将軍が国王に伝えた。
「しかし、デニスは一七歳であろう。優勝者のレオポルトと戦わせるのは、荷が重いのではないか?」
「負けることからも学ぶことはあるでしょう」
国王自身もデニスがどれほど戦えるのか見たいという気持ちがある。二人を戦わせることにした。国王はデニスを呼ぶように命じる。
デニスは事情を説明され、レオポルトの申し出を受けるか尋ねられた。国王からの要請である。準男爵の息子にしかすぎないデニスに断れるものではない。
「優勝したレオポルト殿に、胸を借りるつもりで挑んでみたいと思います」
「よくぞ、申した」
マンフレート王が満足そうに笑顔を浮かべ、デニスとレオポルトに試合の準備を行うように命じた。
デニスがアメリアたちのところに戻ると、ゲラルトがアメリアたちと一緒に待っていた。
「レオポルトと戦うことになったのか?」
「はい。陛下からの要請です」
「勝てそうか?」
「いや、難しいと思う」
デニスの戦い方において、最も強力な技は高速移動と雷撃球の攻撃を組み合わせた技だ。その技は試合で使えない。
武闘祭の試合では、雷撃球や火炎球などの放出系真名術は使わないという伝統がある。これはルールで制限されているわけではなく、二〇年ほど前に選手の放った火炎球が観戦していた王族に怪我を負わせたことから、選手たちが自粛するようになったものだ。
「そうだな。得意の雷撃球攻撃もできないからな」
ゲラルトが難しい顔で溜息を吐いた。
レオポルトは卓越した武術の腕と豊富な経験を持っている。デニスの宮坂流も中々の実力であるが、まだ経験不足なのだ。
支度して中央の試合場へ進み出るデニス。そこにはレオポルトが腕を組んで待っていた。
「貴様らは、ダミアンの奴を倒して名を上げたようだな」
「ベネショフ領は、脅威となる存在を排除しただけ。ダリウス領及びバルツァー公爵には、何の敵意もない」
「そうかよ。でもな、ダリウス領じゃ面白くないと思っている奴は多いんだ」
理性で考えれば、ベネショフ領を責めることではないと分かっているが、ダミアン匪賊団を取り逃がし他領の者に討ち取られたことで、紅旗領兵団は何をしているんだと責められたのだろう。
取り逃がした紅旗領兵団が責められるのは、仕方ないことだとデニスは思っていた。
とはいえ、こちらを睨みながら敵意を燃やす大男を目にすれば、バラス領のヴィクトールが余計な真似をしたからなんだと、大声で叫びたくなる。
審判が二人に声をかけ得物を選ぶように指示した。デニスは木剣を手に取る。長巻術の鍛錬もしているので、相手のリーチを考えると長巻代わりの棒も選択肢にあったが、慣れ親しんだ木剣を選んだ。
試合場の中央へ進みデニスとレオポルトが対峙。審判の号令で試合が始まった。
デニスは木剣を上段に構え、間合いを縮める。それを見たレオポルトが気合を発して突っ込んできた。『豪脚』を使った動きは、人間離れしたものだ。
デニスの頭上に『豪腕』で加速された木剣が振り下ろされる。凄まじい斬撃。その斬撃をデニスの木剣が受け止める。衝撃で木剣が飛ばされそうになった。
『豪腕』『豪脚』と『怪力』の真名を比べると、『怪力』の方が筋力増強系の真名としては上位にある。当然、筋力の増強率は高い。だが、実際に真名術を使った時に発揮されるレオポルトとデニスの筋力を比べた時、デニスが不利となってしまう。
これは戦っている場所が地上なので魔源素の濃度が薄く、『怪力』の真名が十分な力を発揮できないことと、二人の元々の筋肉量が影響している。
大雪猿のように分厚い筋肉を纏うレオポルトと細身のデニスでは、地力が違いすぎるのだ。
デニスはレオポルトの剣圧に押されて後退するしかなかった。空気を切り裂いて振り抜かれた木剣が、デニスの首を刎ね飛ばそうと襲いかかる。デニスはまたも飛び退いてギリギリで躱す。
二度、三度と凄まじい斬撃がデニスを襲い、宮坂流の体捌きと技術で防御する。試合場の外から見ている人々には、デニスが華麗に攻撃を捌いているように見えたかもしれないが、当のデニスにすれば冷や汗ものだった。
「どうした。反撃しないのか」
馬鹿にするような声を上げるレオポルト。デニスは歯ぎしりしてレオポルトを睨む。
レオポルトの逞しい腕が振るう斬撃の速度が上がった。デニスはレオポルトが放った突きを躱し、その腕に木剣を叩き込んだ。
硬い岩を叩いた感じで、バンと木剣が撥ね返された。デニスは審判をチラリと見た。真剣なら腕が斬り飛ばされたはずだ。
だが、審判は首を振った。レオポルトが持つ『鉄壁』の真名術により斬撃が撥ね返されたと判定されたようだ。レオポルトはトロールを討伐した時、『怪力』ではなく『鉄壁』の真名を手に入れている。
『頑強』の上位真名である『鉄壁』は、『頑強』に皮膚を硬化する能力を追加したような真名だ。
レオポルトは事前に『鉄壁』の真名を審判に申告し、急所以外の場所に斬撃が命中しても致命傷にならないことを伝えていた。だから、審判はデニスの腕への攻撃を不十分と判定したのだ。
その証拠に、デニスが感じた手応えが『鉄壁』の真名術により腕が守られていたことを物語っていた。
「ふん、あんな温い斬撃で決まったと思ったか?」
「普通の人間なら、あれで決まるんだよ」
「残念ながら、俺は普通じゃないんだ」
デニスが攻撃を躱してレオポルトの首に木剣を叩き込もうとした。その斬撃をレオポルトが左手で払い除ける。
レオポルトが手足を防御に使い始めた。これにはデニスも困惑する。震粒ブレードを使おうかと思ったが、レオポルトの手足が切断されたら問題になりそうだ。
デニスは距離を取るために飛び退いた。レオポルトを睨みながら深呼吸して呼吸を整える。
「クソッ、戦い辛い」
そんな愚痴をこぼしたデニスに向かって、レオポルトが木剣を肩に担ぐように構え走り出す。
瞬く間に間合いを詰めたレオポルトは、振り上げた木剣をデニスの真上から振り下ろす。その斬撃をデニスがギリギリで躱した。デニスがホッとした瞬間、レオポルトが体当たりを敢行。
「うおっ!」
デニスの身体が吹き飛んだ。地面を転がり受け身の要領で勢いを殺しパッと立ち上がる。
その試合をマンフレート王がジッと見ていた。不意にヨアヒム将軍に向かって口を開く。
「あの『鉄壁』の真名術だが、真剣でも斬れぬのか?」
「無理でございましょう。但し、宝剣の類や剣の威力を上げる真名術なら、斬れるかもしれません」
試合場の上で必死に防戦しているデニスを、国王は見守った。
「デニスが可愛そうに思えてきたぞ」
デニスも攻撃をしていないわけではない。その尽くがレオポルトの腕と足により防がれているのだ。レオポルトは、実戦において金属製の籠手と脛当てを着けて戦っている。手足を使って敵の斬撃を防ぐやり方こそが彼本来の戦い方なのだ。
デニスは息切れを起こし肩で息をしていた。凄まじい斬撃を躱し続けることで、デニスの体力と精神力が削り取られている。
このままでは負けると悟ったデニスは、最後の勝負に出ることにした。大きく飛び跳ね、レオポルトとの距離を取る。
『加速』を使った高速移動と雷撃球攻撃を組み合わせた技を『迅雷斬撃』とデニスは名付けている。その技から雷撃球攻撃を抜き取った技を繰り出そうと考えた。
地面を蹴り出したデニスは、真名術を使って身体を加速させる。二歩目でさらに加速。そして、レオポルトの直前で軌道を変えた。
レオポルトには、デニスの姿が消えたと見えたはずだ。デニスはがら空きとなっているレオポルトの脇腹に木剣を叩き込む。それに気づいたレオポルトは木剣を脇腹に移動させた。
木剣と木剣が衝突し凄まじい衝突音を響かせた。レオポルトが初めて地面を転がる。デニスはチャンスだと思い追撃。上段に構えた木剣がレオポルトの頭を狙って振り下ろされた。
レオポルトが自ら地面を転がって避ける。デニスの木剣は硬い地面に叩き付けられた。その瞬間、木剣にヒビが入り折れた。
「馬鹿め!」
レオポルトがデニスの胴に向かって斬撃を放つ。デニスは飛び退いて避けようとしたが、一瞬遅かった。斬撃がデニスの腹に食い込み、その身体を弾き飛ばした。
「勝負あり!」
試合場に審判の声が響いた。
その瞬間観戦していた全員が、どよめき拍手を始めた。それは国王も例外ではない。
ただ拍手している対象は、勝ったレオポルトへではなかった。弱冠一七歳という若さで、これほどの戦いを見せてくれたデニスに向けたものだ。




