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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第3章 手伝普請編
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scene:76 王都の武闘祭(2)

 自分たちが喧嘩を売った相手が、武闘祭の優勝候補レオポルトだとは知らないゴロツキたちは、レオポルトを相手に威勢のいい啖呵たんかを切った。


「ふん、図体がでかけりゃ偉いわけじゃねえんだぞ。この剣で刺せば、真っ赤な血が流れるんだ」

 ゴロツキの一人が剣を抜いた。それを見た仲間の二人も剣を抜く。


 取り巻いている野次馬たちに中で、レオポルトだと知っている連中が小声で話し始めた。

「あいつら馬鹿だな。相手のことも知らずに喧嘩売ったよ」

「剣まで抜いたら、殺されても仕方ないのに」


 ゴロツキの一人が剣を振り上げた。その瞬間、レオポルトの姿が消えた。いや、消えたと見えるほどの速さで踏み込み、剣を振り上げた男の顔に拳を叩き付けたのだ。


 ぐしゃりと顔が潰れ、男が剣を持ったまま宙を飛んだ。道路に叩き付けられた男は、一度バウンドして転がる。レオポルトの表情から手加減していることが分かる。とはいえ、凄まじい威力のパンチだ。

「ひゃっ」

 ゴロツキの一人が、仲間の無残な姿を見て奇妙な声を上げた。


「この野郎!」

 もう一人のゴロツキは、単純だった。仲間が叩きのめされて怒り、考えもなしにレオポルトに向かって斬り付けた。その刃を、レオポルトが素手で受け止める。


 本来なら手が切断されるはずだが、逆に剣がパキッと折れた。何らかの真名術を使ったのだろう。次の瞬間、ごつい拳がゴロツキの腹に叩き込まれる。


 また人間が宙を舞った。それを見た最後のゴロツキは、恐怖で顔を歪ませ逃げ出した。剣を振り回しながら、デニスたちがいる方へと走ってくる。


 今度は野次馬たちが慌てた。何人かの女性が悲鳴を上げ、中にはゴロツキに怒鳴る奴もいた。

「馬鹿野郎、こっちに来るんじゃねえよ」

「逃げろ!」


「チッ、傍迷惑な奴だ」

 デニスが前に出た。剣を振り回すゴロツキの手首を握って、相手を背負うようにして投げる。ゴロツキは美しい円弧を描いて道路に叩き付けられた。見事な一本背負いである。


 受け身も知らないゴロツキは、腰を強打して起き上がれなくなったようだ。見ていた野次馬たちが、一斉に拍手した。見たこともない技が決まり、ゴロツキを一瞬で投げたからだろう。


 その様子を見たレオポルトが、面白くないという顔をする。

「おい、余計な真似をするな。こいつは俺の喧嘩だ」

「危ないから、対処しただけだ。余計な真似とは心外だな」


 レオポルトは、デニスをジロリと睨んだ。普通の者なら、恐怖を覚えるほどの迫力がある。だが、デニスは平気な顔で睨み返す。


 オーガとも一人で戦ったデニスである。度胸は人並み以上に持っていた。

「何をしているんだ、レオポルト」

 貴族らしい男がレオポルトに声をかけた。


 レオポルトは、その貴族を見て姿勢を正した。

「何でもありません、ハーゲン様」

「だったら、屋敷に帰るぞ」


 レオポルトとハーゲンは、何事もなかったかのように去っていった。

「僕たちも帰ろう」

「はい、デニス兄さん」

 アメリアはデニスが堂々とレオポルトと渡り合ったのを見て、誇らしそうな顔になっていた。


 その数日後、武闘祭が始まった。その場所は白鳥城に隣接する軍の訓練場も兼ねている競技場である。

 普段は軍関係者しか入れない場所に、大勢の貴族や庶民が集まっていた。デニスたちも朝早くから競技場に来ている。


「すごい人の数」

 フィーネが人の多さに驚いて目を丸くしている。競技場の内部は、雑多な人々で溢れかえっていた。

 人々は興奮しているようで、大声でしゃべっている。また賭け屋が優勝候補の名前を連呼して、バクチに誘っていた。


 競技場は貴族区画と庶民区画に分かれており、デニスたちは庶民区画で観戦していた。

「ゲラルト兄さんの試合は、まだなの?」

 アメリアがデニスに尋ねた。第二試合場の六番目だから、もうすぐだとデニスが教える。


 競技場は三つの試合場に分けられ、それぞれで試合が行われていた。第二試合場では五番目の試合が行われている。対戦しているのは、短槍を武器にする探索者の男と剣を使う兵士である。


 探索者は『豪脚』の持ち主らしく素早い動きで相手を翻弄し、槍の代わりとなっている棒を突き出す。兵士は突きを受け流しながら、反撃のチャンスを待っているようだ。


「デニス様、どっちが勝つと思いますか?」

 ヤスミンが試合を見ながら、デニスに声をかけた。

「探索者は素早い動きで押し切ろうとしているけど、武術の腕は兵士の方が上のようだ。探索者に隠し玉がないなら、兵士が勝つと思う」


 焦った探索者が兵士に接近して連続突きを放った瞬間、兵士が突きを受け止め懐に飛び込んで肘を胸に叩き込んだ。それで試合は決まった。


 次がいよいよゲラルトの出番である。試合場に姿を見せたゲラルトは落ち着いているようだ。その姿を貴族区画にいる国王も見ていた。


「ヨアヒム将軍、あれがブリオネス準男爵家の長男かね?」

「そうでございます、陛下」

「ふむ、体格的には普通の兵士と変わらんな。どんな武官なのかね」

「今年の春までは、多くの武官より少し優秀なだけの男でした。ですが、ベネショフ領で一ヶ月ほど修業して帰ってきた時には、精鋭集団である近衛部隊にも推薦できるほどの武官に変わっていました」


 マンフレート王は一ヶ月という短期間で、それほど成長できるものかと疑問に思った。できるとすれば、効率的に真名を取得する方法を知っているのだろう。


 ゲラルトの試合が始まった。相手は同じ王都警備軍の武官だ。相手の武器は木剣、ゲラルトも木剣である。長巻と同じ長さの棒にしようかとも思ったが、魔物相手ではないので慣れている木剣にした。


 試合の審判役が試合開始の号令を発した。試合の勝敗は、相手が戦闘不能になるか、審判の判断で決まる。


「故郷に帰って鍛えたんだって」

「ああ、辺境の迷宮は、魔物が多くて修業には最適だったよ」

 同僚なので、顔くらいは知っている。ただ、それほど親しいわけではないので、どんな戦い方をするのかは知らなかった。


 相手の構えを見て、クルツ細剣術だと分かった。片手で剣を構えた相手は、素早い攻撃を仕掛けてくる。ゲラルトはベネショフ領で覚えた足捌きで攻撃を躱す。


「チッ、何で当たらない」

「決まってるだろ。当たると痛いからだ」

戯言ざれごとを……本気の斬撃を見せてやる」


 相手の木剣が速度を増した。『敏速』の真名術を使ったのだろう。普通の兵士なら、対応が間に合わず木剣で打たれている。しかし、これくらいの連撃は、ベネショフ領で経験済みだ。ゲラルトは斬撃を受け流し相手の手首にちょこんと木剣を当てた。


「うっ」

 一瞬手が痺れた相手が木剣を手放した。そこにゲラルトが打ち込む。木剣が相手の頭上でピタリと止まった。それを見た審判が、ゲラルトの勝ちを宣言する。


「うむ、武術の腕も中々のものだ。ベネショフ領で得たのは、真名だけではないということか」

 マンフレート王は、ゲラルトの試合を見て感心したように呟いた。

「私の息子もベネショフ領で修業させたので、成長しましたよ」


 ヨアヒム将軍の息子自慢が始まった。国王も面白そうに聞いていたが、ベネショフ領の修業で四つの真名を手に入れたと聞いて目の色を変えた。

 ミモス迷宮では、ありえない数だった。ミモス迷宮なら、一ヶ月という短期間なら真名一つがやっとだろう。


 一回戦のすべてが終わり、武闘祭一日目が終了した。二日目は二回戦が行われ、ゲラルトは順調に勝ち進んだ。その午後から、少年の部が始まった。


 アメリアたちの予想通り、クルトが参加していた。クルトの武器は、長巻の長さの棒である。慣れ親しんだハルトマン剛剣術ではなく、長巻術を選んだようだ。


「あっ、クルトが出てきた」

 今日も観戦していたアメリアたちは、クルトを見つけて応援の声を上げた。その声が聞こえたらしいクルトが、アメリアたちに向かって手を振る。


 クルトの試合は圧倒的だった。審判の「始め!」の合図で、飛び込んだクルトが相手の足に斬撃を打ち込み、喉に棒を突き付けて終わらせた。


 マンフレート王は、不思議そうな顔で試合を見ていた。

「将軍、そちの息子はハルトマン剛剣術ではなかったのか?」

「元々は、そうでございました。ですが、ベネショフ領でナガマキ術というものを学び、最近では剣に触れようともしません」


「ナガマキ? どんな武器なのだ?」

「ショートソードに長い柄を付けたような武器で、魔物を仕留めるために開発されたようです」

「面白い、ベネショフ領では、様々な変革が起きている。余も視察に行きたいものだ」


 この時の国王の言葉は冗談である。重大な用件が発生しなければ、国王が辺境に出向くことなど、ありえないからだ。



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