scene:74 地球の変革
「ふうっ、やっと一〇〇個だ」
雅也は特殊人材対策本部から依頼のあった魔源素結晶を製作していた。最後の魔源素結晶をチェックしてから、専用のボックスに入れる。
マナテクノは、魔源素結晶を定価五〇万円で売っている。この一〇〇個で五〇〇〇万円の売上だ。京極審議官は、この魔源素結晶を使って迷宮装飾品を作ろうとしているらしいが、魔源素結晶を注文するということは『抽象化』の真名を持つ真名能力者がすでにいるということだ。
ひと仕事終えた雅也は、マナテクノ第一工場へ向かった。工場は海岸沿いの場所に建てられており、工場から海に向かってテスト飛行ができるようになっている。
工場内では、大勢の技術者が働いていた。この工場は最終的に五〇〇人ほどの従業員が働くようになる予定で製造ラインが構築されている。
完成したばかりの第一工場は、川菱重工が開発しているホバーバイクに搭載する動真力機関ヴォルテクエンジンを製造する予定だ。
ヴォルテクエンジンというのは関係者の間だけで通用する愛称である。正式な名称である型番は別にあるのだが、関係者はヴォルテクエンジンと呼んでいた。
雅也はエンジン製造ラインの横を通り抜け、奥にある開発研究室に向かう。入り口にある生体認証装置に指を当てドアを開く。
中は五〇メートル四方の広さがあり、救助ヘリに代わる機体の開発を行っている。開発中の機体は、全長約一二メートル、最大幅約四メートルで、攻撃ヘリ並みに頑丈になるという。
工場内には『試翔』と書かれている機体がある。これは実証試験用のプラットフォームとして製造されたもので、マナテクノの技術者と自衛隊関連の技術者が様々なテストで使っていた。
「聖谷さん、また視察ですか?」
「ああ、ここの研究が一番面白いからね」
雅也に声をかけたのは、主任技師の中村である。雅也と年齢が近いせいか、気が合い親しくなった。
「今日は、一七回目のテスト飛行だ。それを目当てに見学に?」
「まあね。でも、風が強いみたいだけど大丈夫なの」
試翔は自衛隊の計らいでテスト飛行が許されている。もちろん、政府に届け出ることが前提になっていた。今までのテスト飛行では、良い結果が出ている。ただ今日ほど強い風の日のフライトは初めてだ。
天気予報では台風が近づいており、夕方から強い雨と風になるという。
「何を言っているんです。この機体は救難翔空艇。これくらいの風なら大丈夫ですよ」
中村主任の言う通り、試翔は重たい機体を飛ばすために試作大型エンジンを積んでいる。ヴォルテクエンジンの三倍ほどもあるエンジンで、馬力は二〇倍ほども高い。
「ちょっと中を見てもいい?」
「いいですよ。なんならテスト飛行に同行されますか?」
「構わないのなら、ぜひ」
雅也は喜んで同行すると伝えた。テスト飛行も一七回目ともなると、細かい試験項目の確認が多くなり、事故が起きるような可能性も低くなっている。
「おいおい、技術者でもない奴をもう一人乗せるのか、感心せんな」
試翔のパイロット瀬川二等陸尉である。このプロジェクトには自衛隊も参加しており、ヘリコプター操縦免許を持つ彼が、試験飛行のパイロットとして協力していた。
「こちら、マナテクノ取締役の聖谷さんです」
「それは失礼しました」
雅也が会社役員だと分かり、瀬川がペコリと頭を下げた。だが、本気で謝っているわけではなさそうだと雅也は感じた。
「邪魔しないようにするんで、参加させてもらいますよ」
「了解しました」
「ところで、俺以外にも見学で参加する者が?」
中村が溜息を吐いてから、
「そうなんですよ。国土交通省の偉い人が同乗します。試翔の安全性を確認したいという話なんですが、こんな早い時期から役人が試乗するのは珍しいそうです」
救難翔空艇の開発には防衛省が深く関与している。そこが面白くない国土交通省が、戸崎という役人を送り込んで来たそうだ。
「その戸崎という役人は、問題を起こしているの?」
「実験計画に口を挟んでくるくらいなんですが、安全確認を厳重にしろと口煩いんですよ」
中村たち技術者にとって、安全確認は重要だと分かっている。十分に配慮して開発を行っているのに口を挟む戸崎を彼らは疎ましく思っているようだ。
雅也は中村に案内されて試翔の中に入った。操縦席のキャノピーは、ガラスの半分の重さで一七倍の強度を持つプレキシグラスというアクリル樹脂で作られ、胴体部はアルミニウムと複合材で構成されている。
もはや救難翔空艇というより、攻撃ヘリに近い頑丈さである。この仕様になったのは、自衛隊が参加したせいに違いない。
操縦席はヘリコプターのものに似ている。乗員数はパイロットも含めて九名。医療機器などを載せねばならないので、広さに比べて乗員数が少ない。
テスト飛行が始まった。試乗するのは、パイロットの瀬川の他に技術者四人と雅也、戸崎である。外はかなり強い風が吹いている。台風が近づいているのだろう。
工場の裏にはヘリポートが作られていた。
「今日は中止にした方がいいんじゃないのか」
そう言った戸崎は、頭がバーコードになっている中年男性である。台風が近づいていることに危機感を持っているようだ。
中村が大丈夫だと戸崎を宥め、テスト飛行を始めさせた。
瀬川の操縦で試翔の機体がふわりと浮いた。強い風が吹いているのに揺れがほとんどない。重い機体と高出力のエンジンのおかげで安定している。
機首を海に向けた試翔は、荒れている海へと飛び立った。座席に座って窓から外を見ていた雅也は、安定した飛行に感心した。
「機内は静かなんだ」
雅也が独り言のように告げると、中村が頷いた。
「ヘリのような回転翼がありませんから、静かなんですよ」
「そうか。こいつの航続距離はどれほどなんだ?」
試翔は日々改良されているので、初期の頃のものと比べると大幅に航続距離が増えている。
「バッテリーも新型に変えましたので、大幅に増え二〇〇〇キロを超えました」
試翔の動力源は電力。電気自動車用に開発されたバッテリーを二台分載せていた。
「凄いね。巡航速度が時速四〇〇キロちょっとだから、国内で使うのなら十分な性能だ」
雅也の感想に満足そうに頷く中村。
「騒音が問題になっているヘリコプターは、すぐに翔空艇に取って代えられますよ」
試翔は海面から五〇メートルの高さを南東へと飛んでいた。風はますます強くなり、雨も降り始めている。海面は白く波立ち、波が高くなっていた。
静かだった機内に強い雨が叩き付けられる音が響いている。中村はパイロットの瀬川に視界はどうだと尋ねた。
「時速二〇〇キロ以上の速度では、雨が急速に流れるので問題ないです。但し、救助作業を行う時は、ワイパーが必要になると思います」
その時、通信機に海上保安庁から連絡が入った。試翔が飛んでいる付近の海で、漁船からSOSが発せられたという。瀬川は中村に確認した。
「どうしますか?」
「人命に関わることだ。その漁船を探してくれ」
戸崎が異を唱えた。この機体はテスト中だから、捜索や救難は海上保安庁に任せるべきだというのだ。
雅也は役員として、捜索に加わるように命じた。戸崎が睨んでいたが、無視する。
「責任は俺が取る。人命救助を優先してくれ」
雅也たちも一緒になって窓から見える海上に目を向ける。一時間ほど捜索した頃、中村が海上に浮かぶ漁船を発見した。船底を上にして、海面に浮かんでいる。
「あ、あそこだ。瀬川さん、左前方に漁船が見えた」
瀬川も漁船を確認し、その上空に試翔を移動させる。瀬川は海上保安庁に漁船の位置を伝えた。
「見ろ。漁船の上に人がいるぞ」
技術者の一人が声を上げた。雨が吹き付ける窓越しに目を凝らすと、ひっくり返っている漁船の上に二人の漁師らしい人物の姿が見えた。
その二人は試翔の姿を見て救難ヘリだと勘違いしたらしく何か叫びながら手を振っている。
「瀬川さん、あそこに着水できるか?」
中村が尋ねた。この試翔は海面に着水が可能な構造になっている。但し波の穏やかな場合だけだ。
「無理だ。この波じゃひっくり返る」
雅也は機内にロープがあるのを確認し、自分が降りて救助すると告げた。中村たちは訓練を受けていない者には無理だと止めたが、雅也は大丈夫だと言いロープを身体に結びつけてドアを開けると、漁船に降りた。
強い風と雨の中、漁船に降り立った雅也は、ロープで漁師を自分の背中に結び、試翔に向かって登り始めた。『怪力』の真名術を使ったので、猿のように試翔まで上がる。
「凄いぞ、大したもんだ」
中村が笑顔で手伝う。雅也は漁師を試翔の床に横たえると、もう一度降りてもう一人の漁師を助け上げた。
その活躍は超人的だった。陸自の自衛官である瀬川も驚くほどである。この救助により、試翔の名前が世界中に知れ渡った。
特に台風の強風の中でも安定した飛行が可能だったことが大きく評価された。そして、開発しているマナテクノの評価が上がる。
有望な投資先を探していた銀行は見逃さなかった。数百億円規模の融資を申し出たのだ。マナテクノは一層飛躍するチャンスを掴んだことになる。
雅也を含めるマナテクノの経営陣は、微小魔源素結晶を製造する工場やトンダ自動車が開発中のスカイカーに搭載されるエンジンを製造する工場の建設を決定する。
雅也の住む地球でも、世界の変革が起きようとしていた。
第2章 プチ産業革命編は今回の投稿分で終了です。
次章も頑張りますんで、よろしくお願いします。




