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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:71 ベネショフ領の紡績

 デニスは、リーゼルが一人旅をしてベネショフ領まで来たことを、少し心配していた。王都からベネショフ領までの道は、山賊などを含めた野盗が出没するからだ。


「道中は、大きな商隊の後に付いて来たので、追い剥ぎにも遭いませんでした」

 少ない人数で旅をする者は、護衛を雇っている商隊などに付いて旅することが常識となっている。リーゼルも商隊の護衛を利用して安全に旅したようだ。


 アメリアが大量の魚を見て質問した。

「デニス兄さん、この小さな魚は食べるの?」

「チラは食べられるけど、肥料にするつもりだよ」


 大量のチラは大釜で煮られ、油を絞り出してから乾燥させる。一口に乾燥と言っても大変だ。海岸に並べたムシロの上に、漁師たちの家族に手伝ってもらい処理済みのチラを並べる。


 放ったらかしにすると、海鳥が餌にしてしまうので見張り番が必要だった。乾燥したチラは粉砕機で粉々にして肥料となる。


「魚が肥料になるなんて、知らなかった」

 リーゼルが少し驚いたような声を上げた。日本の斎藤も魚の肥料については知識がなかったらしい。農家や歴史に詳しい者でないと魚肥に関する知識はないのだろう。


 デニスは漁師のハンスに声をかけた。

「ハンス、後は任せていいか?」

「はい。チラ以外の魚はどうしますか。形のいいアダが網にかかってましたよ」


 アダはタイに似た魚である。デニスは一匹だけ屋敷に届けてくれるように頼んで、リーゼルたちと一緒に屋敷に戻った。


 屋敷に戻ったデニスは、リーゼルをエグモントとエリーゼに紹介した。リーゼルは屋根裏部屋で寝起きしてもらうことになっている。


 そのために物置になっていた屋根裏部屋を掃除して、荷物のほとんどを物置に移動させた。

「本当に、ここを使ってもいいんですか?」

「ああ、屋根裏部屋で済まないけど、客室よりここの方が気楽だろうと思ってね」


 客室は貴族が来た時に使わねばならない。隣の部屋で貴族が寝起きしていたら気が休まらないだろう。リーゼルも屋根裏部屋を気に入ったようだ。


 リーゼルはアメリアとすぐに親しくなった。一日ほど旅の疲れを癒やしてから、ベネショフ領での活動をどうするかデニスと話し合う。


「リーゼルには、真名をいくつか取得してもらって、岩山迷宮の六階層を調査して欲しい」

「私一人でですか?」

「いや、真名の取得には僕が付き合うし、調査にはアメリアたちも参加する」


 アメリアの名前が挙がったので、リーゼルはびっくりした顔をする。アメリアがまだ子供だからだ。

「六階層にいる魔物は、どんな奴なんですか?」

「ゴブリン・オーク・コボルトだ。他にもいるかも知れないけど、それも調査の対象だよ」


 リーゼルは六階層に限定していることが気になった。アメリアから七階層へ下りる道も発見したと聞いていたからだ。


「あのー、七階層の探索はしないんですか?」

 デニスはちょっと困ったような顔をする。

「七階層の探索もする。けど、あそこは雪と氷の世界なんだ。それなりの防寒装備がないと難しい」


 デニスも少しだけ調べたのだが、一〇分ほどが限界だった。防寒コートに防寒パンツ、厚手の靴下、防寒靴、手袋が必要だろう。


 デニスは用意させているが、まだ手袋と靴が出来ていない。そのことをリーゼルに話すと納得した。


 デニスはリーゼルに『雷撃』の真名を取得してもらい。後はアメリアたちに任せた。リーゼルはアメリアたちと迷宮へ向かう。そのアメリアたちは交代でリヤカーを引いていた。


「デニスさんは、忙しいみたいね」

 リーゼルがアメリアに尋ねた。

「うん、お魚を肥料にするのと綿から布を作る産業を起こすんだって」


 リーゼルはデニスが地球の知識を使って領地経営を行っていることに驚いた。リーゼルも日本の斎藤が持つ知識を把握しているが、それを使って何かやろうと思ったことはなかった。


 探索者として生きていくだけで精一杯だったからだ。斎藤の持つ料理の知識を使って、新しい料理を作るくらいのことはできたと思うが、この世界では材料を集めるだけでも大変だ。


 結局、何も活用しないまま日々が過ぎていった。クールドリーマーのほとんどはそうだと思っている。リーゼルはベネショフの地で、貴重な例外に出会ったのだ。


 アメリアが迷宮へ行く途中で立ち止まった。道の左側に大きな畑が広がっている。アメリアが畑を指差して告げた。

「この畑は兵士の人たちが開墾したものなの。ここには大豆を植えてるんだけど、デニス兄さんが作った魚肥を使ってるんだよ」


 リーゼルは緑色の葉っぱを広げ、太陽光を浴びている大豆に目を向けた。新しい畑にしては、大豆の成長がいい。魚肥が効いているのかもしれない。

「へえー、もう少しで枝豆にして食べられそうね」


 アメリアがちょこっと首を傾げた。

「枝豆って、何?」

「未成熟で青いうちの大豆を収穫して、塩茹でにして食べるの。美味しいんだから」


 美味しいという言葉に、一緒に来ているフィーネとヤスミンが反応する。

「本当に、どんな味なの?」

「リーゼル、作って」


 アメリアたちが枝豆に興味を持ったようだ。リーゼルは作り方を教えると約束すると、三人は喜んだ。リーゼルたちは再び歩き出し迷宮へ向かう。


 迷宮に到着し、リヤカーに積んであったリュックと武器を拾い上げる。リーゼルの武器は短槍だ。アメリアたちが持つ長巻という武器を見て、ベネショフ領の伝統的な武器なのだろうと推理する。


 この武器を兵士たちも使っていたからだ。領地によって武器にも流行があった。王都は剣と槍が半々で、ダリウス領は剣が主流である。


 アメリアたちに案内されて、一階層を素通りして二階層へ向かう。二階層では毒コウモリを数匹倒しただけで、三階層へ下りた。


「ここは赤目狼がいる階層なの。リーゼル姉さんは、雷撃球攻撃を訓練させなさいって言われているから、ここで雷撃球を撃ってね」


 アメリアたちが前衛を務めるので、リーゼルは後衛から雷撃球攻撃をしろということらしい。一匹の赤目狼に遭遇した。出会い頭だったので、赤目狼がアメリアに襲いかかった。


 リーゼルはアメリアが殺されると思い恐怖する。だが、アメリアは落ち着いた様子で長巻の鞘を外さないまま突きを放つ。突きが赤目狼の喉に決まり、地面に倒れた狼が転げ回る。


「早く撃って!」

 アメリアの声で、自分の役割を思い出したリーゼルは、雷撃球を放った。狙いが外れて迷宮の壁に命中。赤目狼が起き上がり、今度はフィーネに襲いかかった。


 フィーネは長巻の刃で赤目狼の首を斬り捨てた。アメリアがフィーネを睨んで頬を膨らます。

「もう、リーゼル姉さんの訓練なんだから、倒しちゃダメじゃない」

「そうか。ごめーん」


 赤目狼など雑魚扱いらしいと分かったリーゼルは、アメリアたちがどれほど強いのか知りたくなった。

「アメリアたちが倒した魔物の中で、一番手強かったのはどんな奴?」

「オークかな。デニス兄さんはオーガを倒したけど」


 オーガと聞いて、正直凄いと思った。リーゼルの技量では赤目狼でさえ強敵だ。その後、リーゼルはアメリアたちとデニスに鍛えられ、順調に真名を手に入れた。


 『装甲』の真名を手に入れた後は、迷宮探索も六階層へ進みゴブリンやコボルトを相手にしながら、地図を作成した。リーゼルたちも一度七階層へ下りてみたが、デニスが言う通り防寒装備がないと活動は無理のようだ。


 リーゼルはデニスの了解を得て、枝豆の塩茹でを作った。これを食べた者は、全員がハマった。特に酒に合うことを知ったエグモントとカルロスは、一番のお気に入りとなる。

 デニスはリーゼルがベネショフ領に馴染んできたので一安心した。


「次は、紡績か」

 五〇袋の綿は綿繰り機と綿打ち機、ドラム式カード機により、綺麗な綿に生まれ変わっていた。いよいよ綿を糸にする工程に進むことになる。


 日本の雅也が設計事務所に頼んで作らせた設計図から製作された手動式ミュール紡績機は、一度に二〇本の糸を紡げる素晴らしい機械だった。


 従来の糸車だと一本ずつしか紡げなかったものが、同時に二〇本も紡げるのだ。画期的な進歩である。デニスは手動式ミュール紡績機を三台に増やして製糸作業を続けた。


 ただ問題も起きていた。次の段階である機織りの技術を持つ者が、ベネショフ領にはいなかったのだ。機織り機の仕組みは分かっているので、大体のやり方はデニスも知っている。


 ただ細かなノウハウがあるらしく、問題が起きた時にどうすればいいか分からないという。デニスはエグモントに相談した。


「そうだな。ベネショフ領を出て、クリュフ領やダリウス領へ行った者の中に、機織りをしている者がいる。その者たちにベネショフ領に帰ってくるように頼んでみてはどうだ」


「それはいい。父上、お願いします」

「えっ、儂が頼みに行くのか?」

「僕は顔も知りませんよ。父上から頼む方がいいと思うんです」


 ベネショフ領を出た者たちというのは、大火事が起きた時に家を焼かれ出て行くしかなかった者たちである。一〇年くらいも前のことなので、デニスは覚えていない。


 エグモントとイザーク、ゲレオンがダリウス領へ向かうことになり、デニスはベネショフ領に残って父親の代わりを務めることになった。



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