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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:70 日本製迷宮装飾品

 雅也の顔を見た黒部が、笑顔を向けて挨拶をする。その笑顔を嘘くさく感じてしまう。

「ご無沙汰しています。半年くらい前の選考会以来ですね」


 黒部の言葉に、あれから半年しか経っていないのかと思う雅也。周りで様々なことが起こり、選考会が遠い昔の出来事のように、雅也は感じた。


「ここに訪ねてくるなんて、どうかしたんですか?」

 雅也の質問に、黒部が疲れた顔をして説明を始めた。それによると、ドリーマーギルドの幹部組織と特殊人材活用課を含む政府組織が一つになり、特殊人材対策本部というものができるらしい。黒部の特殊人材活用課は特殊人材部に格上げされ、黒部は部長となったそうだ。


「昇進おめでとう」

「全然、おめでたくなんかありませんよ」

「どうして?」


「特殊人材対策本部の本部長代理が京極の奴に決まったからです」

 京極審議官のことを思い出した雅也が顔をしかめた。

「でも、トップは京極じゃなくて本部長なんですよね?」


「ええ、内閣府の村澤さんが就任しました。ですけど、村澤本部長は他の役職と掛け持ちなんですよ。実質京極が特殊人材対策本部を仕切ることになるでしょう」


 神原教授が話の内容から、京極という人物が厄介な奴だと判断したらしく。

「その京極とやらがマナテクノにちょっかいを出すつもりなら、トンダ自動車や川菱重工と組んで潰すよ」


 黒部が慌てて、

「マナテクノの後ろには、トンダ自動車や川菱重工が付いていると知っているので、探りを入れるくらいのことはしても、本格的には手を出さないでしょう。しかし、真名能力者の聖谷さんや仁木さんは気を付けた方がいい」


「俺もマナテクノの人間なんだけど」

「ですが、ドリーマーギルドに登録されている。京極審議官は登録している人間を、自分が使える手駒だと勘違いしている節があるんです」


「勘違いじゃ済まされないだろ。黒部さんから間違っていると言ってもらえないの?」

 黒部が溜息を吐いて頭を下げた。


「申しわけありません。言ってはみたんですが、無駄でした」

 雅也は大きな溜息を吐き、

「はあ……愚痴を言いに来たわけじゃないんでしょ。肝心の用件は?」


「京極審議官が、真名術を利用した産業を起こそうと言い出しまして」

「真名術を利用した産業? 具体的に言うと?」

「いわゆる迷宮装飾品です。日本でも迷宮装飾品を作れる人材を育て、アメリカのようにオークションを開こうと言い出したんです」


 京極審議官のことだ。迷宮装飾品に関連する利権を狙って言い出したのだろう。雅也は関わり合いになりたくなかった。


 とはいえ、少し気になることがある。アメリカは魔源素結晶をエネルギー源とする特別な技術を持っていたので一般人でも使えるような迷宮装飾品を作れた。はたして日本にその技術があるのだろうか。


 雅也はその点を黒部に確認してみた。

「その件は大丈夫らしいです。京極審議官が技術を持つ人物を探し出したのです」

「へえ、どんな人?」


 黒部は教えてくれなかった。特殊人材対策本部でも極秘情報になっているようだ。

「そこで、確認なんですが、聖谷さんは『抽象化』の真名を所有されていますか?」


 雅也が否定すると、手に入れることは可能かどうかを尋ねられた。

「『抽象化』の真名を手に入れるには、鉱山都市クムの近くにある迷宮に行かねばならない。今の状況では無理ですね」


「そのクムという都市は遠いんですか?」

「片道で一ヶ月ほどかかるかな」

「はあ……遠いですね」


 黒部は転写の方法を『抽象化』だけに限定しているようだ。『言霊』と『転写』は入手困難だからだろう。神原教授が首を傾げて尋ねた。

「それを確認するためにだけに、マナテクノへ来たのかね?」


「まさか。もう一つ用件があるのです。大量の魔源素結晶を用意して頂きたいのですが、可能ですか?」

「どれほどの量ですか?」

 雅也が確認した。アメリカのように一〇〇〇個と言われると、山籠りをしなければならないので難しくなる。


「一〇〇個です」

「それくらいだったら大丈夫ですが、どんな迷宮装飾品を作るつもりなの?」

「まずは、『嗅覚』の指輪を試作することになっています」


 それを聞いた雅也は、嗅覚の指輪を何に使うのだろうと疑問に思う。それを黒部に問うと、嗅覚の指輪は意外に需要があるそうだ。


「世界には癌探知犬というのがいまして、ニオイで癌を発見するらしいです。それ以外にもニオイで何かを探すという需要は多いようです」

 『嗅覚』は割と手に入りやすい真名である。それと『抽象化』を使って嗅覚の指輪を作るのは、いいアイデアかもしれない。


 ただ治癒の指輪ほど高額で取引されることはないだろう。京極審議官は最終的にはアメリカのように治癒の指輪を作りたいのではないだろうか。


 そうすると、『抽象化』の真名を持った真名能力者に、『治癒』の真名を手に入れろと指示を出すかもしれない。『治癒』はオーガだけでなく別の魔物からも手に入るが、それらの魔物を倒すのは難しいはずだ。対象となる魔物は必ず驚異的な自然治癒の能力を持っているからだ。


 雅也は仁木・男坂・斎藤に警告しておかなければ、と思った。京極審議官の指示に従って動けば碌なことにならないからだ。


 三〇分ほど話し合った後、別れ際に黒部に話しかけた。

「京極審議官は、ただのロクデナシだと思っていたけど、アメリカが隠している技術を手に入れるなんて、少しはやるじゃないですか」


「情報を取ってきたのは、正直凄いと思いますが、どうやって取ってきたのか想像すると少し怖いですね」

 そう言った黒部がマナテクノを去った。


「魔源素結晶をエネルギー源とする技術というのは、以前から欲しがっていたものじゃないのか?」

「そうなんですよ」


 雅也はどうやって技術を手に入れるか考え始めた。黒部というコネがあるので、少しは情報が入るだろう。それを分析しながら考えようと思う。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 同じ頃、王都の安宿で一人の少女が考えていた。迷宮探索者のリーゼルである。

「はあっ、どうしようかな……」


 二人の仲間が抜けたおかげで、チームはバラバラになった。一人になったリーゼルは、これからどうするかで悩んでいた。別のチームを探して入ろうと思っても良さそうなチームがいないのだ。


 リーゼルは探索者になって三年、初心者を抜け出して一人前となる時期だ。ただ所有する真名は少ない。『魔勁素』『蛮勇』『豪脚』の三つである。


 『豪脚』は使える真名だが、それだけでは迷宮の上層から中層へ活動場所を移すのは無理だ。『豪腕』と『頑強』が最低でも必要である。


 そんな時、日本に住む斎藤優芽(ゆめ)が、ベネショフ領に住むデニスという次期領主の存在を教えてくれた。ベネショフ領では、探索者を必要としておりリーゼルをベネショフ領に誘ってくれた。


 ベネショフ領に行けば、いくつかの真名が手に入るというのも魅力である。悩んだ末に、リーゼルはベネショフ領へ行くことを決意する。


 旅支度を終え王都を出て、西へと向かう。ダリウス領・ミンメイ領・バラス領と進むに従い、途中の町や村の規模が小さくなった。ユサラ川を渡し船で渡って、ベネショフ領に到着。


「ちょっと、選択を誤ったかな」

 粗末で小さな家が並ぶ町だった。道は整備されておらず、雨が降れば泥濘ぬかるんで歩き難くなるだろう。ただ道を歩く領民の顔は思いの外明るい。


 道で会った女性に領主の屋敷を聞くと、明るい声で教えてくれた。屋敷の前まで来て、庭で遊んでいる幼女と出会う。

「どなちゃですか?」

「あ、はい。リーゼルといいます。デニス様はいらっしゃいますか?」


 その幼女はクルリと向きを変えて屋敷の中に駆け込んでいった。少しして姉らしい少女と一緒に出てくる。

「デニス兄さんに御用というのは、あなたですか?」

「はい。王都から来た探索者のリーゼルです」


「あっ、聞いてます。兄は海の方へ行っていますから、呼んできますね」

「それだったら、一緒に」


 リーゼルと姉妹は、海岸へと向かう。海岸に下りて西へと歩く。しばらく進むと、大勢の漁師が集まっている場所に到着した。


「アメリア様、デニス様なら船の向こうにある桟橋です」

 一人の漁師が教えてくれた。大型漁船が桟橋の脇に停泊している。三人は新しく出来た桟橋に向かう。桟橋では漁船から大量の魚を降ろしていた。


 この魚は少し沖に設置した定置網に掛かった魚である。ほとんどはイワシに似たチラだった。だが、大型の魚も獲れている。


「デニス兄さん」

 アメリアが声をかけると、一人の少年が振り返った。

「もしかして、リーゼルさんですか。良かった、無事に到着して」



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