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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:69 空手の斎藤

 普段の宮坂師範は、ニコニコした平凡な男性に見える。取材に訪れたディレクターの熊谷もそう感じたらしく。気軽に空手選手を連れて挨拶した。


 空手選手は三谷という組手の男子選手と鈴木という型の女子選手だった。

「取材ということだったが、何をお見せすればいいのです?」


 宮坂師範の質問に熊谷ディレクターが、演武を見せて欲しいと頼んだ。宮坂流の演武は組演武で二人で攻防を演じるものだ。


 ただ宮坂師範と組演武できる者は限られていた。宮坂師範の繰り出す技のテンポが速すぎて付いていけないのだ。宮坂師範は相手に雅也を指定する。


 撮影が開始され、空手選手二人と宮坂道場が紹介された。この道場が選ばれた理由は、実戦的だと近隣の道場主から評判になっていたからのようだ。


 その評判は、道場破りのような形で時々訪れる腕試しの自称格闘家たちが作り上げたものだ。それらの格闘家たちは昼間に訪れることが多い。


 昼間は小中学生たちに優しく指導している宮坂師範の姿を見て、格闘家たちは大したことないと判断するらしい。遥々(はるばる)ここまで来たのに期待はずれだったと感じた者たちは、宮坂師範に試合を申し込む。


 だが、宮坂流では正式な武術大会以外の試合を禁じている。そこで地稽古ならということになり、師範と地稽古をするのだが、相手は散々な目に遭うことになる。


 宮坂師範は撮影クルーを道場に上げた。そこで門下生である雅也と小雪、それに小中学生の子供たちを紹介した。


 局アナが二人の選手を相手にインタビューを始め、オリンピックへの意気込みを語る。その中で格闘技における最強は空手であるという意見を言った。


「宮坂師範、三谷選手は空手が最強だと言っていますが、どう思いますか?」

「私は最強の武術・格闘技は存在しないと考えています。あるとすれば、最強の武術家・格闘家なのではないでしょうか」


 三谷は爽やかに笑いながら頷いた。

「つまり、どんな武術を習っていても、才能があれば最強という存在になれるということですね」

「そう考えている」


 宮坂師範の回答は明解だった。三谷は納得してくれたようだ。ただ空手が最強だという思いは変わらないらしい。


 その時、道場の庭に大型バイクが走り込んできて急停車した。背の高い女性がバイクから降りて、道場に近付いてくる。


「斎藤さん、何しに来たんだ?」

 三谷の知り合いのようだ。

「鈴木さん、あの人誰だか知っていますか?」


 小雪が女子選手に尋ねた。鈴木は頷いて、説明してくれた。斎藤という女性は、三谷と同じ道場に通っていた空手家らしい。今回の選考会でも候補に挙がっていたそうだ。だが、斎藤が急に辞退すると言い出し、道場も辞めてしまったという。


「俺たちを付けてきたのか?」

「そんなことするわけないでしょ。私は宮坂道場の評判を聞いて来たのよ」

 斎藤という女性は、ショートヘアの似合う魅力的な女性だった。撮影クルーの中には見惚れている男もいる。


 宮坂師範が前に出た。

「この道場の評判を聞いてですと、何のご用でしょう?」

「空手修業の一環です。この道場で学ぶべきものがあるか確認させて欲しい」


 言い方は丁寧だが、道場破りである。

「済まないが、今は立て込んでいるので、後日にしてもらえないか」

「撮影が終わるのを待たせてもらっていいですか?」


 宮坂師範が肩をすくめて承知した。撮影が再開され、局アナが声を上げる。

「宮坂師範、組演武をお願いできますか」

「いいでしょう。雅也、始めるぞ」


 雅也は道場の中央に進み出た。宮坂師範と相対した雅也は、『装甲』の真名だけを解放する。用心のためだ。師範は興奮すると手加減を忘れることがある。


 組演武が始まった。雅也が間合いを詰め素早い突きを出す。宮坂師範は右手で雅也の拳を受け止めると同時に、左手でカウンターパンチを繰り出していた。


 師範の拳が雅也の頬に叩き込まれる直前で止まる。雅也の右手が取られ身体がふわりと浮いた。床に転がされる。関節を決められる前に脱出し立ち上がる。


 立ち上がった雅也は、前蹴りと左右の突きで攻撃。宮坂師範が軽々と捌き、雅也の死角に飛び込んで突きを入れる。これは寸止めである。


 次第に宮坂師範の動きが高速化する。それに合わせて雅也の動きも速くなり、小雪には本気で殴り合っているとしか思えなくなる。


 それは撮影クルーも同じだったようだ。移動しながら演武をしている二人に合わせて真剣な表情で撮影していた。


「おい、これって本当に演武なの?」

「どう見ても、マジで殴っているようにしか見えないぞ」

 撮影クルーたちが小声で話していた。


 雅也が高速の三連突きを放った。宮坂師範が受け流し、最後の突きを巻き込むように捉える。次の瞬間、逆の腕で雅也の首を刈り取るようにして投げた。


 それが最後の技だったようで、雅也が起き上がると礼をして二人は離れた。小雪が拍手すると、周りの者たちも拍手を始めた。


「凄い演武でしたね。三谷選手と鈴木選手はどうでした?」

「素晴らしかったです」

「私も凄いと思いました」


 撮影は、型の選手である鈴木が演武をして終了。撮影クルーが帰った後、一人残った斎藤が宮坂師範と話し始めた。


「宮坂師範、演武を見て感銘を受けました。門下生に加えてください」

 斎藤が入門を申し出た。宮坂師範は即座に許したが、疑問があるようだ。


「君は、なぜオリンピックへの道を自ら辞退したのかね?」

「私は真名能力者なんです」

 宮坂師範が少しだけ驚いた。師範が視線を雅也へ向け、また斎藤へ戻す。


「それが、どう関係している?」

「試合で苦戦した時に、真名術を使いそうになったんです」

「なるほど……ルールでは、真名術の使用は禁止されているのかね?」

「議論されているようですが、ルールの改定というところまで進んでいないようです」


 スポーツ競技や様々な大会において真名能力者を排除する動きがある。斎藤のような選手にとっては残念だが、真名術が使えるというアドバンテージはドーピングと同様に扱われるようだ。


「しかし、なぜ空手以外の武術を学ぼうと思ったのだ?」

「将来は、子供たちに空手を教えることで生計を立てようと思っています。そこで子供たちに武術や武道を教えている道場を訪ねて、ノウハウを勉強しようと思っているんです」


 宮坂師範は二〇代前半だと思われる斎藤に興味を持った。若い世代にしてはしっかりした考えを持っていたからだ。道場破りだと思ったのは、誤解だった。


「そういうことなら、自分も協力しよう。ちょうど良い。君に二人を紹介しておこう」

 宮坂師範は雅也と小雪を紹介した。


「雅也は、君と同じ真名能力者だ。いろいろと教わるといい」

「ほ、本当ですか。よろしくお願いします」

 花のような笑顔になって、ピョコンと頭を下げた。


「異世界では、どこに住んでいるの?」

「ゼルマン王国の王都で、探索者をしています」


「偶然だな。俺もゼルマン王国だ。但し、西の辺境にあるベネショフ領という場所だけどね」

「ベネショフ領……最近、聞いたことがあります。ベネショフランプとかが有名になってますよね」

「ああ、そのベネショフだ。ところで、探索者というとミモス迷宮に潜っているのかい?」


 斎藤は頷いた。

「ミモス迷宮に潜っていたんですが、あの迷宮は競争相手が多すぎて、チームが解散してしまったんです」

 仲間から探索者を諦める者が二人出て、チームは解散したらしい。ちなみに異世界で斎藤と繋がっているのは、リーゼルという一五歳の少女で、両親も兄妹もいない孤児だという。


 雅也はベネショフ領に来ないかと誘ってみた。デニスが信用できる探索者を欲しがっていたからだ。雅也は斎藤の連絡先を尋ねた。

「リーゼルのことなので、どうするかは分かりませんが」

 スマホで連絡先を交換する二人。その会話を黙って聞いていた小雪が、雅也を睨んだ。


 それに気づいた雅也は、小雪に問う。

「何……俺がどうかした?」

「道場でナンパとか、感心しませんね」

「こ、これはナンパじゃないよ」

 慌てて否定する雅也。その雅也を見る小雪の視線が、ますます鋭いものになった。


 同じ真名能力者の知り合いを得た雅也は、翌日の昼過ぎにマナテクノに出勤した。文字通り重役出勤である。

「雅也、ちょっと社長室に来てくれ」

 神原教授が雅也を呼んだ。雅也が社長室に入ると、特殊人材活用課の黒部がソファーに座っていた。



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