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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第1章 明晰夢編
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scene:6 教会の炊き出し

 翌朝、デニスが目を覚ますと、雨音が聞こえてきた。今日は雨らしい。

「雨か。今日は迷宮に行くのをやめようかな」


 雨の中、重いリュックを担いで迷宮から町まで歩きたくなかった。それに休養も必要だろう。着替えて顔を洗い、ダイニングルームへ向かう。


 珍しくエグモントが先に席に着いていた。

「父上、おはようございます」

 エグモントが無愛想に頷いた。


「デニス、迷宮へ行っているようだが、探索者にでもなるつもりか?」

 この世界には、迷宮に潜り中の貴重品を採取する迷宮探索者と呼ばれる職業が存在する。そのギルドもあり、王都にはギルド本部、大きな都市には支部がある。


「そのつもりはないです」

「ふむ。真名が目当てか。真名術でも身に着けるのか?」

「はい。何か技術を手に入れて、独立したいと思っています」


 エグモントが頷いた。

「いい心掛けだ。九年前の火事さえなければ、お前にも苦労をかけることはなかったんだが」

「父上……仕方ありません。それより母上はお元気なんですか?」


 デニスたちの母親であるエリーゼは、末娘のマルガレーテを連れて実家があるクリュフへ行っている。エリーゼの父親が重病であり、看病に行っているのだ。


 クリュフは、ベネショフの北に位置する中核都市で、クリュフバルド侯爵が支配する都市だ。主要産業は綿花栽培と紡績、織物、牧畜である。


「元気にしている。だが、義父のイェルク殿は危篤状態らしい」

 イェルクはクリュフバルド侯爵騎士団の副団長を勤めていた人物で、身体を悪くして退団した時も大いに惜しまれた人である。


 アメリアが寂しそうな顔をする。母親のエリーゼとしばらく会っていないからだろう。

「マーゴは元気にしているかな」


 マーゴはマルガレーテの愛称である。家に一緒にいる時は、二人して遊んでいたのでマーゴが寂しがっていないか心配なのだ。


「マーゴも元気だ」

 エリーゼから手紙が来て、状況を知っているエグモントは、二人の様子を話した。


 朝食を食べ終わったデニスは、アメリアから教会に行こうと誘われた。

「教会で炊き出しをやるの。シスターが手伝う人が欲しいって」


 アズルール教会は、神の子と呼ばれる聖人アズルールを信仰する宗教団体である。アメリアがシスターと呼んでいるのは、修道女のクラウディアのことだろう。


「炊き出しか。でも、雨が降っているぞ」

「雨が降っても、お腹は空くよ」

 アメリアの言葉に、なるほどと頷いた。


 デニスはアメリアと一緒に教会へ向かった。デニスが大きな傘を持ち、アメリアと一緒に歩く。一〇分ほど歩いた場所に教会があった。白く塗られた壁が印象的な三角屋根の建物である。


「あらっ、デニス様も来てくれたんですか?」

 シスター・クラウディアが出迎えてくれた。年齢は三〇代だろう。ちょっとくたびれた修道服を着ている。


「おはようございます。炊き出しをするそうですね。これをどうぞ」

 デニスは大銀貨一枚を渡した。昨日スズを売って稼いだ金である。


「まあ、ありがとうございます。アズルールの祝福がありますように」

 アメリアが嬉しそうに見ている。


 料理をする場所は、教会の前に張られたテントの下だ。近所の主婦たちが大勢手伝いに来ている。主婦たちが食材を下処理して、シスターが鍋に入れている。


 アメリアは木製の食器を運び始めた。デニスは火の番である。料理が出来上がる前から、ボロを着た人々が集まり始めた。


 炊き出しは、漁師が教会に寄付した魚とクズ野菜を使ったスープだ。小魚が多いが、魚だけは大量に入っている。


 二人のシスターが料理を配り始めると、大勢が集まってくる。

「並んで。ダメよ、小さい子供を押しのけちゃ」


 炊き出しを食べている人々の中には、アメリアと同じくらいの子供たちもいた。

「アメリア様」「アメリア」

 赤毛とブロンドの少女が、アメリアに近付いて声をかけた。


「来てたんだ。美味しかった?」

 赤毛の少女はフィーネ、ブロンドの少女はヤスミンというらしい。彼女たちの親は九年前の火事で家と果樹園を焼かれ、今でも苦労しているようだ。


「うまかったぜ」「美味しかった」

 少し痩せた二人の少女は、嬉しそうに答えた。アメリアがフィーネとヤスミンを紹介した。


「ブリオネス家の次男デニスだ。よろしくね」

 デニスが挨拶すると、二人とも恥ずかしそうにしていたが、しっかりと挨拶を返した。


「デニス様は、エグモント様のお手伝いをしてるんですか?」

 ヤスミンが尋ねた。デニスは苦笑しながら、

「いや、領主の仕事はゲラルト兄上が継ぐことになっているんで、僕は自由にさせてもらっているんだ」


 今度はフィーネが少年のような口調で質問した。

「今は何をしてるんだ?」

「岩山迷宮へ行って、亜鉛とかスズを採掘している」


 フィーネとヤスミンが驚いたような顔をする。

「迷宮には魔物がいるんだろ。危なくない?」


「迷宮に行く目的の一つが、魔物を倒して真名を手に入れることなんだ」

 フィーネの質問に答えたデニスは、迷宮がどんな場所かを教えた。


 ヤスミンが何かためらっているような顔をしてから、声を上げた。

「真名って何ですか?」

「存在や原理、現象の真の名前だと言われている。真名が得られれば、真名術が使えるようになるんだ」


 アメリアも含め三人は、真名術について知りたがったので説明した。

「へえ、真名術って凄いのね」


 アメリアも感心したようだ。フィーネが目をキラキラさせて、お願いした。

「ねえ、デニス様は真名術が使えるんだろ。見せてよ」


 持っている真名も一つだけ、大した真名術も使えないデニスは慌てた。

「そ、そうだね。じゃあ簡単なものを」


 三人の少女が目をキラキラさせて、デニスを見ている。デニスは精神を集中させ魔源素を集め地面に落ちている小石を包んだ。小石がゆっくりと浮き上がり、眼の高さまで上昇する。


「うわーっ」「すげえ」「凄いです」

 日本なら手品かと言われそうなデモンストレーションだが、少女たちは感心してくれたようだ。


 炊き出しの後片付けも終わり、アメリアとデニスは屋敷に戻った。その後は魔源素を制御する訓練を行い、一日が終わる。


 雨が上がった翌日、デニスは迷宮へ行った。一階層をスライムを倒しながら進み、二階層へと下りる。そこで毒コウモリと戦いながら鉱床まで進んで一〇キロほどのスズを採掘して戻った。


 太陽は真上にあり、ちょうど昼時のようだ。ライ麦パンを食べて休憩する。そして、採掘したスズを入口近くの土に埋める。


 デニスはスズを溜め込んでおこうと考えたのだ。明日にはリヤカーが完成するので、完成したら一緒に町まで運ぼうと思う。


 その日、デニスは三往復した。最後の帰り道で毒コウモリを倒した時、頭の中に真名が飛び込んだ。

「やったね。二つ目の真名を手に入れたぞ」


 デニスの精神内に浮かび上がったのは『超音波』の真名だった。異世界の知識があったので、超音波に関する基礎知識は持っていた。そうでなければ、『超音波』という真名を完全には理解できなかったかもしれない。


「でも、使い道に困る真名なんだよな」

 超音波で連想するのは『超音波洗浄』『超音波カッター』『魚群探知機』などだ。『超音波洗浄』は洗剤の代わりに使えるかもとも考えたが、布には効果がないと耳にした覚えがある。


 『超音波カッター』は武器に応用できないかと考えた。だが、実際の超音波カッターは、切る物に押し付けてじっくりと切断するもので、獲物をスパッと切るようなものじゃない。


 最後の『魚群探知機』は、漁に使えるかもしれない。研究対象として残す価値ありだ。


 三往復して、三〇キロのスズを採掘した。但し、今日持って帰れるのは一〇キロだけ、その一〇キロを担いで帰途に就いた。


 町に着いて、雑貨屋でスズを売った。

「今日もスズですか。スズならあるだけ買い取りますよ」


 カスパルの言葉に疑問を持った。この町や近隣の町の需要は、そんなにないはずだからだ。それを確かめると、カスパルが笑う。


「北にあるクリュフや東のダリウスに運んで売るんですよ」

 クリュフは母のエリーゼが行っている都市であり、ダリウスは王都の近くにある大きな都市だ。王都との交流も盛んなので、金属製品の需要は多いのだろう。


「まあ、いくらでもと言っても、迷宮で採掘できる金属の量は限界がありますからね」

 カスパルの言葉に、デニスは顔をしかめた。


 迷宮の鉱床は規模が小さく、すぐに掘り尽くしてしまうそうだ。その代りに時間が経つと、鉱床は復活するのだ。


「なあ、迷宮の鉱床が復活するのに、どれくらいかかるか知ってるか?」

「聞いた話では、数ヶ月から一年らしいですよ」

 デニスはガッカリした。


 次の日からも、デニスは二階層を探索し鉱床から、スズを採掘する作業を続けた。



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