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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:67 クルトの修業の成果

 デニスは二人を連れて六階層へ下りた。六階層へ来た目的は、オークを倒して『豪腕』の真名を手に入れること。ただ二人とも『装甲』の真名術に習熟しておらず、戦っている最中に装甲膜が解除される時がある。


 装甲膜が解除された状況でオークの一撃を受ければ致命傷になる。そこでゴブリンを相手に『装甲』の真名術を研鑽することにした。


 六階層の西側はゴブリンの生息地だ。デニスたちは西側に向かう。そのエリアの森林は低木と様々な種類のナッツが実る落葉高木樹が多い。


 そのナッツ類はゴブリンの餌になっているらしく、木登りをしているゴブリンの姿が頻繁に見られる。今回もアーモンドに似た木に登っているゴブリンたちを見つけた。


 それと同時に、ゴブリンたちもデニスたちを発見しナッツの採取をやめて臨戦態勢を取った。ゴブリンの数は五匹。棒を持ったゴブリンが襲いかかってきた。


 その相手をゲラルトとクルトがする。『装甲』の真名術で装甲膜を展開した二人は、ゴブリンと戦い始めた。戦いに夢中になった二人は、何度か装甲膜が解除される時があった。


 その都度デニスが注意する。そういう戦いを五日ほど繰り返すと、戦いの最中に装甲膜が解除されることがなくなった。


 ゲラルトとクルトはオークと戦っても大丈夫だと判断され、六階層の北側へ移動。その辺一帯は、広葉樹の森となっている。地面に降り積もった落ち葉が層をなし、到るところに様々な種類のキノコが生えていた。


 デニスは二人に『嗅覚』を使うように指示した。オークを探すためである。

「どう、ニオイを感じる?」

 デニスの質問に、二人は困惑の表情を浮かべた。


 あまりにも多くのニオイを感じ混乱しているのだ。この真名術は慣れるまでに時間がかかるが、狩りの時には役に立つ。デニスはオークのニオイがする方に二人を誘導した。


「近くにオークがいる。気を付けて」

 デニスが警告するのとほとんど同時に、藪の中から一匹のオークが現れた。体長が一七〇センチほどで樽のようにがっしりした体格。腕と足も太い。


 オークの武器は太い棍棒だった。重いはずの棍棒を小枝のようにビュンビュンと振り回す。掠っただけで人間なら吹き飛びそうな勢いがある。


 まず二人に雷撃球攻撃なしで、戦ってもらうことにした。オークはタフな魔物である。肉体は強靭な筋肉に覆われ、剣で致命傷を負わせることは難しい。それを実感してもらうためだ。


 筋力はオークが上で、素早さはゲラルトとクルトが上だった。二人は協力しながら、オークに傷を負わせる。だが、それらの傷はオークの頑強な筋肉に阻まれて浅い。特にショートソードが武器であるクルトは、大したダメージを与えられなかった。


「わっ……はっ……とりゃ」

 クルトはオークの棍棒を躱すために素早く動き回りながら、反撃のチャンスを窺っていた。だが、棍棒の先がクルトの肩を掠めた。


 クルトの身体が吹き飛び地面を転がる。オークはクルトに止めを刺そうと走り込む。ゲラルトがオークの横から斬撃を放った。その斬撃がオークの首を捉える。


 オークの足がもつれ倒れた。その死骸は粉々になって消える。

「はあはあ……、オークはタフすぎる。それに剣だと仕留めるのが難しい。兵士たちがナガマキとかいう武器を使う理由が分かったよ」


 ゲラルトの言葉を聞いて、デニスは兵士たちの全員が武器を長巻に変えた本当の理由が分かった。タフな魔物を倒すには、剣は威力不足だったのだ。


 倒れていたクルトが起き上がった。

「クッ、油断した」

「大丈夫か、クルト?」


 デニスが声をかけるとクルトが頷く。クルトはデニスを師匠だと認めるようになっていた。

「装甲膜があったし、掠めただけだったんで大丈夫」

「いくら装甲膜があるからと言っても、オークの力だとそうなる。気を緩めるな」

「はい」


 次からは雷撃球攻撃を許可したので、オークも楽に倒せるようになった。ただクルトはオークを仕留めるのに苦労していた。ショートソードではオークの筋肉を切り裂けないようだ。


「デニス師匠、どうしたらいいと思います?」

 クルトがデニスのことを師匠と呼び出したのは、この頃からである。

「……そうだな。アメリアたちみたいに長巻に武器を変えるか?」


 デニスがクルトに武器を変えるように勧めたのには、二つの理由がある。これまでの戦いでショートソードが傷んでいること、それに威力が足りないことだ。


 クルトは素直に長巻に武器を変えることにした。迷宮を抜け出しベネショフに戻ったデニスは、アメリアたちの予備として保管していた長巻をクルトに渡す。


「デニス、私の分もナガマキを用意できないか?」

 ゲラルトも長巻が欲しいと言い出した。デニスは兵士用に用意していた予備から、一本取り出してゲラルトに渡した。


 新しい武器を手に入れた二人は、少しの間武器に慣れる時間を必要とした。だが、すぐに慣れオークを雷撃球攻撃なしでも確実に倒せるようになる。


 そして、ゲラルトは念願の『豪腕』をオークから手に入れた。クルトはもう少し時間がかかるようだ。デニスはゲラルトと二人で影の森迷宮へ行き、ファングボアから『豪脚』の真名を手に入れた。


 その間、クルトはカルロスと一緒に迷宮へ出掛け、オークを狩り続けた。デニスたちが影の森迷宮から帰ってきた頃、クルトも『豪腕』を手に入れる。


 ゲラルトとクルトがベネショフ領に来てから一ヶ月が経過。そろそろ帰る期限が迫ってきた。

「父上、いろいろお世話になりました」


 エグモントが他人行儀な挨拶をする息子に、少し寂しげな笑顔を浮かべた。だが、ゲラルトの顔には目的を達成した満足感が浮かんでいる。


「いやいや、デニスに任せっきりだった。すまんな」

「いえ、父上の期待を裏切ってしまった自分にとって、帰れただけでも嬉しかったです」

「そう言わずに、いつでも帰ってこい。ベネショフ領はデニスがいるから大丈夫だ」


 ゲラルトが苦笑した。

「そうみたいですね。ベネショフ領にとっては、デニスを次期領主にしたことは正解だったと思います」

「これは家族全員からの祝いだ」


 エグモントはゲラルトに子供が出来たことを祝い、二つの品を贈った。発光迷石一〇個を使って作られたランプと治癒の指輪である。エグモントがデニスに頼んで作らせたものだ。


 クルトはアメリアに別れの挨拶をしていた。

「アメリア、ありがとう。ナガマキの使い方を教えてもらって助かったよ」

「別にいいよ。今度王都に行った時に、王都を案内してね」

「おう、絶対に案内してやるからな」


 それぞれの別れを惜しんで、ゲラルトとクルト、それに従士ライナルトがベネショフ領を旅立った。途中何事もなく王都へ帰還した。


 クルトと従士ライナルトはゲラルトと別れ、ヨアヒム将軍の屋敷に戻った。屋敷に入ったクルトは、父親の部屋に挨拶に向かう。


 途中で会った使用人に挨拶をして進む。挨拶をされた使用人たちは驚きの表情を浮かべ、クルトの後ろ姿を振り返って見る。

「どうなってるの。クルト様の挨拶なんて、初めて聞きました」

 メイドの一人が呟いた。


 クルトはデニスを師匠と思うようになってから、デニスの普段の様子も気を付けて観察した。デニスは使用人や庶民に分け隔てなく優しく接していた。その態度からは、余裕が窺われ人間としての格が上だとクルトは感じた。


 その結果、クルトも使用人や庶民に優しくしようと努力した。そうすると、優しく接した人々から笑顔が返ってきた。その笑顔はクルトの心を温かくした。


 父親であるヨアヒム将軍は、部屋で書類の確認をしていた。

「父上、ベネショフ領から無事に帰ってきました」

「ふむ、顔付きが少し変わったな。勉強になったか?」

「はい。大変勉強になりました」


 素直に答える息子を見て、将軍はデニスに感謝した。そして、翌日朝早く起きた将軍が、裏庭に気配を感じて行ってみると、素振りをしている息子の姿が目に入る。


 その手には見慣れぬ武器がある。

「クルト、その武器は何だ?」

「これはベネショフ領で使われているナガマキという武器です」


 将軍は息子から長巻を借り持ち上げる。重量がある。刀身が普通の剣より厚く出来ているのだと分かった。

「久しぶりに地稽古をしてみよう」


 将軍は物置から、木剣と長めの棒を取り出した。棒はクルトに渡す。

「さあ、かかってこい」

 棒を持ったクルトは将軍目掛けて飛び込んだ。ベネショフ領へ行く前とは全然違う斬撃が将軍を襲う。


「おっ、振りが速くなったな。いいぞ」

「父上、真名術を使っても」

「構わんぞ」


 クルトが飛び退き、将軍の動きを観察しながらいくつかの真名を解放した。クルトは長巻術の基礎となる斬撃を、『豪腕』で強化された腕力を使って放った。


 少年とは思えない斬撃が将軍に迫る。将軍は全力で受け止めた。それでも手に持っている木剣が飛びそうになる。将軍も自身が持つ真名を解放した。


 クルトが高速の斬撃を繰り出し、将軍が受けるという戦いが数分続いた後、将軍が反撃を開始した。重い斬撃をクルトに放ち始める。


 クルトは丁寧に斬撃を受け流す。クルトが岩山迷宮で戦ったオークの打棒は、受け止めるということはできず、デニスから受け流すように教わっていた。


 その要領で受け流しチャンスを待つ。将軍は軍の幹部候補生と地稽古をしているような手応えに嬉しくなった。おかげで斬撃の速度が増した。クルトが防げなくなり、木剣の一撃がクルトの肩に打ち込まれる。


 将軍はやりすぎたとヒヤリとする。だが、手応えがおかしかったのにも気づいた。クルトは一度は地面に倒れたが、平気な顔で起き上がった。


「大丈夫なのか?」

「はい。平気です。真名術を使ってましたから」

 将軍は息子がベネショフ領で手に入れた真名を聞いて絶句した。これほど短期間に手に入れられる数ではなかったからだ。


「デニス殿には感謝せねばならんな」

「はい。ベネショフ領には、また行きたいです」



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