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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:66 手に入れた真名

 三階層へ下りた三人は、一匹の赤目狼と遭遇した。ゲラルトが剣を抜いて前に出る。

「こいつは、私が倒す」


 デニスとクルトは一歩後ろに下がった。ゲラルトは赤目狼の目を睨みながら、剣を振り上げる。それを目にした赤目狼がいきなりゲラルトに飛びかかった。


「ふん」

 気合を発した剣が振り抜かれた。ゲラルトのロングソードが狼の肩を断ち割る。ハルトマン剛剣術らしい豪快な剣だ。


 赤目狼を一閃で倒したゲラルトは、デニスの顔を見た。

「さすが兄さん、豪快な剣だね」

「ありがとう。これくらいは当然さ」


「次はクルト君が戦ってみるか?」

「雑魚の赤目狼なんて、どうでもいいんだが、俺の剣を見せてやるよ」

 クルトは自信満々という態度で、先頭を歩き始めた。デニスたちは付いて行く。分かれ道を左に曲がったところで、もう一匹の赤目狼と遭遇する。


 クルトが剣を抜いて進み出る。クルトの構えはゲラルトと同じだった。ただ気負いがあるようで、歩幅が広くなっている。赤目狼は唸り声を上げ威嚇。ピクッと反応したクルトが自分から突撃した。


 大きく振りかぶったショートソードで赤目狼の肩を切り裂いた。だが、傷は浅い。赤目狼を倒すには、もう一撃が必要だった。


 クルトのハルトマン剛剣術は、まだ未熟なようだ。だが、クルトは倒せたことに満足しているらしい。

「どうだ、倒したぞ」

 クルトの自慢気な顔に、デニスは鍛え甲斐がありそうだと感じた。


 デニスたちは小ドーム空間へ向かう。そこには数匹の赤目狼が屯していた。数えると六匹いる。

「二人で、この数は大丈夫ですか?」

「私は大丈夫だが、クルト君はまだ早いんじゃないか」


 クルトがムッとした顔になる。

「大丈夫に決まっているだろ。これくらいの数なら一人でも倒せる」


 デニスはお互いの背後を守りながら戦えば、大丈夫だろうと判断した。その点を注意しながら戦うように指示した後、二人を送り出す。


 二人が一斉に赤目狼の群れに飛び込んだ。ゲラルトは最初の一撃で一匹の赤目狼を仕留めた。だが、クルトは前方にいる二匹の赤目狼のどちらを倒すか迷ったようだ。


 そのおかげで一瞬だけ隙が出来る。そこに赤目狼が飛びかかった。体勢を崩しながらも剣で迎撃するクルト。二人は分断され別々に戦うことになった。


 ゲラルトは何とか優勢に戦っているが、クルトを助けるだけの余裕はない。クルトは二匹の赤目狼に翻弄ほんろうされ苦戦していた。


 二〇分ほどの激戦の末、ゲラルトが四匹、クルトが二匹を倒して戦いは終わった。二人は大量の汗を流し、肩で息をしている。


 デニスは二人の実力を把握した。だが、確かめねばならないことがあった。

「兄さん、正直に答えて欲しいんだけど、どんな真名を持ってるの?」


 ゲラルトが顔をしかめた。その顔から察すると、大した真名は持っていないらしい。

「『魔勁素』と『蛮勇』『敏速』だ」


「道理で、グスタフさんがベネショフ領で真名を手に入れさせたいと思うはずだ」

「言い訳じゃないが、ミモス迷宮は探索者や軍人が多すぎるんだ。魔物の取り合いになって、思うように真名を手に入れられない」


 デニスはクルトの方に視線を向けた。

「君はどんな真名を持っているんだ?」

「持っている真名を尋ねるなんて、マナー違反だぞ」


「分かっているけど、鍛えてくれと将軍から頼まれているんだ。どんな真名を持っているのか知らないと効率的な修業を指導できない」

 クルトが仏頂面をして真名の名前を上げる。

「『魔勁素』と『蛮勇』『逃げ足』だ」


 『逃げ足』は牙ウサギという魔物を倒すと手に入れられることがある真名だった。この牙ウサギは逃げ足が速く、『逃げ足』の真名を手に入れられる者は幸運だと言われている。


 デニスはベネショフ領の兵士たちと同じ方法で二人を鍛えることにした。

「一階層へ引き返す」

「なぜだ?」


 ゲラルトの問いにデニスが一言。

「とっておきの真名を手に入れてもらうためだよ」

「そいつは楽しみだ」


 一階層へ戻った。デニスがカーバンクルを召喚すると、二人は目が飛び出るほど驚いた。

「何をしている。倒せ!」


 語気が荒くなる。精神力のほとんどをカーバンクルの雷撃球攻撃を抑えるために使っているので、余裕がないのだ。


 カーバンクルは雷撃球攻撃さえ抑えれば、倒すのは難しくない。一匹ずつ召喚しゲラルトとクルトに交代で倒させる。ゲラルトが一四匹目、クルトが一七匹目で『雷撃』の真名を得た。


 翌日から雷撃球の練習を始めるゲラルトとクルトには、アメリアたちを教官としてつけることにした。赤目狼を相手に雷撃球を放つ練習なので、アメリアたちで十分だろう。


 デニスは綿繰り機が完成したと聞き、ディルクの工房へと向かった。工房に入りディルクを探す。工房の裏庭に綿繰り機とディルクの姿があった。


「綿繰り機が完成したって聞いたけど」

「今、試してみたんだが、大丈夫なようだ」

 デニスは自分で試すことにした。いくつかのローラーとギヤが組み合わされた綿繰り機に種子の付いた綿を投入しながらハンドルを回す。


 投入した種子付きの綿は一つ目のローラーで揉み解され、二つ目のローラーで種子だけを弾き飛ばし分離。簡単に種子が取れるのを見て、デニスは満足する。


「自分で作っておいて何だが、こいつには驚きです」

「これくらい効率的に種子が取れれば、一日に二袋くらいは処理できるな」

 一日に二袋なら二五日で五〇袋全部を処理できる計算になる。


 これは驚異的な処理能力だった。これまでの二〇倍くらいは効率的になっているだろう。デニスは二人の領民を雇って、綿繰りの作業を任せることにした。


 夕方になってゲラルトとアメリアたちが帰ってきた。ゲラルトとクルトの二人は、疲れたようで足を引き摺るようにして歩いている。顔にも疲れた様子が出ているが、何かを達成したような表情も浮かんでいた。


 庭先でデニスが声をかけた。

「兄さん、どうだった?」

「雷撃球が放てるようになったぞ。だけど、まだまだ練習しないと魔物には命中しそうにはないな」


 放出系の真名術は比較的珍しいものである。それ故に使える真名能力者は、戦闘において有利になる。だからだろう。まだまだと言いながらもゲラルトの声には、嬉しさが滲んでいた。


「アメリアの目から見て、二人はどうだった?」

「ゲラルト兄さんは、慎重に狙って放っているから、三回に一回は命中するようになったよ」


「クルトは?」

「全然ダメ。赤目狼の動きを見ずに放っているから、当たらないみたい」

「そんなことない。一匹当たっただろ」

 クルトが不満そうに声を上げた。


 雷撃球を放てるようになると、放出系の真名術を使えること自体が嬉しくて無闇に放ってしまう者がいる。クルトはそういうタイプのようだ。


 そこにマーゴを連れたエリーゼが来た。庭先で話しているデニスたちに気づいて、庭に出てきたようだ。

「あなたたち、お風呂が沸いてますから、先に身体を綺麗にして。それから、食事よ」

「それから、ちょくじよ」

 マーゴが母親の真似をして言う。可愛い口調にゲラルトたちが微笑んだ。


 デニスも着替えを持って、風呂場へ向かった。ゲラルトとクルトも来ている。

「ベネショフに戻って、一番驚いたのは屋敷が綺麗になっていたことだな。特に風呂場が出来ているのには驚いた」


 ゲラルトは以前のボロボロだった屋敷を知っているので、驚いたようだ。

「他領の貴族たちが、塩田の見学に来ていたから、父上が修理を決めたんだ。風呂場は僕の要望だよ」


 湯船に浸かった二人は、期せずして大きな息を吐き出した。厳しい修業を行った後の風呂は格別のようだ。


 翌日からも雷撃球の練習が続き、五日で九割ほどが命中するようになった。次の段階に移れると判断したデニスは、四階層に下りて鎧トカゲから『装甲』の真名を手に入れる戦いを開始させた。


 ゲラルトとクルトが『装甲』の真名を手に入れ、兵士たちの地稽古に参加するようになった。その頃になると、クルトの態度も変わってきた。傲慢な態度が減り、懸命に修業に打ち込むようになる。


 二人は、短期間に三つの真名を手に入れた。『嗅覚』『雷撃』『装甲』である。

 ゲラルトは王都の近くにあるミモス迷宮に潜るようになったのが五年前。五年間に『魔勁素』『蛮勇』『敏速』の三つしか真名を手に入れられなかった実績に比べると、あまりにも違う結果に愕然とした。


 こんなことなら、もっと早くにベネショフ領に戻り岩山迷宮に潜るべきだったと後悔する。そのことをデニスに伝えると笑われた。

「兄さん、僕が岩山迷宮に潜るようになったのは、一年前からだ。それより前にベネショフに戻ってきても、岩山迷宮なんか誰も思い出しもしなかったよ」


 二人が五階層を突破し、五階層のボス部屋の扉を開いて六階層を目にした瞬間。

「凄え!」

 クルトが叫び声を上げた。今まで狭い迷路で戦っていたので、広大な六階層を見て驚いたようだ。



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