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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:65 ゲラルトとクルトの修業

「見事だ」「凄いですね」

 ゲラルトとディルクが感嘆の声を上げた。その声を聞きながら、デニスは刀身に付いた血をウサギの毛皮で綺麗に拭き取って鞘に仕舞う。


 ゲラルトは緋爪が気になった。緋色に輝く刃や切れ味が、国宝となっているスカーレットソードを思い出させたからだ。


「その宝剣は、どこで手に入れたんだ?」

「兄さんは僕が使っていた金剛棒を知っているだろ。その中から出てきたのが、この剣なんだ」


「金剛棒も不思議なものだと思っていたが、中にこんな凄い剣が入っているとはな」

 ゲラルトがしきりに褒めると、クルトが口を挟んだ。

「ふん、父上が持っている『蒼牙』に比べたら、そんな剣なんか」


 ヨアヒム将軍も宝剣を持っている。これも迷宮から産出する蒼鋼を素材として作られた剣だ。強靭さでは緋鋼の剣に劣るが、真力を流し込むと切れ味が増すという特性を持っている。


「デニス様、この熊はどうしますか?」

「解体を頼む」

 デニスは何でも器用にこなすが、解体だけは才能がないようだった。カルロスは皮と売れそうな部位を剥ぎ取って、荷車に積んだ。


 ゲラルトがクルトに近寄り声をかけた。

「野生の熊と相対した感想は?」

「俺だって、ちゃんとした武器があれば倒せた」


 面倒臭い負けず嫌いな少年だった。一度鼻っ柱をし折る必要がありそうだ。デニスたちは次の町へと急いだ。次の町で熊の毛皮と肉を売って、少し贅沢な宿に泊まる。


 それからの旅は何事もなくベネショフ領へ到着。ゲラルトたちは屋敷へ向かい、デニスはディルクと一緒に彼の工房へ向かった。


 工房に到着したデニスたちは、荷物を中に運び込む。

「ディルク、三台の装置はいつ頃完成する?」

「後は調整して部品を組み立てるだけなんで、七日というところです」

「いいだろう。綿繰り機から頼むよ」


 デニスが屋敷に戻った時、中から幸せそうな声が聞こえてきた。ゲラルトが子供が出来たことを報告しているのだろう。


「あっ、デニス兄さんだ」

 デニスの姿を見つけたアメリアが、駆け寄ってデニスに抱き着いた。その後ろにはマーゴがいる。マーゴがトコトコと駈けてきて足にしがみつく。


 二人は満面の笑みを浮かべていた。その顔を見てデニスの心に温かい感情が湧き起こった。この顔が見れるなら、何でもできそうな気がする。


「デニス、こっちへ。王都での報告をしてくれ」

 エグモントがデニスを呼んだ。二人でエグモントの執務室へ行き、発光迷石の取引が上手くいったことと、ゲラルトとクルトのことを説明する。


 エグモントは発光迷石がもの凄い利益になったことに驚いた。

「そんなに高く売れたのか。このまま発光迷石の商売を続けて、クリュフバルド侯爵からの借金を返した方がいいんじゃないのか?」


 デニスはエグモントの提案を否定するように首を振る。

「それじゃあダメなんです。発光迷石は、領民の利益になりません。利益を得るのは、ブリオネス家だけ。ベネショフ領を発展させるには、領民が豊かになる産業が必要だと思うんです」


 エグモントは本当に自分の息子なのかと疑問が浮かぶ。顔を見ると、鼻がエグモントとそっくりだ。溜息を吐いたエグモントの顔に影が差した。


 デニスがもっと高位の貴族の家に生まれていたならば、国を担うような重要な地位を得たかもしれないと想像したのだ。


 だが、辺境の準男爵では苦労ばかりを背負わすことになる。エグモントは心の中で、デニスに『済まない』と謝った。


 翌朝、いつものように日の出と共に起きたデニスは、ゲラルトが寝ている部屋に向かった。部屋のドアを叩いて兄を起こす。


 ゲラルトが目を擦りながら起きてきた。

「今から朝練だよ」

「早いな。着替えてから行くよ」


 着替えたゲラルトはクルトを起こしに行った。クルトは文句を言いながら客室から出てきた。

「何だよ。こんな朝早くから」

「朝の修業だ。家ではやらなかったのか?」


「修業はしていたさ。でも、こんな早くじゃない」

 ゲラルトはクルトを連れて海岸の方へ向かう。海岸にはアメリアや兵士たちが集まっている。各人の手には棒が握られていた。


 クルトのお目付け役ライナルトは修業には参加しないようだ。この人物は武官ではなく文官で、見聞きしたことを報告するように命令されているらしい。


 デニスが二人の前に来て朝練の内容を説明した。まずは砂浜を裸足で走るランニング、次が素振りで、最後が立木打ちである。


 これはゲラルトとクルト用の練習内容で、他の兵士たちとは違っていた。兵士たちやアメリア、フィーネ、ヤスミンは地稽古をするのだが、『装甲』の真名を持たない二人は怪我をするかもしれない。


 ランニングを始めた二人は、砂浜を走ることが普通の地面を走ることと違うのを感じた。足元が不安定なので、普段使わないような筋肉も使うことになる。


「これは思ったよりきつい」

 ゲラルトが思わず声を上げた。ゲラルトとクルトが兵士たちの集団から遅れ始めたので、デニスも速度を落としてゲラルトと並んだ。


「慣れないうちは、ゆっくりでいいよ」

 デニスが声をかけると、クルトが悔しそうな顔をする。砂浜を往復して戻った時には、二人とも息を切らせ苦しそうな表情をしていた。


「次は素振りだ」

 ゲラルトとクルトは、素振りを始めた。二人はハルトマン剛剣術なので、デニスが指導することはできない。


 できないはずなのだが、

「ダメだ、ダメだ。脇を開けるな。そんな振りじゃ、スライムだって倒せんぞ」


 ダメ出しされたクルトは、頬を膨らませデニスを睨みながら棒を振る。最初は口答えしていたのだが、デニスが殺気を帯びた視線でクルトを睨んだので、おとなしく従うようになった。


 デニスが剣の一閃で熊の首を刎ね飛ばしたのを思い出したのだろう。ゲラルトはアメリアを呼び寄せた。

「なあ、デニスの奴はどうしたんだ?」


 アメリアはデニスが厳しい指導をしているのを見て、

「練習の時は、あんなものだよ。最初は優しく教えているんだけど、段々熱中してくると厳しくなるの」

「そうなんだ」


 素振りが終わると、立木打ちのやり方を教え、実際に立木打ちの鍛錬を行わせる。デニスは全力で棒を振り切るように指示した。


 一〇〇回も棒を立木に叩き付けると腕が上がらなくなる。それはゲラルトも同じだった。ゲラルトたちの横ではアメリアたちが立木打ち五〇〇回を終え、地稽古を始めていた。


「情けない。アメリアたちにも勝てない」

 ゲラルトが嘆いた。


「大丈夫、慣れてくれば五〇〇回くらい簡単にこなせるようになります」

「地稽古に参加しないでいいのか?」

「腕が上がらないでしょ。午後から迷宮に行きますから、休んで腕の回復に努めてください」


 ゲラルトがクルトに顔を向け尋ねる。

「クルト君はどうします? 屋敷で休んでいますか?」

「俺も行くに決まってるだろ」


 相変わらず強がっているが、兵士たちが行っている地稽古を見て、自分の腕では到底敵わないと理解していた。クルトにとって衝撃的だったのは、同年代だと思われる少女たちにも勝てそうにないと分かったことだ。


 目の前で、アメリアとフィーネが地稽古をしていた。少女とは思えない速さと勢いで長い棒を振り回し、攻撃と防御を繰り広げている。


「何で、あんなことができるんだよ」

 クルトが呟くように言った。それを聞いたデニスが答える。

「アメリアたちは、魔物を相手に実戦で鍛えてるから」


 朝食を食べ、ゲラルトとクルトが休んでいる間に、デニスは鍛冶工房へ行って、様子を確かめた。組立作業をしているディルクは苦戦していた。


 出来上がった部品に、ほんの少しだけ誤差があるのだ。ディルクはちょっとずつ削り誤差を修正している。

「約束の日までには完成させますから」

 ディルクの言葉を聞いて、屋敷に戻った。


 午後の少し前に昼食代わりのライ麦パンを持って迷宮に向かう。迷宮の前で昼食を摂り、一階層へ下りる。

「二人ともスライムを倒して『魔勁素』の真名は持っているんだよね」

「もちろんだ」「決まってるだろ」


 デニスは二人を三階層へ案内し、赤目狼と戦わせることにした。実戦での技量を確かめるためである。



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