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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:61 綿の購入

 ディエゴが逃げたという知らせを受けた雅也は、嫌な気分になる。とはいえ、警察でもない雅也にできることなど、ほとんどなかった。


 そして、数日が無事にすぎた頃。雅也は西帝大学付属病院の三河のところへ向かった。新しく作った治癒迷石三個と一個の指輪を持って行くためだ。


 雅也が病院の近くまで来た時、何か視線を感じて周りを見回した。

「ん、気のせいだったか」


 病院の前にある広場をショートカットして病院の玄関へ向かう。広場では、子供連れの主婦たちが雑談しており、その周りで幼児たちが駆け回っている。


 駆け回る幼児を避けながら、病院へ進む。いい匂いが雅也の鼻孔を刺激する。広場の横で屋台がたこ焼きを作っている。


 そういえば、たこ焼きなんて一年以上食べてないことを思い出した。

「帰りに買ってみるか」


 その時、殺気を感じて振り返った。一人の男が警官二人に囲まれている。男に見覚えがあった。警察病院から逃げたディエゴだ。ディエゴは雅也を付けていたらしい。


「ちょっといいかね。君は手配中の男に……」

 警官がディエゴの肩に手を置こうとした。ディエゴは警官の手を払い除け、回し蹴りを放った。警官は左腕でガードするが身体ごと蹴り飛ばされる。


「き、貴様、公務執行妨害で逮捕する」

 もう一人の警官が特殊警棒を取り出して、ディエゴに向けた。その瞬間、ディエゴが懐に飛び込んで左のフックを警官の顔面に叩き込んでいた。


 警官がコマのように回りながら倒れた。驚異的なパンチ力だ。


 それを見ていた主婦たちが子供の名前を叫び、子供たちは金切り声を上げる。ディエゴが雅也の顔を見て叫んだ。日本語ではないので、雅也には理解できない。だが、怒っているようだ。


 雅也はいくつかの真名を解放する。最初に『言霊』の真名を使う。

「落ち着いて、広場から出てください」


 力を持った言葉は、聞いた人々の心に直接飛び込んだ。混乱し不安が渦巻いていた心が鎮まり、雅也が指示した通りに広場から脱出する。


 なぜ心が落ち着いたのかは分からなかったが、言葉を発した男性が何とかしてくれるという安心感を与えていた。事情が分からない子供たちでさえ、広場から出ようと思ったほどだ。


 ディエゴは雅也を睨み、右手を向けた。その瞬間、何かが雅也の身体に絡み付き動きを邪魔しようとする。ディエゴが藻掻いている雅也を見て、嫌な笑いを浮かべた。


 雅也は近づいてくるディエゴを見ながら、この真名術は何だろうと冷静に分析する。雅也に危機感はあまりなかった。


 ディエゴは勝利を確信した表情で、

「キサマ イナケレバ カネ テニイレラレタ シネ」


 辿々しい日本語だ。日本で苦労したのかもしれないが、空き巣と殺人未遂は許されることではない。ディエゴが右手を振り上げ、雅也を殴ろうとする。


 雅也の準備は終わっていた。オーガから手に入れた『怪力』の真名を使う。絡み付いている何かを力尽くで引き千切り自由になると、ディエゴの拳を手で弾く。


 ディエゴが驚いたような顔をする。自分の真名術を破られるとは思っていなかったのだろう。


「自分の真名術が、一番だと思うなよ」


 その驚いた顔に、雅也の拳が叩き込まれた。雅也にしてみれば軽いジャブ程度のものだった。だが、そのパンチを受けたディエゴは、吹き飛び宙で二回転して地面に叩き付けられる。


 ディエゴの顎が砕け、口から血を流す。完全に気を失っているようだ。雅也はディエゴを無視して、倒れている警官の下に駆け寄った。


「大丈夫……じゃないようだな」

「ああ、肋骨が何本か折れた。救急車を呼んでくれ」

「了解した」


 雅也は救急車と警察に連絡した。結局三人は目の前の西帝大学付属病院に運ばれ治療を受けることになった。


 雅也が来ていると知った三河が駆けつけてきた。

「一体何があったんだ?」

「警察から逃げ出した犯人を、殴り倒しただけです。でも、警官が怪我をしてしまった」


 三河は警官の容体を担当医から聞いて、

「一人は脳震盪を起こしている。もう一人は肋骨が四本折れているそうだ。指輪を使おうか?」

「それじゃあ、これを使ってください」


 雅也は新しく作った二つの指輪を三河に渡した。おかげで肋骨の折れた警官は驚くべき早さで治った。三つの指輪を使って効果の度合いを調べた結果、治癒迷石五個と三個は効果は同じだった。

 ただ治癒迷石一個より三個の方が効果は高かったので、治癒の指輪は治癒迷石二個か三個が最適なようだ。


 三河には治癒の指輪がどこで作られたものか秘密にするように頼んであるので、治癒の指輪がマナテクノと関係していることを知る人間はほとんどいない。


 ただマナテクノが販売している魔源素結晶が元になっているのではないかと推測する者はいる。そういう人間が、魔源素結晶を注文したので魔源素結晶の売上が増えた。


 ディエゴが逃げたことで、真名能力者が犯罪を犯した場合にどう対応するかが、警察庁で議論されるようになったようだ。


 数日後、アメリカで作られた治癒の指輪がニュース番組で取り上げられ、一般人にも知られるようになった。日本でも話題となり、財界人の一部が手に入れようと動き出す。


 西帝大学付属病院で実物があると噂されるようになったが、それはアメリカ製だと思われたようだ。



   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 雅也が治癒の指輪を作れるようになると、ベネショフ領のデニスも作れるようになった。デニスは八つの治癒の指輪を作った。指輪部分はクリュフの職人に頼む。


 デニスが製作した指輪は、治癒迷石が三つ並んだ治癒の指輪だ。その指輪をエグモントと三人の従士、アメリア、そして教会の二人のシスターに渡した。残る一つは自分用である。


 この治癒の指輪は怪我や火傷には有効だが、病気に有効かどうかは分からない。雅也の世界の医者である人物は、病気によっては悪化することもあり得ると言っていた。


 この指輪に領民たちは感謝した。領都ベネショフでは教会のシスターが治療し、他の村々は従士たちが巡回のついでに領民たちを治療したからだ。


 そんな頃に、一人の商人がベネショフ領を訪れた。ベネショフ領の各地を見て回った商人は、雑貨屋を営むカスパルに商談を持ちかけた。


 ハンネスと名乗った商人が商品の説明をした。

「綿か、デニス様が欲しいと言っておられたから、お伝えしてもいいですぞ」

「デニス様というと、次期領主の?」

「そうだ。立派な方だよ」


「よろしくお願いします」

 カスパルがハンネスを連れて領主の屋敷に向かった。門のところで門番をしている兵士に用件を伝えると、入るように指示される。


 カスパルはハンネスを案内して領主の執務室に向かった。その部屋ではデニスとエグモントが出迎えた。

 商人が商いする綿は、クリュフの領主クリュフバルド侯爵の持ち物で、仲介することで手数料をもらっているらしい。


 ハンネスは見本となる綿をエグモントに見せた。

「儂の目には、良い綿に見えるが、デニスはどうだ?」


 エグモントが綿の見本をデニスに渡す。注意深く確認したデニスは、良い綿だと納得した。だが、これで契約するわけにはいかない。


 直接クリュフに出向き、倉庫で保管されている綿を確認しなければならない。その前に数量を確認した。

「この綿が、五〇袋欲しい。用意できるか?」

「もちろんでございます」


 一袋の中に一〇着の上着が作れるほどの綿が詰められている。五〇袋となると、五〇〇着分。産業として織物業を始めるには、ちょうど良い量だ。



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【書籍化報告】

カクヨム連載中の『生活魔法使いの下剋上』が書籍販売中です

イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[良い点] 良いね♪
[一言] ローファンハイファンを綺麗にオムニバスしており、読み入っちゃいますね。 このまま一気に見ます、見終わったら感想いれます
[気になる点] 病院の目の前まで来てるから連れてった方が早いのでは... 素人が動かしたらいけないとかの判断でしょうか
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