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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:59 治癒の指輪

 ドイツのフランクフルト空港に到着した三河は、タクシーに乗ってホテルへ向かった。三河一人ではない。同行しているのは、教え子である水原准教授である。


「今回の学会では、エッケハルトの講演があると聞いている。楽しみだね」

「はい、私も楽しみです」

 エッケハルトとは、フランクフルト大学病院の教授である。


 その日は、ホテルで休み。翌朝、学会に向かった。

 場所はフランクフルト大学病院。三河は研修で何度もドイツに来ており、ドイツ語には不自由しない。それに友人も大勢いる。


 学会は無事に終わった。教え子の水原は観光に出掛けたが、三河は旧友であるエッケハルトと旧交を温めることになっていた。


「タダヒロ、面白いものを見せてやるよ」

 学会の後、三河はエッケハルトに誘われて病室に向かった。それも特別室である。その病室には、一人の女性が横たわっていた。


「この患者は、ヒルトマンビルの火災に巻き込まれて重度の火傷を負った患者なのだ」

 一週間ほど前に起きた火災の被災者のようだ。全身のかなりの部分に火傷を負っており、細菌による感染が起きないように処置されている。


 この患者には、自己皮膚の移植や人工皮膚を使った治療を行おうとしたが、ダメだった。正常な部分の皮膚が少なく、人工皮膚に拒絶反応を起こしたからだ。


「シュヴェンクフェルトさん、例のものは手に入ったのですか?」

「アメリカで行われたオークションに参加し、落札しました」

 ドイツでも資産家として知られているシュヴェンクフェルトが答えた。患者は彼の妻だった。


 シュヴェンクフェルトがポケットから小さなケースを取り出した。指輪などを入れるケースだ。そのケースを開けると、奇妙な指輪が現れた。


 二つの宝石が上下に並べて配置してある指輪だ。三河は宝石の形に見覚えがあった。神原教授から預かった指輪に嵌め込まれているものに似ている。


「これが、アメリカで『治癒の指輪』と騒がれているものです」

 そんな騒ぎなど、三河は聞いた覚えがなかった。そう思って、エッケハルトへ視線を向ける。


「アメリカの資産家の間で、騒がれているらしい。医学界でというわけではないよ」

「なるほど。聞いた覚えがなかったから、貴重な情報を聞き逃したのかと心配したよ」


 友人の神原のことが、三河の脳裏に浮かんだ。マナテクノという会社を起こし実業家になったとは聞いていた。神原も高額な金を出して指輪を手に入れたのだろうか、と羨ましくなった。


「医者という立場から申しますが、その効果は医学的に証明されていないのですぞ」

 エッケハルトは、治癒の指輪の効果について否定的なようだ。


「試してみれば分かる」

 シュヴェンクフェルトは、指輪をケースから取り出した。妻の火傷が回復しないのを心配した夫が、大金を出して指輪を買った気持ちは、三河にも理解できる。だが、こんな小さな指輪に大金を出すなど、正気とは思えなかった。


 ベッドに横たわる妻にゆっくりと歩み寄る。いとおしそうに妻を見詰めた彼は、指輪を患者の顔に押し当て、起動文言を唱えた。

「ミラクル・トリートメント」


 指輪の下段にある宝石が鈍い光を放ちながら点滅している。一〇回ほど点滅した後、シュヴェンクフェルトは指を顔から離した。


 三河は患者の火傷の痕をジッと見詰めていた。炎により傷ついた皮膚が少しずつ元に戻っていく。

「おおっ」

 シュヴェンクフェルトが驚きと希望を込めた声を上げた。エッケハルトも驚いた顔で患者を見守っている。


 火傷がジワジワという感じで治癒し、面積に換算すると数パーセントほど回復したところで、治癒の速度が落ち止まった。


 エッケハルトが唸り声にも似た低い声を出して難しい顔をしている。この結果をどう受け止めればいいのか考えているらしい。


「タダヒロ、どう思う。私の目には、その指輪が本物のように見えたのだが?」

「そうだな、本物のようだ。画期的な治療ツールになるんじゃないか」


 だが、シュヴェンクフェルトの顔色が悪い。

「どうかしたのですか?」

 エッケハルトが尋ねると、シュヴェンクフェルトが治癒の指輪について説明してくれた。この指輪のエネルギー源は、下段に付いている宝石らしい。よく見ると一回り小さくなっている。


 治癒の効果は五回ほどしか起動できないようだ。シュヴェンクフェルトは期待したほど回復しなかったので、不安になっているようだ。


 三〇分ほどの時間を置いて、二回目、三回目と続けられた。そして、最後の五回目が終わった時、火傷の痕が小さくなり、重度の熱傷だった部分も皮膚の状態が良くなっている。


 だが、完全に回復した部分は、三割ほどに留まっている。医学的には驚異的な効果なのだが、中途半端な結果に終わった。


「先生、ここまで回復すれば妻は助かりますか?」

 必死な眼差しで、シュヴェンクフェルトが尋ねた。


「助かる確率は確実に高くなりました。我々は全力を尽くして奥さんを治療します。ただ熱傷創に細菌が繁殖した場合、敗血症になる恐れがあり、まだまだ油断できません」


 シュヴェンクフェルトが肩を落とし、妻を見詰めている。その姿を見ていた三河は、自分も治癒の指輪を持っている、と言い出すタイミングを逸してしまった。


 三河はエッケハルトに顔を向け呼びかけた。

「私の話を少し聞いてもらえないか」

「何だい、タダヒロ」


「実は、私も治癒の指輪を持っているんだ」

「何だって!」

 シュヴェンクフェルトは激しい反応を示し、三河に詰め寄った。


 三河は首にかけている紐を引っ張って、お守りを入れている小さな袋を取り出した。袋から布に包まれた指輪を取り出す。


 シュヴェンクフェルトはジッと見詰めて、ポツリと言った。

「私のものと形が違いますね」

 エッケハルトも疑うような視線を三河に向けた。

「これは、どこから手に入れたんだ?」


「これは、私の友人である神原という男から預かっているものだ。効果を確かめて欲しいと言われている」

「おかしいですね。そんな貴重なものを他人に預けるなんて」

 シュヴェンクフェルトも疑っているようだ。


「その神原という友人は、何者なんだ?」

 エッケハルトは、三河が詐欺師に騙されたのではないかと心配していた。


「神原は、マナテクノという会社の社長です。信用の置ける人物です」

 シュヴェンクフェルトが少し驚いたような顔をする。


「マナテクノといえば、治癒の指輪に嵌められている宝石みたいなものの元になる魔源素結晶を作っている会社ですよ」


 三河は落ち着いた声で二人に話しかけた。

「試してみれば分かる。そうじゃないかね」

「でも、使えばエネルギー源の魔源素結晶が減ってしまいますよ」


「いや、神原の話では、空気中に含まれている魔源素をエネルギー源にしていると言っていたので、気にする必要はない」


「私がアメリカで手に入れたものより、進んでいるんだな」

「日本は魔源素利用テクノロジーに関しては、最先端を行っているからな」


「とにかく試してみよう」

 三河は治癒の指輪を患者に押し当て、起動文言を唱えた。

「マナ・セラピー」


 雅也が作った治癒の指輪が起こした効果は、劇的なものだった。アメリカ製の指輪より三倍近い速度で火傷の痕が消えていく。それも一気に全体の三割近い部分が完全に回復してしまった。


 二人の医者は、これだけ急激な変化が悪影響を及ぼさないか心配になった。

「一度、この患者を検査して、今の状態を把握した方がいいのではないか?」

 三河の意見に、エッケハルトも同意した。


 それから三時間ほど、血液や皮膚の状態などを調べた。血液を調べた結果、栄養不足だと分かった以外は正常だった。


 治癒は体内に蓄えられている栄養分やエネルギーを消費するらしい。エッケハルトは点滴で栄養分を補い、次の指輪による治療を行うタイミングを計算した。


 待っている間に、三河とエッケハルトは法律面で問題にならないかを話し合った。最初は効果があるとは思っていなかったので、神父の祈りと同列に扱っていたが、効果を確認して治療器具としての許認可が問題にならないか心配になったのだ。


「これ以上は、政府の関係機関と話し合わなければ結論が出ないな」

「人命を救うための道具なのに……」


 患者の栄養状態が元に戻ったと判断した頃、もう一度治癒の指輪を使った。それにより患者は危機を脱した。

「ドクターミカワ、ありがとうございます。本当に、ありがとう」

 シュヴェンクフェルトは深い感謝を三河に告げた。


「ところで、アメリカのオークションで落としたという治癒の指輪は、いくらだったのです?」

 三河が尋ねた。

「三二〇万ドルで落札しました」


 ドル円で一〇〇円を少し超えるレートで計算すると三億二〇〇〇万円以上になる。その金額に、三河が驚いた。そして、神原教授から託された指輪を万一にも紛失した時のことを考え青くなる。

 (神原の奴め、そんな高額なものを簡単に他人に託すんじゃねえ)



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イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[良い点] 良いね♪
[気になる点] お医者さんが火傷して死にそうな人を「面白い」と言うのは違和感しかないです。 も少し何とかならないでしょうか。
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