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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
58/313

scene:57 坂東28

 雅也はまたカラオケボックスに通っていた。『治癒』の真名を転写しようと考え、その転写に相応しい曲を探していたのだ。


「難しいな。どういう曲が合うんだ」

 その日は曲が決まらず、カラオケボックスを出て繁華街に向かう。大通りを歩いていた時、スマホが鳴った。見ると、冬彦からである。


「何か用か?」

 話があるので、探偵事務所に来てくれと言う。雅也は承知した。どうせ暇だったからだ。


 探偵事務所に向かう雅也。事務所では冬彦と仁木が待っていた。

「待ってましたよ、先輩」

「それで、用件というのは何だ?」


 冬彦の話によると、財界のある人物から孫娘の護衛を頼まれたという。

「それって探偵の仕事じゃなくて、警備会社の仕事だろう」

「分かっているけど、事情があるんだ」


 その財界人は、孫娘を殺すと脅迫されているという。問題なのは、その犯人が真名能力者らしいことだ。仁木も一度接触して、逃げられたらしい。


「仁木さんが逃げられただって、どんな奴だったんだ?」

 仁木が頭を掻きながら説明を始めた。

「とにかく素早い奴で、身も軽い。二階の屋根くらいの高さから飛び下りて、平気で走って逃げたんです」


 冬彦が真面目な顔をして、

「それだけじゃない。奴は変な魔法を使ったんだよ」


 冬彦が魔法と言ったので、仁木は苦笑いした。

「魔法じゃなくて、真名術です。奴は俺たちに動きが遅くなる真名術をかけたんですよ」

「動きが遅くなるだって……聞いたこともない真名術だ」


「五秒ほど思うように身体が動かなくなったんだ。気持ち悪い経験だった」

 冬彦が思い出したように顔をしかめた。


「それで、俺に手伝って欲しいと」

「そういうこと。相手が真名能力者だと、警察でも捕まえるのが難しいと思うんだよね。頼みます、先輩」


「俺の助けを借りたいという理由は分かった。だけど、その脅迫者は何で偉い財界人なんて狙っているんだ?」

 冬彦の話によると、犯人は自然保護団体の一員で、財界人が経営する企業がボルネオの自然を破壊したので、その自然を元に戻す費用として五億円を支払えと言っているようだ。


「胡散臭い話だ。どうせ金が欲しかっただけじゃないのか?」

「僕もそう思う。けど、犯人が本気なのは証明されている」


 その財界人には三人の孫娘がおり、その中の女子大生である長女が襲われて怪我を負い入院した。かなりの重傷なのだそうだ。


 警備会社のボディガードと警官が警護していたが、手に負えなかったらしい。その時は、五人の警官が倒され傷を負った。


 次女の女子高生も襲われたが、無事だった。ただ精神的なショックを受け心療内科に通うようになった。

「酷い話だな。警察は犯人を捕まえられないのか?」

「犯人は、ゴーグルとマスクをしているらしい。一時はゴーグルマンじゃないかという噂もあったんだ」


 嫌なことを聞いてしまった。ゴーグルマンは雅也のことである。それが犯人じゃないかと疑われたのだ。冬彦がニヤついている。雅也がゴーグルマンだと知っているので、面白がっているのだろう。


「分かった。その阿呆を捕まえる手伝いをしてやる」

「さすが、先輩。承知してくれると思っていました」

 何だか冬彦に乗せられたようで面白くない。だが、やるからには本気を出す。相手は真名能力者。油断できない相手だからだ。


「そろそろ、その財界人が誰だか教えてくれ?」

 引き受けるまで素性をかせない、と冬彦が言っていたのだ。


「製薬業界のドン、川越承太郎です」

「川越……知らんな」

 雅也は製薬業界に詳しくない。


「上杉薬品の会長ですよ」

「ああ、外国の製薬会社を買収して、ニュースになった会社か。何で、そんなところから冬彦に話が来たんだ?」


「うちの父が、知り合いなんです」

「貴文さんの知り合いか。上流階級の付き合いって奴だな。冬彦になぜ護衛を頼んだのか不思議だったんだ」

「まあ、そうですけど……一応僕も上流階級に入っているんですが」

「そうだったな。でも、上流階級との付き合いなんてないだろ」


 本来なら、父親の事業を手伝わなければならなかった冬彦である。それが嫌で家を出た冬彦には、ほとんど上流階級の人々との付き合いがなかった。


「僕は、面倒臭いから上流階級との付き合いを避けているだけです」

「まあいい。それで警護の相手は誰なんだ?」


「それがミュワワちゃんなんですよ」

「だれだ、その小型犬みたいな奴は?」

「小型犬って……それはチワワでしょ。そうじゃなくて、ミュワワです。人気アイドルグループ坂東28のメンバーですよ」

 グループ化するアイドルが多すぎて、雅也の記憶にはなかった。


 翌朝、冬彦に連れられて茨木県に来ていた。ここのコンサートホールで、坂東28のコンサートがあるらしい。警護は、警官三名と雅也である。

 警護の警官は、雅也のことを邪魔者だと思っているようだ。


 冬彦は雅也を警官三名と三女のミュワワこと川越美羽に紹介した。紹介した冬彦は、コンサートホールを去った。冬彦と仁木は、一度襲われた女子高生の警護をする予定だという。


 ミュワワは小柄な可愛い感じの女子高生だった。

「また護衛が増えるの……お祖父様には大丈夫だって言ったのに」


「相手が真名能力者だと分かったんで、心配されているのですよ」

 SPの経験がある警官が、ミュワワを宥めた。


 雅也はリハーサルを繰り返している様子を見ながら、ここは別世界だなと感じていた。大勢のアイドルが歌とダンスを披露している。


 だが、ちょっとだけ気になったことがある。このアイドルたち、あまり歌が上手くない。下手だというわけではない。若々しい声でハツラツに歌う彼女たちの歌は、それぞれに魅力がある。


「まあ、こんなもんか」

「何がこんなものなのなんです?」

 舞台上の音が五月蝿くて気づかなかったが、坂東28のマネージャーが後ろに立っていた。雅也より若い女性マネージャーである。


「何でもないですよ。それより不審者を見かけませんでしたか?」

「いいえ、早く捕まるといいんですが」

 警護の警官がちょっと厳しい顔になる。


「ところで聞いてもいいですか?」

「何でしょう」

「坂東28の最後の数字には、どんな意味があるんですか?」


 マネージャーの目が泳いだ。聞いてはいけなかったことなのか。

「オフレコにしてくれますか?」

「いいですけど」


「このグループをプロデュースした金本氏は、四〇歳になって急に太り始めたそうなんです」

 雅也は急にプロデューサーの個人的な話になって戸惑った。

「そこで、ダイエットを始めたそうなんです」


「それが何か関係しているんですか?」

「ええ、ダイエットは成功し、一〇キロ痩せたそうなんです。でも、努力した自分にご褒美だと思い豪華な食事を用意して祝ったのが間違いでした」


 雅也にも予想がついた。

「それが切っ掛けでダイエットで我慢していた自制心が吹き飛んで、あえなくリバウンドしたそうです。二八キロも」


「まさか……リバウンドで二八キロ」

「そうです。リバウンド二八キロ……バウンド二八……坂東28」


 雅也は元気でリハーサルしているアイドルたちが可哀想に思えてきた。リバウンド二八キロを、アイドルのグループ名にするプロデューサーの気持ちが分からない。


 その時、雅也の耳に異音が聞こえた。上を見ると、照明が設置されている天井の桁に誰かが立っている。雅也は警官三人に上を見るように合図を送った。


 警官は不審者を発見して大声を上げる。

「貴様、何をしている!」


 不審者は棒のようなもので照明を叩き落とし始めた。その一つがミュワワの頭上に落ちてくる。雅也は飛び出した。


 ミュワワは恐怖で固まっているようだ。その頭上を大きな影が横切る。その影は疾風のように駆け寄り跳躍した雅也だった。落ちてきた照明を蹴りつけ、舞台下に叩き落とした。



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【書籍化報告】

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イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[良い点] 良いね♪
[気になる点] 警護対象は『女子高生』でしょうか?『女子大生』の話が混じってるように感じました。 誤字報告では説明し難いので(仮①②③)を書き込みです。 〉その財界人には三人の孫娘がおり、その中の女子…
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