scene:56 オーガ討伐
デニスは久しぶりに迷宮へ向かった。一緒なのはアメリアたち三人とカルロスとイザークである。
「デニス様、本当にオーガと戦うんですか?」
「ああ、新しい技を試してみるつもりだ」
迷宮に入って六階層に向かう。途中に遭遇した魔物は、アメリアやカルロスたちが始末した。六階層に下り、森の中を進む。
数日前に、アメリアたちが唐辛子を採取した場所に来た。大量に採取して実がなくなっていたはずなのに、また赤い実をつけている。
迷宮に生えている植物は一年中枯れずに実をつける。一度採取した実も数日経てば元の状態に戻るようだ。無限に再生する実は、貴重な資源になる。
「デニス兄さん、新しい技ってどういう技なの?」
「そうだな。『雷撃』ともう一つの真名を組み合わせた高速攻撃かな」
「練習したら、あたしにもできる?」
「ファングボアの『豪脚』やハイオークの『剛力』を手に入れたら、似たようなものはできるようになるかな」
洞窟を通ってボス部屋に到着。中を覗くとオーガが目を閉じて座っている。
「アメリアたちは、ここで待ってるんだ」
「あたしも戦う」
「ダメだ」
デニスはアメリアたちを残し、ボス部屋に入った。デニスを援護するのは、カルロスとイザークである。デニスたちが二、三歩進んだ時、オーガが目を開け立ち上がった。
立ち上がると、その大きさが実感できる。二メートル半の巨体は、巨人を相手しているように感じた。オーガが口を開き凄まじい咆哮を放つ。
デニスたちの耳だけでなく全身がビリビリと震えるような咆哮だ。デニスたちは厳しい顔になり立ち向かった。金剛棒を握り締め、ボス部屋の中央へと進む。
オーガの武器は鉄製の棒、鬼だから金棒である。その金棒を振り上げ大股で襲ってきた。ブォンと音がして金棒が薙ぎ払われる。
デニスの頭に向かってくる金棒を、屈んで避けてオーガの足元に飛び込む。震粒ブレードがオーガの足を薙ぎ払った。
足の肉が削り取られ深い傷が残る。その痛みで、オーガが吠えた。デニスは飛び退き距離を取る。カルロスとイザークが走りながら雷撃球を放った。
雷撃球がオーガの顔に命中。オーガは顔を押さえて苦しむような仕草をする。チャンスだと思ったイザークが飛び込んで胴に長巻を突き立てた。
だが、長巻の刃は分厚い筋肉に阻まれて深くは突き刺さらない。
「イザーク、逃げろ!」
カルロスの大声が響いた。
イザークは長巻から手を放し必死で飛び退いた。だが、一瞬早くオーガの手がイザークの頭を掠める。鮮血が飛びイザークが地面を転がる。
「イザーク!」
デニスの叫びがボス部屋に響いた。
イザークは『装甲』の真名を使って装甲膜を展開していたはずだ。その装甲膜が引き裂かれ傷を負った。もし装甲膜がなければ、頭の半分が千切れていたかもしれない。
装甲膜でも、すべての攻撃を防げるわけではないという証拠だ。
オーガは腹に刺さっている長巻を抜き、地面に叩きつけた。カルロスはイザークに駆け寄り傷を確認した。
「大丈夫、生きています」
デニスはホッとした。オーガがイザークに止めを刺そうと追撃。デニスは雷撃球を放った。それがオーガの後頭部に命中する。
立ち止まり振り返るオーガ。その目は怒りで充血し真っ赤になっている。もう一度雷撃球を放つ。オーガが鼻息を荒くして金棒を振るい弾いた。
デニスは『加速』を使って突撃。オーガとの距離を一瞬で飛び越え、脇腹に震粒ブレードを叩き込んだ。オーガの腹に深い傷が生じた。
その戦いを見ていたアメリアたちは、オーガの新しい能力に気づいた。
「あのオーガの傷、すごい速さで治っています」
ヤスミンが珍しく大声を上げた。
デニスが一番につけた足の傷やイザークがつけた腹の傷が消えていた。オーガは驚嘆すべき自然治癒能力を持っているようだ。
カルロスがイザークを抱えてアメリアたちのところに戻ってきた。
「イザークを頼みます」
カルロスが戦いに戻ろうとした時、アメリアが呼びかけた。
「オーガの傷が治ってます。撤退した方がいいかも」
「デニス様に判断してもらいましょう」
カルロスはデニスに近づき、アメリアたちが発見したオーガの能力を伝えた。
「面倒な……一気に仕留めなければならないということだな」
オーガが襲ってきた。金棒が振り回され、デニスたちが避ける。オーガが追撃。金棒が上からデニスを襲った。デニスは金剛棒を金棒に叩きつけ横へ逸らそうとした。
金属同士がぶつかるような音が響き、金棒の軌道を逸らすことに成功。だが、デニスの手には凄まじい衝撃が返ってきていた。
衝撃で切れた掌から血が滲み出る。オーガの馬鹿力で振り回された金棒の威力は、それほど凄まじかった。オーガは容赦ない。続けざまに金棒を振るい追撃を開始。
しかし、デニスは諦めてはいなかった。オーガの動きが分かってきたのだ。攻撃パターンや防御を見切ったデニスは、最後の攻撃を仕掛けることにした。
「カルロス、下がっていろ!」
デニスが命じると、カルロスは渋々下がった。
ある程度距離をとったデニスは走り出す。『加速』を使って速度を上げ、そのまま加速し矢のような速さで、オーガに迫った。
オーガは金棒を振り上げ、デニスに叩きつけようとする。その時、雷撃球が放たれた。至近距離で放たれた雷撃球は、オーガの顔面に命中。チャンスだった。デニスはそのまま震粒ブレードをオーガの腹に叩き込んだ。
痛みに苦しむオーガが暴れ、金棒を滅茶苦茶に振り回す。デニスは金棒を避けながら高速移動を繰り返し、オーガを雷撃球と震粒ブレードで攻撃する。オーガの全身が傷だらけとなった。
もう少しだとデニスは思った。ところが、偶然にも振り回した金棒がデニスへ向かう。デニスは仕方なく金剛棒でいなす。金棒と金剛棒がぶつかった時、金剛棒にヒビが入った。
ピキッと音を立てた金剛棒が縦に割れた。デニスは驚いた。
「何だ?」
割れた金剛棒の中から、真紅の刃を持つ細剣が現れた。
オーガが咆哮を放って襲ってくる。デニスは細剣の柄を握り締め、真紅の刃をオーガの太腿に叩きつけた。オーガの足が斬れて飛んだ。
倒れたオーガに駆け寄ったデニスは、オーガの首を刎ね飛ばす。
「えっ」
デニス自身が驚くほど手応えがなかった。それほど細剣の切れ味が凄かったのである。
デニスの頭の中に真名が飛び込んできた。それも二つである。手に入れた真名は『怪力』と『治癒』だ。『怪力』は『剛力』の上位に当たる真名のようだ。
「『治癒』か。貴重な真名を手に入れたな」
オーガが倒れた辺りに、オーガの角が一本落ちていた。ドロップアイテムである。
アメリアたちが駆け寄ってきた。
「ああっ、兄さんがケガしてる」
アメリアが大袈裟に騒ぎ始めた。
「大丈夫だ。大したことはない。それよりイザークはどうだ?」
イザークの傷は、オーガの爪で切り裂かれたようだ。思っていた以上に深い傷である。
デニスは手に入れたばかりの真名を思い出す。まず自分に対して『治癒』の真名を使って試そうと考えた。水筒の水で掌の傷を洗い『治癒』を解放する。
五センチほどの傷が見る見るうちに塞がり治っていく。その様子を見ていたアメリアたちが驚いた。
「すごい」「どうしてぇ」「何だこれ!」
カルロスは、それが何だか分かったようだ。
「デニス様、イザークの傷を」
「まず、傷を洗い流してくれ」
カルロスがイザークの傷を水で洗い流す。デニスは傷口に手を当て『治癒』の真名術を発動した。デニスが手を放すと、イザークの頭に出来た傷が塞がり始める。
一〇分ほどでイザークの傷が完全に塞がった。
「ううっ」
イザークが目を覚ました。何が起きたのか思い出せず、辺りをキョロキョロと見回す。
「馬鹿野郎、心配かけるんじゃない」
カルロスの叱咤の声で、自分がオーガに倒されたことを思い出したイザークは、頭に手を当てようとした。
「触るな。傷は塞がったばかりだ。布を巻いて保護しておこう」
デニスがリュックから包帯代わりになる布を取り出し、イザークの頭に巻いた。
「オーガは?」
イザークの質問に、デニスが倒したことをカルロスが告げた。
フィーネは金剛棒から出てきた細剣に興味を持ったようで、デニスが地面に置いた細剣を観察していた。
「デニス様、この剣を持ち上げてもいい?」
「いいけど、刃には触るな」
フィーネは細剣を持ち上げた。細い剣だがズシリと重い。カルロスたちが使っている長巻と同じくらいの重さがある。
「綺麗な剣……」
その刀身は緋色の金属で作られているようだ。
デニスたちも集まって細剣を見る。
「これって伝説のスカーレットソードじゃないですか?」
カルロスが王家に伝わる宝剣の名前を出した。
「スカーレットソードは、白鳥城の宝物庫に仕舞われているはずだ。こんなところにあるはずがない」
「そうですね。でも、凄い切れ味でしたよ」
カルロスはオーガの首を刎ね飛ばした時の切れ味を思い出した。
「しかし、金剛棒の中に、こんなものが隠されていたとはな。武器屋から値切って大銀貨二枚で買ったんだけど、何だか値切り交渉をした武器屋のオヤジが可哀想に思えてきた」
ボス部屋の奥には七階層へ下りる階段があった。下りて確認するデニスたち。階段を下りた先には、真っ白な世界が待っていた。
七階層は雪と氷に覆われた世界だった。




