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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:54 ヨルン男爵の来訪

 ヨルン男爵を迎える準備をしながら、どのように塩田を説明するか考えた。基本的なことは教えるが、すべてを教えるつもりはなかった。


 塩は釜の火加減一つで結晶の大きさが変わり、味にも影響する。この塩田では、いろんなノウハウを蓄積している最中なのだ。


 準備が終わった頃、エグモントがデニスに頼みを言った。

「デニス、客に出す肉を用意してくれないか」

 普通は猟師に頼むのだが、その猟師が怪我をして休業中なのだそうだ。


「魚じゃダメなんですか?」

「魚だけじゃ飽きるだろ。男爵も海沿いの町に住んでいるんだから」


 デニスはそうだったと納得した。近くの森にいる野生動物で食べられそうなのは、鹿やイノシシだけである。猟師は蛇もうまいと言っていたが、客が嫌がるかもしれない。デニス自身も食べたいとは思わない。


 デニスは二人の兵士を連れて森に出掛けた。そこはドングリが多く実る森である。兵士の一人ロルフが声を上げる。

「弓の上手い者を連れてきた方が良かったのでは?」

 二人の兵士は弓が苦手だった。その代わり身体が大きく力が強い。


「心配ない。僕たちには雷撃球があるだろ」

「しかし、雷撃球は近くでないと当たりませんよ」


「僕に任せてくれ」

 デニスが自信満々に言うので、ロルフたちは任せることにした。


 森は緑が濃く、雑草がびっしりと茂っている。その中に獣道があった。デニスたちは、その獣道を通って奥へ進む。


 ロルフが手で合図して獲物を見つけたことを知らせた。デニスがロルフが指し示した方角に目を向ける。大きなイノシシが何かを食べていた。デニスは『装甲』『雷撃』『加速』の真名を解放。


 デニスは兵士たちに待機の指示を出し、音を立てないようにイノシシに近づく。デニスが一五メートルほどまで距離を縮めた時、イノシシが顔を上げてデニスを見た。


「ハッ!」

 気合を発して、デニスが駆け出す。一歩目から『加速』で速度を上げた。迷宮のように魔源素濃度が濃い場所ではないので、加速の効きが悪い。


 それでも二歩、三歩と加速を重ねることで凄まじい速度に達した。イノシシは逃げようとして、デニスに背中を向ける。絶好のチャンスだ。


 デニスは駈けながら雷撃球を放った。それがイノシシの背中に命中し、大きな悲鳴を上げさせる。その雷撃球も威力が弱い。だが、イノシシをよろけさせるだけの威力があったようだ。


 常識を超えた速度に達したデニスは、そのままイノシシに突貫した。金剛棒を振り上げイノシシの頭に振り下ろす。移動速度に金剛棒の加速が加わり、凄まじい威力の一撃がイノシシの頭蓋骨を割った。


 デニスの身体が衝撃でふわりと浮き上がり宙を一回転する。スタッと着地したデニスはイノシシの様子を確かめた。血を吐いた獣は、地面に倒れている。


「お見事です」

 ロルフが駆け寄りナイフで喉を掻き切った。もう一人の兵士ヨーゼフがロープでイノシシの後ろ足を縛り、木の枝に吊るす。血抜きのためである。


「デニス様、あの突貫は凄まじかったですが、あれも真名術ですか?」

 ヨーゼフが声をかけた。デニスが頷く。


「お前たちも、ファングボアの『豪脚』を手に入れれば、同じようなことができるだろ」

「でも、ファングボアは影の森迷宮に行かないとダメじゃないですか」

「『豪脚』が欲しいのなら、暇になった時に連れて行って上げるよ」


 ヨーゼフは嬉しそうな顔をしなかった。

「暇になったらですか……いつになるやら」

 ここのところ、デニスはずーっと忙しくしていた。


 血抜きが終わりイノシシの死骸を持って帰るのは、ロルフとヨーゼフの仕事となった。デニスはイノシシを屋敷ではなく海岸に運んだ。


 屋敷に持って帰る前に内臓を取り出し解体する。内臓は汚れを海水で洗い流し、塩揉みした後に水に数時間さらして臭いを取ることにした。モツは新鮮なものが美味しいので、デニスの家族と兵士たちで食べることになった。


 屋敷に戻って、肉は骨に付けたまま切り分け、塩漬けにして保存する。ヨルン男爵をもてなすために必要な量は揃った。デニスはホッとして部屋に戻った。


 ロルフとヨーゼフは、内臓を屋敷の使用人に渡すと兵舎へ向かった。その兵舎で、デニスがどうやってイノシシを仕留めたかで話が弾んだ。


「弓矢も槍もなしで、あんな大きなイノシシを仕留めるなんて、デニス様は凄いよ」

「デニス様は『豪脚』があれば、同じことができると言われたんだな」

 従士長カルロスがロルフに確認した。ロルフが頷くのを見て、カルロスは自分たちも真名について調べなければ、と思った。


 ヨルン男爵の一行が、ユサラ川の対岸に現れた。兵士の一人が屋敷に知らせに走る。

「エグモント様、ヨルン男爵様がいらっしゃいました」


 デニスたちは出迎える準備をした。マーゴは綺麗な服を着せられて嬉しそうである。

 男爵の連れは、護衛が三人、男爵の息子が一人だった。息子は三男ハインツ、一二歳ほどの生意気そうな少年だ。


「ベネショフ領へ、ようこそ」

「エグモント殿、無理を言って済まなかったね」

 ヨルン男爵とエグモントが挨拶を交わした。エグモントは客室に案内し、荷物を置いた男爵たちをダイニングルームへ連れてきた。


 その日の夜は、塩漬け肉の塩を水で洗い流し、スペアリブのオーブン焼きでもてなす。男爵たちは満足してくれたようだ。


 翌日は塩田の見学である。塩田に案内されたヨルン男爵一行は、今までとは全然違う塩田の姿に驚いたようだ。

「こ、これがベネショフ塩田か、素晴らしい」

 男爵の呟きに、エグモントが満足そうに頷く。


 その中で一人だけ、塩田に興味がない者がいた。男爵の息子ハインツである。つまらなそうな顔で欠伸をしている。


 デニスは、その顔を見てまだまだ子供だなと思った。ただ勘のいいガキだったらしく、デニスに鋭い視線を向け、

「何だよ。その目は?」


「ハインツ君は、塩田には興味がないようですね。何か好きなものはありますか?」

「男は、強くなければならない。兵士たちの訓練には興味があるぞ」


「でしたら、この後に兵士の訓練を見に行きましょうか?」

 ハインツが答える前に男爵が、

「済まないね。私もダミアン匪賊団を倒した兵士たちの実力を見たかったのだ。これは楽しみだな、ハインツ」


 デニスはハインツだけに見学させるつもりだったのだが、男爵たちも兵士の訓練を見たいらしい。この押しの強さも一つの才能なのだろうか。領主には様々な才能が必要なようだ。


 とりあえず、塩田に関しては一通りの説明が終わったので、訓練場へ向かった。塩田に来たときより、男爵たちの足取りが軽い。ベネショフ領に来た目的は、本当に塩田だったのかと疑いたくなるほどだ。


 訓練場に到着。訓練場といっても、砂浜だった場所と松に似た木の林だった場所に囲いを作って、区別しただけのものである。


 砂浜には立ち木打ち用の丸太が、一〇〇本以上立てられている。以前はデニス用の丸太だけだったのに、随分と変わった。


 もう一つ変わった点は、兵士たちの武器だ。なぜか全員が長巻になっている。よほどアメリアたちの戦う姿が印象的だったのだろう。一人くらい自分の真似をする奴も───と思わないでもないデニスだった。


 訓練場では、試合形式の稽古である地稽古を行っていた。木剣や棒を使った地稽古は、他領でも普通に行われている。ただベネショフ領では、『装甲』の真名術を使った状態で、地稽古する点が違っていた。


 棒を使って地稽古をしているのだが、全力で打ち込んでも怪我をしないということを分かっている兵士は、本気で打ち込んでいた。


「見てみなさい、ハインツ。凄まじい稽古じゃないか」

 ハインツも稽古を見て同意した。だが、稽古している兵士の中に女の子がいるのに気づいた。


「父上、女の子も一緒に稽古していますよ。見た目ほど厳しくないのでは?」

 ヨルン男爵がエグモントに女の子は誰なのか尋ねた。

「あれは、私の娘とその友人です。お転婆で困っていますよ」


「ほう、中々強そうなお嬢さんですな」

 父親の言葉を聞いて、ハインツがムッとした表情をする。父親が他人を褒めたのが面白くないようだ。


「あんなの大したことないよ。僕の方が強い」

「だったら、あの地稽古に参加して、エグモント殿のお嬢さんと稽古してみたらどうだ」

 ヨルン男爵は笑いながら提案した。だが、その目だけは笑っていなかった。


 デニスは男爵の顔に視線を向けた。ヨルン男爵が何を考えているのか分からなかったからだ。ちょっとした余興ですよ、という男爵の言葉でハインツとアメリアが稽古をすることになった。



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