scene:51 ベネショフからの献上品
王都で行われた御前総会からベネショフ領に戻ったデニスは、一層忙しい日々を過ごしていた。流下式塩田を開発した褒美として、金貨二〇〇枚とベネショフ塩田をもう一枚分作る許可を国王からもらったことが関係している。
デニスはベネショフ領に戻ってすぐに、領民の力を借りて流下式塩田を倍に広げた。それと同時に歌の練習も始める。
日本のようにカラオケがないので雅也より苦労した。練習場所は岩山迷宮へ向かう道の途中にある空き地である。発声練習や日本の曲を歌っているのを、他人に聞かれたくなかったからだ。
雅也より時間がかかったが、『言霊』による転写が可能なほど歌が上手くなった。デニスは発光迷石を一〇個作った。
作った発光迷石を屋敷に持って帰ってエグモントに見せた。
「ほう、これが迷宮装飾品に使われている迷宮石か」
ダイニングルームで見せたので、アメリアが何だろうと寄ってきた。
「デニス兄さん、それは何?」
「これは発光迷石というものだ。ある言葉を唱えると光るんだぞ」
「本当に、見せて」
デニスは発光迷石をテーブルの上に置いた。母親のエリーゼも末娘のマーゴを抱いたまま寄ってきた。
「何が始まるの?」
「この石が光るのを見せてくれるって」
エリーゼはテーブルの上に散らばっている小さな石を見た。宝石のような形をしているが、宝石のような輝きはない。
「ライトアップ」
デニスは雅也と同じ起動文言を選んでいた。起動文言に反応した発光迷石が光を放つ。
「ほほう、思っていたより明るいものなんだな」
「うわーっ、キレイ」
「チレイ、チレイ」
エグモントとアメリア、マーゴが声を上げた。
「これをどうするつもりなの?」
エリーゼがデニスに尋ねた。
「これで照明を作ろうと思っているけど、このままじゃダメだろうから、どうしようか迷っているんだ」
エリーゼが、クリュフの細工職人に頼んでおしゃれなランプにしてはどうかと提案した。クリュフには腕の良い錫細工職人がいるらしい。
錫は錆びにくい安定した金属として知られている。デニスも迷宮で採掘したので知っていた。控えめながらも銀色の美しい光を放つ錫は、金属なのに優しい雰囲気を醸し出す素材だ。
デニスが賛成すると、クリュフの錫細工工房にイザークを使いに出すことをエグモントが決めた。
ランプの件についての話が終わると、エグモントがデニスを呼び寄せた。
「デニス、相談がある。この屋敷の修復を行いたいのだ」
屋敷の外観を思い出したデニスは、エグモントがそう思うのも当然だと思った。見た目も中身もボロボロだからだ。
エリーゼが費用のことを心配した。
「陛下から褒美をもらったから、大丈夫だ。それより、陛下にはベネショフ塩田を広めるために尽力すると申し上げている。これからベネショフ塩田を見学に来る者が増えると思う」
貴族の見学者が来た場合、泊める場所がない。ボロい屋敷に泊めるのは、さすがに失礼だ。屋敷には複数の客室があるが、今は使っていないので埃だらけの部屋になっている。
「ベネショフ領の大工だけでは足りないから、クリュフからも来てもらう。それでも足りない労働力は、兵士たちに手伝わせる」
エグモントは二月で屋敷の修復を終わらせたいと言う。デニスは修理だけでなく、少し改造させてもらうことにした。
庭の一部に風呂を作ることを提案したのだ。この屋敷にも風呂は存在する。小さな風呂桶と湯を沸かす釜が別々にあるタイプのものだ。
釜で湯を沸かし、風呂桶に移し替える手間がかかる。それに風呂桶が小さいので寛げないのが、デニスにとって不満だった。エグモントは風呂を承知した。
一〇日ほどすぎた頃、ランプが完成した。光を反射する傘ランプシェードと発光迷石を嵌め込んだリングを組み合わせたシンプルなランプになっていた。
デニスは発光迷石ランプを、ダイニングルームの天井にぶら下げた。マーゴは目をキラキラさせて夕方になるのを待った。
夕食の支度が終わり、外が紅く染まっている。マーゴが母親に、
「お母しゃん、もういい?」
「いいわよ」
マーゴは天井からぶら下げられている発光迷石ランプを見上げ、
「ライチョアップ」
そう言ったが、明かりは点かなかった。エリーゼは困ったという顔をする。
「お母しゃん、なんで?」
「そうね。お母さんと一緒に言ってみましょうか。一、二、三」
「ライチョアップ」「ライトアップ」
ランプが眩しい光を放ち始めた。その光はダイニングルームの隅々を照らす。マーゴは嬉しかったようで、母親に抱き着いた。
家族が集まり、夕食が始まった。明るいランプの下で食べる夕食は、一層美味しく感じられる。
「ランプ一つで、料理の味も美味しくなったようね」
エリーゼが呟いた。
デニスも同意する。料理に関しては、一年前に比べると段違いに美味しくなっている。塩や迷宮で手に入れた香辛料を使い始めていたからだ。
エグモントが食事をしながら、デニスに話しかけた。
「このランプは、高く売れるんじゃないか?」
「売れそうだけど、作るのが面倒なんです」
魔源素濃度が濃い場所、迷宮でないと魔源素結晶は作れない。だが、迷宮には魔物がいる。ある程度の範囲にいる魔物を退治することで安全を確保し、『結晶化』の真名を使って結晶を作製するという手順で作っていた。非常に効率が悪い。
しかも危険な場所での作業は、精神的にも負担になり大量には作れない。それが分かったので、積極的に発光迷石ランプを売る気になれなかった。
「なるほど、作るのは大変そうだな」
「それに、発光迷石ランプは高く売れないと思うんだ」
迷宮装飾品の中で一番安かったのが、発光リングと呼ばれる発光迷石を使った指輪だった。便利な道具だが、オイルランプなどで代用できるので、高額では売れないようだ。
発光迷石ランプも貴族や金持ちの贅沢品としてなら売れるだろう。だが、大量には売れないというのが、デニスの意見だった。
「あまり負担にならずに作れる個数というのは分かるか?」
「そうですね。月にランプ一個分かな」
「ならば、その分だけでいい。作ってくれないか」
「いいですけど、ランプを売って借金を返そうというの?」
「いや、ベネショフ領の特産品として、陛下に献上しようと思う」
エグモントの話によれば、貴族たちは自領の特産品を国王に献上し、ご機嫌取りをするという。ベネショフ領はもう何年も献上していないらしい。
「サンジュ油を特産品として献上しようと考えていたが、ランプの方が印象に残るだろう」
「そうですね」
デニスは国王へ献上する発光迷石ランプの製作を引き受けた。この時、デニス親子は発光迷石ランプの特異性を意識していなかった。
この国では、迷宮石を使った道具は装飾品しか作られていない。それには理由がある。効果を発揮するエネルギー源として魔勁素を必要としているからだ。
それ故、据え置き型のものは作られていない。デニスが作った発光迷石ランプは、この国で初めてのものだった。
それでも高値では売れないだろうというデニスの予想は当たっていた。照明という道具に、この国は高い価値を見出していなかったからだ。こればかりは国民性というしかない。
デニスは発光迷石三〇個を使った大きなランプと携帯用のカンテラに似たランプを作って国王に献上した。多くの献上品と一緒に白鳥城へ届けられた。
御前総会が終わった二ヶ月以内に貴族から献上品が届くのが通例である。その日も多くの献上品が国王の前に並べられた。
「例年通り、素晴らしい特産品の数々であるな」
「陛下、今年はベネショフ領からも届いております」
「ほう、ようやく献上品を送るほど余裕ができたということか」
国王の秘書官バルナバスが頷き、
「昨年は次期領主が替わり、今年の御前総会ではベネショフ塩田で大いに評価されました。そのことに対して、エグモント準男爵は感謝しているのでしょう」
「なるほど。それで何を贈ってきたのだ?」
「照明具のようでございます」
国王の前に発光迷石ランプが運ばれた。
「ん、これは珍しい形である。ロウソクを立てる部分がないようだが?」
バルナバス秘書官が、贈り物に添えられていた書状を読み上げた。
「なんと、迷宮石を使った照明具であったか。リングや腕輪はよく見るが、この形は珍しい。どうやって使うのだ?」
秘書官は発光迷石ランプを持ち上げ、起動文言が書かれている書状を陛下に渡した。
「ライトアップ」
秘書官が持っていたランプが眩しいほどの光を放った。国王は、その眩しい光に目を丸くした。ロウソクとは比べ物にならない明るさに驚いたのだ。
ランプを持っている秘書官が眩しさで目を開けていられず、
「陛下、もうよろしいでしょうか?」
「おお、すまぬ。ライトダウン」
明かりが消えたランプを秘書官はテーブルの上に置いた。
「バルナバス、そちは『魔勁素』の持ち主であったか?」
「いえ、持っておりません」
「ふむ、異国では『魔勁素』の持ち主でない者も使える迷宮装飾品があると聞いた覚えがある。エグモント準男爵は、異国からその技術を手に入れたのだろうか」
「ベネショフ領に密偵を放ち、調べさせましょうか?」
「いや、まだいい。このような贈り物をするところをみると、王家に対する忠誠心は高いようだ。再会した時に尋ねるとしよう」
とはいえ、ベネショフ領に注意を払わねばならない、と国王は考えた。




