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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第1章 明晰夢編
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scene:4 魔源素と魔勁素

 目を覚ますと、硬い寝台の上だった。デニスの部屋である。

「朝か、今日はどうするか」


 デニスは着替えて、ダイニングルームに向かう。

「デニス兄さん、おはよう。今日は遅かったのね」


 妹のアメリアが椅子に座って、食事を待っていた。

「そうだな。ちょっと疲れてたのかな」


 アメリアと話をしている途中に、父親のエグモントが起きてきたので朝食が始まった。またライ麦パンとしょっぱいスープである。


「もうちょっとうまいパンが食べたいな」

 デニスが呟くと、エグモントがジロリと睨んだ。


「贅沢を言うな。朝はライ麦パンで十分だ」

 この世界には小麦から作られた白いパンも存在する。農民にすれば贅沢品だが、貴族なら普通だ。ブリオネス家が貧しいだけである。


 食事を済ませ、今日も遅くなると家族に告げてから外へ出た。まず町の西側にある木工工房へ行き、武器の製作を頼んだ。


 よくしなる長い棒に、剣山のように釘を打ち付けた四角い板を繋ぎ合わせた武器である。形としてはハエ叩きに似ているが、先端部分は凶悪な剣山となっている。


 工房の親方であるフランツは、短時間で注文通りの武器を作り上げた。そして、出来上がったものを見て首を傾げる。

「こんなものを、何に使うんだ?」


 フランツとは、小さな子どもの頃からの付き合いである。言葉遣いは乱暴だが、腕のいい職人だ。デニスは苦笑いして、

「ちょっとスライム退治にね」

「はあっ……もしかして迷宮に行くのか?」

「ああ」


 フランツが呆れたような顔をする。危険な場所にわざわざ行くなんて気がしれないと考えているのだろう。確かに危険を犯して、迷宮内で金属を採掘しても多くの金属を持ち帰れるわけではない。


 デニスの体力では、一〇キロほどを持ち帰るのが限界なのだ。そのことについては、デニスも考えていた。昨夜書いておいた設計図をフランツに渡した


 それは小型リヤカーの設計図である。一〇〇キロほどを乗せられる小さなものだが、頑丈な設計になっている。

「これは……荷車とは違うんだな」

「リヤカーという荷車の一種だよ」


 フランツは、荷車とは少し異なる構造に興味を持ったようだ。

「ふむ、車軸が左右で独立しているのか。これだと車体を低くできるな」


 デニスが荷車でなく、車軸が左右で独立しているリヤカーを選んだのは、車体を低くすることで重い金属を楽に乗せられるようにと考えたのだ。


「それって、いくらだ?」

「値段か。そうだな……三日もあれば作れるだろうから、武器の代金も含めて大銀貨三枚でいいぞ」

 デニスは予想より高かったので、顔をしかめた。


「支払いは月末でいい?」

「ああ、きっちり払ってもらえるなら、構わんぞ」


 デニスは約束して、武器を持って外へ出た。このハエ叩きに剣山を付けたような武器は『ネイルロッド』と名付けた。


 また一時間半ほどかけて岩山迷宮へと行った。中に入ると鉱床を目指す。途中、魔物に遭遇。緑スライムである。


 スライムには緑・赤・黒・金という色別に種類がある。この順序で希少になり、一般的に遭遇するのは緑スライムとなる。書斎にあった真名術の本によれば、緑スライムは『魔勁素まけいそ』と呼ばれる真名を持っているらしい。


 この『魔勁素』の真名は、真名術の基本であり必ず手に入れる必要がある。この真名があれば、体内に存在する魔勁素が感じられるようになるのだ。


 デニスはネイルロッドを構え、這い寄ってくる緑スライムを待つ。間合いに入った瞬間、ネイルロッドを振り下ろした。スライムの中央に釘の山が命中し、それぞれの切っ先がスライムを突き刺す。


 そのどれかが、スライムの核に刺さったらしい。緑スライムが力を失い消えてゆく。

「一発で仕留められたか。こいつはいい」

 新しい武器の手応えに喜んだ。ただ今回も真名は手に入らなかった。


 デニスもそうだが、雅也もクジ運が悪く賭け事は負けてばかりである。真名の入手にもクジ運の悪さが影響しているのかもしれない。


 鉱床のある小ドーム空間に辿り着いたのは、探索を始めて二時間ほど経過していただろうか。そこに到着するまで五匹の緑スライムと遭遇し倒していた。小ドーム空間を覗くと、緑スライムが五匹ほどが這い回っている。


「これくらいなら、大丈夫そうだな」

 デニスは中に入り、スライムを倒し始めた。新しい武器のネイルロッドが威力を発揮する。近付いてくるスライムに剣山のような凶器を叩き込む。


 ほとんど一発で核を打ち抜いた。四匹を仕留め最後の一匹に止めを刺した時、上の方で何か気配がした。次の瞬間、スライムの雨が降り注ぐ。


「わっ……ひゃっ………」

 変な声を出しながら逃げ回る。五〇匹ほどのスライムが天井に張り付いていたようだ。そのスライムが一斉に天井からダイブしたらしい。


 デニスはネイルロッドを滅茶苦茶に振り回した。右足に強烈な痛みが走る。見ると、緑スライムがよじ登ろうとしていた。


「わっ」

 デニスは半狂乱になって戦い続けた。這い寄るスライムにネイルロッドを振り下ろし、攻撃するスライムから跳び上がって避ける。


「はあ……はあ……」

 三〇分ほど戦い続けたデニスは、体力が尽きようとしていた。武器を振り回す腕が重くなり、素早い動きができなくなる。


 スライムの数は数匹にまで減っていた。ふらふらになりながら攻撃を繰り返す。頭は疲労で霧がかかったようになっている。


 機械的に武器を振り下ろし、最後の一匹に止めを刺した。その後で、最後の一匹が黒いスライムだったことに気付いた。


「あっ……しまった」

 真名術の本に、スライムから得られる真名に関して注意事項が書かれていた。黒スライムに手を出してはならないというものだ。


 デニスの頭の中に、何かが浮かび上がった。それは文字であるのだが、三次元では表せないようなものだった。バーコードの一種であるQRコードを三次元化し、それに何かが追加されているような感じである。


 わけの分からないものなのだが、デニスには何を意味しているのか分かった。それは『魔源素まげんそ』を意味する真名文字だった。


 真名文字には、存在や原理、現象の概念と真の姿が込められている。デニスは魔源素が何かを理解した。魔源素は真名術で使われる真力しんりょくと呼ばれる未知エネルギーの原形だった。


 魔源素は粒子であり未知のエネルギーでもある。その魔源素が生物の体内に入ると、魔勁素に変化する。真名術に使われる力は、魔勁素が真力に変換されたものだ。


「体内にある魔勁素を感じ取り、制御することで真名術が発動すると、本には書かれていた。そうすると魔源素と真名術の関係はどうなる?」


 デニスは体内にある魔勁素を感じようとしてみた。残念なことに、何も感じられない。

「魔勁素と魔源素の違いを調べなきゃならないな。だが、今は亜鉛だ」


 デニスは亜鉛の結晶を掘り始めた。一〇キロほどを採掘しリュックに入れる。重いリュックを担ぎ戻り始めた。迷宮を脱出し、ベネショフに戻ったのは夕方だった。


 屋敷に戻って書斎に向かう。真名術の本を取り出し調べ始める。『魔源素』の真名が厄介なものだというのが分かった。この真名を得た者は『魔勁素』の真名を取得できなくなるらしい。


 真名の中には、磁石の同極が反発するように、反発し合う真名があるらしい。その代表格が『魔源素』と『魔勁素』だった。


「これはまずいんじゃないか」

 真名術は体内にある魔勁素を基礎として、組み立てられた術式体系である。その魔勁素を感じ取れないのでは、真名術が使えない。


「待てよ。本当に使えないんだろうか?」

 体内の魔勁素ではなく、体外にある魔源素で真名術を発動する方法があるかもしれない。試してみる価値はあるとデニスは考えた。



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イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
新規参読。 やはり安定の面白さですね。 さてどうなりますか、楽しみ。
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