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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:47 カラオケとボイストレーニング

 白鳥城の大広間で本会議が終わったのは、太陽が地平線に沈もうとしている頃だった。

 エグモントが疲れた顔で大広間から出てきた。デニスはランドルフたちと一緒に出迎える。


「終わったぞ。帰ろう」

 エグモントの言葉にデニスは頷いた。他の貴族たちは馬車に乗って去っていった。残ったのは、ベネショフ領と同じ貧しい領地を経営する貴族たちだ。


 彼らは城門を出るととぼとぼと歩いて宿に向かう。その中に王都貴族と呼ばれる領地を持たない貴族の姿はなかった。王都貴族は御前総会には出席しないからだ。

 基本的に彼らに給金を出しているのは王家であり、チェックする必要がないからだ。


 デニスたちも歩いてグスタフ男爵の屋敷に向かう。王都の街も夜になると暗い。貴族の中にはカンテラを用意してきた者もいて、ガラスの中で揺らめく炎が見えた。


 デニスは『発光』の真名術で光球を作り出し明かりとした。

「便利な真名術だ。そういう真名術を使える者が増えたらいいんだが」

「真名術より、迷宮装飾品のような道具があればいいと思う」


 エグモントが笑った。

「迷宮装飾品がいくらすると思っている。真名を手に入れるより、迷宮装飾品を手に入れる方が難しいぞ」

 それはデニスも分かっていた。しかも迷宮装飾品は使う人間を選ぶ。『魔勁素』の真名を持つ者でないと使えないのだ。


 それ故だろうか、『魔勁素』の真名を手に入れるためだけに、迷宮に潜ってスライムを倒す貴族や金持ちもいる。


 それを考えると、迷宮装飾品の数を増やしても庶民が使えるほど普及しないだろう。迷宮装飾品には無限の可能性を感じるが、地球の電気製品と同じような存在とはならない。



 デニスたちは王都で二日ほど買い物したり休養したりしてから、ベネショフ領に戻った。

 一〇日ほどでベネショフ領が見えるところまで辿り着き、ユサラ川を渡る。ベネショフの町が見えてきた。貧しい町だ。


 建物は例外なく木製であり、古ぼけている。どの家も雨漏りの心配が必要で、衣服も足りなかった。昨年は全国的に豊作だったので、今年の食料は心配しなくていいだろう。


 だが、今年も豊作だとは限らない。不作あるいは凶作だった場合を想定して、対策を考えないとダメだろう。そんな事を考えながら、デニスは屋敷に戻った。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 アメリカに一〇〇〇個の魔源素結晶を売った雅也は、歌の件で小雪に相談した。

「歌が上手くなりたいのなら、カラオケ教室やボイストレーニングをやったらいいんじゃない」


「やっぱり、そうなるのか。何か恥ずかしいんだよな」

「真名術に必要なんでしょ。私がいい先生を探してあげますよ」


 小雪は本当に評判のいいボイストレーナーとカラオケ教室を探してきてくれた。カラオケ教室の先生によれば、雅也のリズム感は悪くないらしい。


 カラオケ教室で歌ったり一人カラオケをしているうちに、声が出るようになった。試しに小雪に聞かせて評価してもらった。結果は普通というものだ。


 小雪に普通と言われたからだろうか、雅也は真剣に歌に取り組み始めた。探偵の仕事は仁木と冬彦に任せ、歌に熱中した。


 それからの雅也の集中力は凄まじいものがあった。ボイストレーニングも始めるようになり、正しい声の出し方も学んだ。


 ボイストレーナーから最初に言われたのは、正しい音程を耳で聞き分けられるようになれというものだ。雅也は自分の歌を録音し聞いてみた。


「これが……俺の歌。なるほど、普通だな」

 音痴というほどではないが、上手いというほどでもない。それから歌いながら、自分の声に注意を向けるようになった。


 そうすると、音程が正しいかどうかを判断できるようになった。その頃から雅也の歌は大きく進歩を始めた。段々と歌うことが楽しくなる。


 ボイストレーナーからテクニックも学んだ。基礎となる声の出し方から、しゃくり、ビブラート、こぶし、フォールなどを学ぶ。


 最後に裏声についても学んだ。裏声には、ファルセット・ヘッドボイス・ミックスボイスの三種類あるそうだ。ボイストレーナーが違いを聞かせてくれたので、理解し自分でも出せるようになった。


 猛練習をした成果である。猛練習で喉が潰れるということはなかった。宮坂流の稽古で気合を発していたせいだろうか、喉は強いようだ。


 テクニックを覚える雅也の早さは、異常だとボイストレーナーが言っていた。だが、ボイストレーナーもカラオケ教室の先生も歌が上手くなったとは言ってくれない。


「表現力の問題かな。聖谷さんは歌で感情を表すのが下手なようだ」

 カラオケ教室の先生から言われた言葉だ。雅也にしてみれば、音程を間違わずにテクニックも入れながら歌うだけで精一杯なのである。


 技術的なことは十分だから、後はプロの歌や演奏を聞いたり、感動的な映画やドラマを見た方が良いと言われた。建設会社に入社してから、忙しすぎて映画にも行かなかったのを思い出す。

 そこで冬彦と小雪に相談した。自分ではどんなものが感動的な映画なのか分からなかったからだ。


 小雪は日本のアニメ映画、冬彦はアクション映画が好きらしい。

「ちょっと待て、冬彦が名前を上げた作品は、ほとんどアクション映画じゃないか。俺は感動的な映画と言ったんだぞ」


「そうだよ。あれを観れば、素晴らしいアクションに絶対感動するって」

 雅也は呆れたように冬彦を見る。

「お前に聞いた俺が、馬鹿だった」


 冬彦のことは別にして、雅也は久しぶりにゆっくりと映画やコンサートを観て聞いて感動を味わった。それが刺激となって過去の甘酸っぱい思い出や死別した友人のことを思い出す。


 それだけではない。デニスが経験した苦い思い出やベネショフ領で亡くなったデニスの友人たちも記憶の中から浮かび上がる。衛生状態が劣悪で、医療も発達していないベネショフ領では、子供の死亡率が高い。デニスの遊び仲間も何人か死んでいた。


 雅也は自分の中に様々な感情が埋もれていたことに気づいた。この感情を歌に乗せることができれば、カラオケ教室の先生も合格点を付けてくれるかもしれない。


 雅也は転写の真名術を試すためにカラオケに行こうと思い、小雪を誘った。

「奢りなら行きます。言っておきますけど、デートじゃないですからね」


 駅前のカラオケに行った雅也たちは、準備運動ということで何曲か歌う。小雪はびっくりして目を丸くする。

「凄いですね。別人のように上手くなってます」


 雅也の声に独特な響きが生まれていた。その声は雅也の中に元々存在したものなのだが、ボイストレーニングをすることで顕著になり、表面に出てきたものだ。


「猛練習したんだ。上手くなっていないと困る」

 小雪は雅也の声にゾクリとするものを感じていた。

「上手くなっただけじゃなく、何か人を惹き付ける声になってますよ」


 雅也は首を傾げる。自分では声が変わったことを認識していなかったからだ。

「小雪さんに上手くなったと認めてもらえたところで、転写の真名術を確かめてみよう」


 雅也は魔源素結晶を用意して、テーブルの上に置いた。選んだ曲は、アニメ映画の主題歌になった曲で、本来はデュエット曲である。小雪が光や夏を連想するならこれだと選んだものだ。


 イントロでピアノの音が切ないリズムを刻んでいく。雅也は『言霊』と『発光』の真名を解放した。雅也の声が狭い部屋の中に響き渡る。


「あっ」

 小雪は小さな声を上げた。雅也の一声めが小雪の心に衝撃を与えたからだ。その脳裏には勝手に打ち上げ花火と夏の風景が浮かび上がる。


 主旋律に乗った歌声と歌詞が小雪の精神を刺激し、記憶の中から夏の情景を次々に脳裏に浮かび上がらせ消える。小雪は息をするのも忘れるほど、その歌声に魅了された。


 女性のパートを歌う雅也の声にも違和感を感じない。雅也は高音部をファルセットを使って歌っていた。その完成度は高く安定している。


 曲が終わった時、テーブルに置かれた魔源素結晶が黄色から青白い色に変化していた。


 小雪は雅也の声から解放されぐったりしていた。雅也は小雪の様子に気づいて、心配そうに声を上げる。

「どうした。気分でも悪いのか?」

「はあっ、何を言っているんです。雅也さんの歌のせいですよ」


「俺の歌だって……あっ、魔源素結晶が変わっている」

 雅也はテーブルの上の魔源素結晶を摘み上げた。その色の変化と込められている力を感じた。


 小雪も覗き込んだ。

「成功したんですか?」

「そうらしい。試してみよう」


 雅也は魔源素結晶を見詰めながら声を出す。

「ライトアップ」

 魔源素結晶が太陽のように光り始める。それは小さいけれど真夏の太陽の光だった。



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【書籍化報告】

カクヨム連載中の『生活魔法使いの下剋上』が書籍販売中です

イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[一言] 米津玄師、DAOKOの「打上花火」ですね。名曲だと思います。
[良い点] 良いね♪
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