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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:44 発光と転写

 『迷宮装飾品作り入門』という本を買った夜。夕食を済ませ部屋に戻ったデニスは、無意識に照明のスイッチを探している自分に気づいた。


 雅也の世界の常識で、身体が動いてしまったらしい。苦笑いしたデニスは、照明が欲しいと思った。買った本を読みたかったのだ。


 クリュフまで来た目的は、魔源素結晶が何に使われるのか調べるというものだった。それは工房のノアベルトから聞いて判明した。


 このまま帰るのは、もったいない。というのは建前で、照明が欲しかった。『発光』の真名を手に入れたかった。なので、影の森迷宮に潜ることにした。


 翌朝、祖父とイザーク、ゲレオンを呼んで、影の森迷宮へ潜ることを告げた。

「しかし、侯爵様の許可が必要なのでは?」

 ゲレオンの指摘に、デニスは笑顔で応える。


「心配ない。ちゃんと許可証はもらってある」

 ドライアドの実を採りに行った時にもらった許可証がある。この許可証は、通常迷宮探索者チームに対して発行されるもので、チームリーダーが許可証を持っていれば、チーム全員が入れる。


「大丈夫なのか。八区画には、ファングボアがいるんだぞ」

 イェルクが心配して声を上げた。ファングボアは強力な脚を活かして突進し、口から伸びた鋭利な牙で突き刺すという攻撃を仕掛ける魔物である。


「心配は不要です。デニス様が、ファングボア程度で怪我をされるなど考えられません」

 イザークが断言するように言う。


 信頼してくれるのは、デニスにとって嬉しい。しかし、それが油断に繋がらないかが心配だった。イザークは、深く考えずに行動する癖があるからだ。


 デニスたちは、影の森迷宮へ向かった。八区画は影の森迷宮の北西側に入り口があり、やはり侯爵の兵士が門番をしていた。


「ご苦労さまです。これが許可証です」

 門番は許可証を確かめ、デニスたちを通した。


 デニスの武器は金剛棒、従士たちの武器は長巻である。刀身が両刃の直剣という点で、もはや長巻とは呼べない武器なのだが、この世界では長巻という名前で広まってしまった。


 迷宮に入って一〇分ほどは、魔物と遭遇しなかった。だが、それをすぎた頃から、次々にファングボアと遭遇する。


 影の森迷宮には網の目のような獣道が存在する。その獣道は迷宮探索者によって念入りに調べられており、迷宮探索者が避けるべきだと言われる獣道もある。


 通称『ファングボアの道』と呼ばれる獣道だ。デニスたちは、その獣道を選んだ。ゲレオンとイザークが、ファングボアの真名を手に入れたいと望んだからだ。


 デニスたちは鎧トカゲを倒す時の戦術を使った。雷撃球攻撃の一斉攻撃で魔物を弱らせ、その弱点を攻撃して仕留めるという戦術である。


 雷撃球攻撃はファングボアにも有効だった。雷撃球によりダメージを受けた魔物は、突進の勢いのまま地面を転がり、弱点である腹部をさらして倒れた。


 そこをすかさず仕留めたデニスたちは、大量のファングボアを倒した。おかげでゲレオンが『豪脚』の真名を手に入れる。


 新しい真名を手に入れたゲレオンを見て、イザークは一層張り切る。次々にファングボアを仕留め、同じ真名を手に入れた。


 ゲレオンとイザークは、デニスの狙いが『豪脚』でないのを知っているので、積極的に狩ったのだ。それに許可証を持っているデニスならば、いつでも狩りにこれるが、二人は違う。


 おかげでデニスは『豪脚』の真名を手に入れられず、吸血ホタルが住む川まで辿り着いた。この川沿いにあるトネリコに似た樹の林に住み着いているらしい。


「ここに住む吸血ホタルから、絶対手に入れたい真名がある。吸血ホタルの止めは僕に任せてくれ」

「分かりました」

「いいですよ」


 デニスは近くにある樹に体当りした。バサッと音がして樹が大きく揺れる。上から何かが落ちてきた。大きなコウモリほどもある虫だった。


「油断するな。吸血ホタルだ。噛まれると血を吸われるぞ」

 デニスは警告してから、吸血ホタルに襲いかかる。震粒刃など必要なかった。重量のある金剛棒で吸血ホタルを叩くと外殻がへこみ絶命する。


 ゲレオンとイザークが、樹に体当たりを始めた。三本に一本ほどの割合で、吸血ホタルは落ちてくる。デニスは無我夢中で昆虫型魔物を攻撃した。


 三〇匹ほど仕留めた時、デニスの頭に真名が飛び込んできた。

「やった。手に入れたぞ」


 その声を聞いたゲレオンとイザークは、ホッとしたような顔を見せる。

「おめでとうございます」

「ああ、二人のおかげだよ」


 デニスは礼を言って、戻ろうと伝えた。戻る途中、別の迷宮探索者チームと会った。四人組のチームで、全員が一〇代後半の若者だと思われる。


「よう、あんたたちも迷宮探索者か?」

「違う。我々はベネショフ領の兵士だ」

 チームのリーダーらしい若者の質問に、ゲレオンが代表して答えた。デニスのことは、伏せることにしたようだ。


「分かった。ファングボアの真名が目当てだろ。手に入ったんか?」

「私とこいつは、手に入れた」

「ふん、先輩が先ってことか。新入りは大変だな」

 笑いながら探索者チームは去っていった。彼らの狙いは、八区画に繁殖している胡椒の採取だろう。


「胡椒か。岩山迷宮で見つかるといいんだけど」

 デニスが羨ましそうに言う。ゲレオンが離れていく探索者チームをチラリと見てから告げる。

「七階層に期待するしかありませんね」


 七階層へ行くには、オーガを倒すしかない。だが、今のデニスやベネショフの兵士では力不足だ。六階層の活用を調査しながら、腕を磨くしかないと分かっている。


 迷宮を抜け出し、イェルクの屋敷に戻った。

「怪我はしていないようだな……無事で良かった」

 イェルクが心配していたようだ。


「目的の真名は、手に入れられたのか?」

「はい」

 デニスはイェルクに感謝し、翌朝にはクリュフを去ることを告げた。


「もう少しゆっくりすれば、いいではないか」

「そろそろ御前総会の時期だからね。帰って準備をしなければ」

「そうか」


 ベネショフに帰ったデニスは、『発光』の真名を試し光球を作り出せることを確認した。但し、テニスボール大である。迷宮より魔源素濃度が低いからだ。それでも光球は、照明として十分に使える。


 光球は真力が供給されるかぎり消えない。通常は魔勁素から供給されるので、術者の魔勁素蓄積量により使える時間が変わる。


 デニスの場合、空気中の魔源素が真力の供給源となっているので、部屋の中にある魔源素がなくなるまで消えない。ちなみに、窓を締め切ったデニスの部屋だと二時間ほどが限度のようだ。


 デニスが光球を使うようになると、まずアメリアが気づいてデニスの部屋に来るようになった。昼間は迷宮へ行ったりして忙しいので、夜に本を読んで勉強をしようと考えたらしい。


 アメリアは一五歳になったら、王都の王立ゼルマン学院淑女科に入りたいそうだ。イェルクの屋敷に行った時、従姉妹いとこから淑女科の話を聞いて入りたいと思ったという。

 そのためには金が必要だというのもアメリアは理解している。だから、昼間は迷宮で働くつもりでいるようだ。


 次にマーゴが来るようになった。真っ暗な部屋は怖いらしい。マーゴが来るとエリーゼも来るようになる。そうなると部屋が狭く感じられる。デニスは、夕食後ダイニングルームで過ごすようになった。


 そうすると、照明用の油を節約するためだと言って、エグモントもダイニングルームで仕事をするようになる。デニスはちゃんとした照明器具が欲しいと思うようになった。


 そのためには問題がある。───歌だ。『迷宮装飾品作り入門』を読んで、どういう曲を歌えばいいか考えてみた。選曲は難しくはないらしい。『発光』ならば、光を連想する歌でいいらしく、太陽や明るい夏を歌ったもので構わないようだ。


 試しに童謡の中で太陽を主題にした曲を選んで歌ってみた。もちろん、魔源素結晶を用意し『言霊』を解放した状態でだ。


 転写に失敗した。『言霊』に秘められている力を使った転写の真名術が起動した手応えを感じたので、選曲ミスではない。歌が合格レベルに達していなかったらしい。


 アメリアに歌を聞いてもらって感想を訊いた。アメリアは微妙な顔で、

「デニス兄さんは、やっぱり領主という仕事が合っているよ」

 そう言われた。領主に向いていると何回か言われている。だが、今回の言葉は、アメリアの気遣いである。デニスには、その気遣いが痛かった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 良いね♪
[気になる点] 転写に失敗した。転写の真名術が起動した手応えを感じたので、選曲ミスではない。歌が合格レベルに達していなかったらしい。 言霊の真名術で転写してるんですよね?
[一言] 始めは外れ能力っぽかったけど、案外魔源素優秀。 〉光球は真力が供給されるかぎり消えない。通常は魔勁素から供給されるので、術者の魔勁素蓄積量により使える時間が変わる。  デニスの場合、空気中の…
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