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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:43 迷宮装飾品

 日の出とともに目覚めたデニスは、朝の武術練習を終えた後、家族と一緒にゆっくりと朝食を食べた。幼い妹マーゴが小さな口を尖らせ、スプーンで掬った熱いスープに息を吐きかけている。


 マーゴはスプーンを口に運び、美味しそうに具がたくさん入った野菜スープを食べる。マーゴの傍らにいる母親のエリーゼが幸せそうに娘の世話をしていた。


 季節は冬、ダイニングルームのストーブでは、迷宮五階層から採掘してきた石炭が赤々とした炎を発して燃えている。


 冬のベネショフは、北の山から冷たい風が吹き下ろす。雪は大したことはないが、気温が零下となる日が続き、庶民にとっては厳しい季節となる。


 この地方の暖房は、一般庶民は囲炉裏で金持ちは暖炉やストーブというのが普通だ。この時期に囲炉裏を使っている一般庶民の家は、家中が煤だらけとなる。

 ただ隙間風の入る家がほとんどだったので、一酸化炭素中毒の心配は要らないようだ。


 冬服は綿入りの上着が一般的で、金持ちや猟師は毛皮の服を着ていた。今、ベネショフで流行っているのは、迷宮六階層のコボルトがドロップアイテムとして残す毛皮を使った服だ。


 あまり強靭なものではないので、防具としては使えない。だが、断熱効果が優れており、コートなどにすると温かいのだ。


 二〇匹倒すと一回ほどドロップするという確率なので、兵士たちの中にはコボルトだけを狙って狩る者が増えた。ちょうど二匹分の毛皮で、大人用のコートが作れるようで、兵士のコートは全部コボルトコートに変わってしまった。


 それでも兵士たちはコボルト狩りをやめない。家族の分も手に入れようとしているらしい。デニスの家では、アメリアがコボルト狩りをしていた。

 おかげでデニスもコボルトコートを着ている。


 アメリアが迷宮へ行く準備をしていた。

「また、迷宮へ行くのか。もう家族全員分のコートは揃ったじゃないか」

 デニスがアメリアに声をかけた。


「フィーネとヤスミンの家族の分がまだなの」

 フィーネとヤスミンの家族は多い。しばらくコボルト狩りが続くようだ。


「そうか、気をつけてな」

「はーい」

 アメリアは元気よく返事をすると、屋敷の外へ出た。


 残ったデニスは、書斎で魔源素結晶に似たものの記述がないか調べた。残念ながら見つからない。その代わり『発光』の真名をもたらす吸血ホタルと『投影』の真名をもたらす幻影トカゲの生息地が分かった。


 影の森迷宮の八区画に吸血ホタル、六区画に幻影トカゲが生息しているようだ。

「魔源素結晶の情報はなしか。残る手立ては、知っていそうな人に訊くしかないな」


 デニスは雑貨屋へ向かった。カスパルなら知っていそうな気がしたからだ。カスパルは笑顔で店番をしていた。

「おや、デニス様。今日は何かお売りに来られたのですか?」


「いや、カスパルの知識を借りに来たんだ」

「私の知識など知れていますが、何でしょう?」

「これを知っているか?」


 デニスは魔源素結晶を取り出して、カスパルに見せた。

「ん……これは小さいですが、迷宮石ですかね」


 迷宮石というのは、石炭や銅と同じように迷宮にある鉱床から産出されるものらしい。

「それで、何に使われているんだ?」


 カスパルの話によると、迷宮石は迷宮装飾品に使われるものだという。迷宮装飾品は様々な効能を持つ魔法のアイテムのような装飾品である。


「ここには、迷宮装飾品なんてないよな」

「当たり前です。安い物でも金貨二〇枚もするんですよ」


 貧乏な準男爵家には縁のなかった代物のようだ。迷宮装飾品をどうやって作るのか、カスパルに聞いてみたが、知らないようだ。中核都市クリュフには、一軒だけ迷宮装飾品を作る工房があるらしい。


 デニスは迷宮装飾品工房を視察に行くことにした。そのついでに、役に立ちそうな真名を手に入れるつもりである。


 そのことをエグモントに話した。エグモントは従士イザークとゲレオンを一緒に連れて行けと命じた。


 デニスはクリュフへ通じる街道を歩きながら、二人の従士に話しかける。

「二人とも済まないな。父上には一人でいいと言ったんだけども」

 ゲレオンが否定するように首を振る。

「エグモント様の命令は、当然です。デニス様は次期領主となられたのですから」


「そうだけど、クリュフへ行くだけだ」

「いつも迷宮では油断するな、とデニス様は言っているではないですか。ご自分が油断されて、どうするのです」


 ゲレオンに戒められ、デニスは苦笑した。クリュフまでの道中は何事もなく、無事に中核都市に到着。宿は祖父イェルクの屋敷に泊めてもらうつもりで来ていた。


 宿屋にしても良かったが、クリュフに来て宿に泊まれば、祖父に遠慮などするなと叱られる。祖父の屋敷で一泊し、疲れを取ったデニスは、祖父に案内されて迷宮装飾品工房へ向かう。


 病気が治り元気になったイェルクは、迷宮装飾品工房の工房長とは旧知の仲らしい。

「ノアベルト、いないのか?」

 工房に入ったイェルクが声を張り上げた。


 奥から小柄な老齢の男性が出てきた。

「あっ、イェルクじゃないか。死んだんじゃなかったのか」

「勝手に殺すな。この通り生きている」


 しばらくイェルクとノアベルトの雑談が交わされた。その後、イェルクがデニスを紹介する。

「ほう、祖父さんには似ず、賢そうな孫じゃないか」


 デニスはノアベルトに迷宮装飾品について尋ねた。ノアベルトは工房で作った迷宮装飾品を見せてくれた。それは指輪や腕輪、ピアスだ。


 普通の装飾品と違うのは、装飾品の一部に迷宮石が使われていることだ。その大きさは六ミリから八ミリが多い。しかも色が違う。デニスが作った魔源素結晶は黄色だが、迷宮装飾品に使われているものは赤や青などの色をしていた。


 デニスは自分が作った魔源素結晶をノアベルトに見せた。

「これは、小さな迷宮石ですな」

「でも、色が違うのはなぜです?」


 ノアベルトが笑った。

「それは、迷宮装飾品に使っているのが、加工済みの迷宮石だからです」


 迷宮石を加工するには、二つのものが必要らしい。一つは真名である。光る指輪を作りたいなら、『発光』の真名が必要だという。


 もう一つは真名の力を迷宮石に転写する技。それは『抽象化』『言霊』『転写』のどれかを使って真名の力を転写する真名術だという。


 迷宮装飾品を作る職人のほとんどは『抽象化』の真名を持ち、その真名術を使って、それぞれが持つ真名の力を転写する。しかし、『抽象化』の真名には問題があった。


 真名の持つ力の五割ほどしか転写できないそうなのだ。ちなみに『言霊』は七割で『転写』は十割である。それを考えると『転写』の真名を取得して、真名術を行うのがいいように思われるが、『転写』の真名を持つのは、七頭竜なのだ。


 容易に倒せるような魔物ではなかった。また七頭竜を倒せるような迷宮探索者が、迷宮装飾品を作る職人になるはずもない。


「『言霊』の真名を持っているんだけど、その転写というのはできるかな?」

「そうか。『言霊』の真名を……ところで、歌は上手いか?」


 意外なことを訊かれて、デニスは呆気にとられた。

「歌……どうして歌?」

「『言霊』の真名を使った転写の真名術は、歌う必要があるんだ。しかも、上手く歌う必要がある」


 何か理不尽なことを聞いて、デニスは混乱した。

「どんな歌を歌うんです?」

「転写する真名にふさわしい歌なら、どんなものでも構わん。但し、音痴は、この真名術を使えん」


 デニスも雅也も音痴ではないが、歌が上手いかというと疑問が残る。『抽象化』の真名を手に入れた方が良いかもしれない。


「ノアベルトさんは、『抽象化』の真名をどこで手に入れたんです?」

「鉱山都市クムの近くにある迷宮だ」


 クムは王都の南東にある都市だ。デニスが一生行くことはないだろうと思っていた場所だった。『抽象化』の真名は、すぐに手に入りそうもない。


 デニスは迷宮装飾品を作る職人の秘密というべき情報を、簡単に教えてくれたので不思議に思って確認した。

「話したことは、秘密じゃないからだ。『迷宮装飾品作り入門』という本に書いてある」


 工房からの帰りに、本屋へ立ち寄ったデニスは、『迷宮装飾品作り入門』を探した。

「金貨二枚か。高いな」

 本屋の店主に安くならないか交渉したがダメだった。仕方なく金貨二枚で買う。


 イェルクがデニスの買った本をチラリと見て、

「ベネショフの迷宮で、迷宮石の鉱床でも発見したのか?」

「違いますよ。迷宮装飾品が作れるようになったら、借金の返済も早くなるのに、と考えただけです」

「いろいろ考えておるのだな。ベネショフ領の将来は安泰だ」


 全然安泰ではなかった。まだまだ借金が残っているのだから。



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イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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― 新着の感想 ―
[良い点] 良いね♪
[気になる点] 迷宮石を加工するには、二つのものが必要らしい。一つは真名である。光る指輪を作りたいなら、『発光』の真名が必要だという。  もう一つは真名の力を迷宮石に転写する技。それは『抽象化』『言…
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