scene:42 アメリカ政府の注文
雅也は神原教授に誘われてトンダ自動車の研究所へ来ていた。雅也は、マナテクノの創業者という肩書になっている。
トンダ自動車のプロジェクト担当となっている明石という青年が、研究所を案内してくれた。研究所では、動真力機関の高出力化について研究しているようだ。
「ここでは、御社から提供された微小魔源素結晶を使って、動真力エンジンの開発を行っています」
明石は若いが、プロジェクトの連絡係を任されているほど優秀な社員のようだ。
雅也は気軽に質問することにした。
「空飛ぶバス、いや、『ウインドクルーザー』に使われるエンジンは、どれほどの大きさになるんだ?」
開発中の空飛ぶバスは、『ウインドクルーザー』という名称が付けられている。
「まだ、開発中なので確定はしていないのですが、浮力発生エンジンは直径二メートルほどになると予想されています」
「直径二メートルか、大きいな。浮力発生エンジンと言ったけど、種類があるのか?」
「浮力発生エンジン、推力エンジン、旋回エンジンを搭載することで、巡航速度が時速五〇〇キロになるのを目指しています」
ジャンボジェットの巡航速度が時速八〇〇から九〇〇キロ、ヘリコプターが時速三〇〇キロほどなので、十分な速度だ。
雅也はジャンボジェットの巡航速度と比べたので、中途半端な性能に思えた。
「ウインドクルーザーは、売れるのか?」
「売れますよ。通常のジェット機と違って、維持費が圧倒的に安くなるはずですから」
ジェット機のエンジンは、複雑で整備に時間と費用がかかる。だが、動真力機関はシンプルで整備も簡単だという。
「トンダ自動車は、ウインドクルーザー以外に何か考えているの?」
「若手社員から、スカイカーやホバーバイクを開発しようという提案が出されています」
アニメやSF映画の影響だろうか。若手らしい提案だ。
雅也は微小魔源素結晶の製造がどうなっているのか気になった。大量生産する工場の建設場所が決まったばかりという段階だからだ。
「教授、微小魔源素結晶の供給は順調なの?」
神原教授は自信あり気な態度をとった。
「今の段階だと、トンダ自動車や川菱重工の研究所で使う分だけだから、研究室の装置で十分間に合う」
それを聞いた明石は、尊敬の眼差しを神原教授に向けた。
「動真力機関……凄いですよね。今世紀最大の発明じゃないですか」
本当に神原教授を尊敬しているようだ。
「今世紀最大の発明というのは、言いすぎだよ」
「そんなことはないです。この発明をアメリカが知ったら、大統領が飛んできて、神原先生をアメリカにスカウトしようとしますよ」
アメリカ大統領が、神原教授に対して三顧の礼をとる姿を想像して、雅也は愉快な気分になった。
「こちらです」
明石がある研究室に案内した。そこにはウインドクルーザーの模型があった。それを見た雅也が呟く。
「先頭部分は新幹線の七〇〇系に似ている」
従来の飛行機やヘリコプターと違うのは、翼もローターもないということだ。一見するとエンジンもないように見える。
エンジンである動真力機関は機体内部に設置され、内側から推進力や浮力を発生させる仕組みになっている。着陸脚は四つ、格納式ではないようだ。
「着陸脚を格納式にしなかったのは、なぜかな?」
神原教授が尋ねた。明石は笑いながら、
「格納式にすると、内部スペースが減ります。それより荷物の格納庫にしたいという意見が多かったのです」
明石の説明を聞いて、速度に影響はないのか、教授が尋ねた。着陸脚の航空力学的な影響は限定的で、速度に大きな影響はないらしい。
研究所を見学して回った雅也たちは、最後に明石から嫌な話を聞いた。この研究所のサーバーへ不正アクセスしようとする攻撃を受けたようだ。
「ウインドクルーザーのプロジェクトは、別のサーバーになっているので大丈夫でしたが、通常業務のサーバーがダウンして業務が止まる被害があったようです」
明石はマナテクノのサーバーは大丈夫か心配しているようだ。
マナテクノのサーバーは、物部グループの子会社であるセキュリティ対策専門会社が提供したサーバーとセキュリティシステムを採用しており、普通の会社よりセキュリティ対策は厳重である。
トンダ自動車も同程度のセキュリティ対策をしているが、サーバー攻撃で危機感を持った。そこでより高度なセキュリティ対策を構築するために、川菱重工と協力して新しいセキュリティチームを発足させるようだ。
マナテクノも参加してはどうかと誘われ、教授は承知した。
トンダ自動車の研究所を見学してから数日後、選考会で知り合った仁木から連絡が来た。『嗅覚』の真名を手に入れたという知らせである。
雅也は冬彦に相談し、仁木を探偵事務所で雇うことにした。仁木は事務仕事には全く向いていないが、身体を使う仕事はすぐに覚えた。
探偵事務所の大きな収入源となっている迷子ペット探しでも活躍するようになり、冬彦も満足そうだ。
選考会で知り合ったもう一人の男坂美咲は、今の派遣契約が切れた時点で、マナテクノに入社してもらうことになった。
美咲はすぐにでもマナテクノへ来たがったのだが、派遣先に迷惑がかかるようなので派遣会社と相談して、契約終了後にということになった。
美咲はそういう責任感が強い性格であり、雅也はマナテクノに入れると決断して正解だったと満足する。
そんな忙しくはあるが、順調な日々が続いた頃。
神原教授から、マナテクノにとんでもない注文が来たと連絡が入った。雅也は、本社のある逆玉町に向かう。
逆玉町は『ぎゃくたま』ではなく『さかたま』と読む。ただマナテクノの社員は、トンダ自動車と川菱重工と組んだことで、やっぱり『ぎゃくたま』だったんじゃないかと冗談を言っている。
マナテクノの本社もセキュリティが厳重になり、警備員が増えたようだ。総務部に取材させて欲しいという申し込みが増え、対応に困っていると聞く。
社長室へ行くと、神原教授と中園専務が話をしていた。
「とんでもない注文というのは、どんなものなんです?」
雅也の質問に、中園専務が答える。
「それが、アメリカからの注文なんです」
「今までにもアメリカからの注文は、あったんでしょ」
「ええ、ありました。ですが、それは魔源素結晶一〇個単位の注文だったんです」
今回の注文は、魔源素結晶一〇〇〇個の注文だという。
「しかも、アメリカ政府からの直接注文なんですよ」
神原教授が口を挟んだ。
「一〇〇〇個というのは、多すぎる。儂が少し待ってもらうように言ったんだ。そうしたら、価格を倍にしてもいいから優先してくれと言い出した」
雅也は不自然な注文に疑問を持った。研究用ならば一〇個程度で十分なのだ。これだけの数を一度に注文するということは───。
「まさか……アメリカは魔源素結晶の活用方法を発見したのか?」
その発言に、神原教授と中園専務は驚いた。
「そうか、その可能性は大きいですね」
中園専務が賛同する。
神原教授は、悔しそうな顔を見せた。
「我々が販売しているものなのに、先に活用方法を発見されたというのは、何だか悔しいね」
中園専務が雅也に視線を向けた。魔源素結晶を製作しているのが、雅也だと知っているのは、マナテクノの中で教授を除いて中園専務だけなのだ。
「聖谷さん、どういたしましょうか?」
「一〇〇〇個か……多いな」
「ですが、一個が一〇〇万円で一〇〇〇個なら、一〇億円の売上ですよ」
雅也は迷った。一〇億円の売上は、マナテクノにとって大きい。飛躍するマナテクノにとって、一〇億円あれば大きな設備投資ができる。
そうすれば、マナテクノは予定より早く成長する。大部分の株式を持つ雅也にとっても、チャンスなのだ。
「分かった。その注文を受けよう。俺は山籠りでもして、魔源素結晶を作るよ」
不思議なことに、風の強い山で『結晶化』の真名術を使うと調子がいいのだ。雅也は近くの山にある貸別荘を借りて、魔源素結晶の製作に励んだ。
注文数の魔源素結晶を製作するのに四日が必要だった。精神的にも肉体的にも疲れた雅也が山から戻り、神原教授に魔源素結晶を渡した。
「だいぶ疲れたようだな。ゆっくり休んでくれ」
「そうします」
「元気になったら、魔源素結晶の活用法を調べてくれ。異世界にヒントがありそうな気がするんだ」
「異世界に……なるほど、了解しました」




