scene:41 ブランドン上級顧問
真名能力者らしい男が前に出て、京極審議官に挨拶をした。
「初めまして、獅子王龍馬です。その選考する基準はどういうものなのですか?」
「そうだな。持っている真名が役に立つかどうかを基準とする」
どうやら役に立つかどうかは、京極審議官が恣意的に判断するようだ。どうせ派手で攻撃的な真名術が選ばれるのだろう。
雅也が選考会に参加した理由の一つは、他の真名能力者がどんな真名を持っているのか知りたいという欲求があったからだ。デニスにとって有効な真名なら、どこで手に入るか情報を集めたかった。
黒部が訓練場のような場所に案内した。ここで真名術を披露させるようだ。リストを取り出した黒部が、名前を呼ぶ。
「仁木直人さん、最初はあなたです。どんな真名術を見せてくれますか?」
前に出てきたのは、三〇歳前後のガテン系の男だ。
そこに京極審議官が口を挟んだ。
「待て待て、自己紹介の代わりに持っている真名を言うべきだろ」
異世界で真名を持っているのは、迷宮探索者か兵士である。そういう奴は手の内をさらすようなことは言わないのが習慣になっている。
仁木は不機嫌な顔になった。だが、ここが異世界ではなく日本だというのを思い出した。秘匿するのではなく、能力を強くアピールしなければ就職もできない世界なのだ。
「『豪脚』と『頑強』だ」
そう言うと真名を解放し、ジャンプした。ギネス記録は一三〇センチほどだったはずだが、仁木は二メートル近く飛び上がった。
「凄いじゃないか」
黒部が褒めた。それを聞いた京極審議官が、
「何か……地味だね」
失礼な男である。それに想像力もない。『豪脚』と『頑強』の組み合わせは、戦いにおいて大きな力を発揮する。
二番目は『敏速』と『超音波』、三番目は『蛮勇』と『豪腕』だった。身体強化系の真名は真名術としては有用であるが地味だ。京極審議官が渋い顔になる。
四番目が獅子王だった。腕にはカルティエの高級腕時計、ジャケットも高級そうなブランド品である。雅也は冬彦を連想した。
冬彦もブランド品を身に着けている。但し、冬彦は親から買ってもらったものだが、獅子王は自分の力で手に入れたものだ。獅子王は凄腕の音楽プロデューサーらしい。
京極審議官が獅子王に視線を向けた。
「自信がありそうだな。持っている真名は何だね?」
「僕の真名は、『剛力』『頑強』『爆炎』だ」
雅也が知っている真名は、ベネショフの屋敷の書斎にあった資料や本に記載されていたものだけである。『爆炎』という真名を知らなかった。
その意味で獅子王の持つ真名は興味深い。雅也は獅子王が真名術を使う様子をジッと観察する。獅子王は右手を目の前に持ち上げ、精神を集中している。
その右手の上にソフトボール大の火の玉が出現した。爆炎球である。獅子王は右手を前方に突き出す。その動きが引き金となって、爆炎球が前方に飛翔を開始。
訓練場に積み上げられた土嚢に、爆炎球が命中した。その瞬間、大きな爆発が起こる。土嚢が飛び散り、爆風が雅也の服をはためかせた。
京極審議官が血の気が引いた顔でバラバラになった土嚢を見ていた。その表情を満足そうに見た獅子王は、審議官に声をかける。
「どうでした。僕の爆炎球は?」
「す、凄まじいものだな」
「これくらい軽いものですよ」
京極審議官は獅子王を第一候補と決めたようだ。
次に呼ばれたのは、男坂美咲という女性である。彼女が持っている真名は珍しいものだった。『発光』と『投影』というものだ。
『発光』は魔源素または魔勁素を光エネルギーに変換する真名で、『投影』は能力者の記憶を立体映像のように空中に映し出す働きがあった。
男坂はゴルフボール大の光球を作り出し、空中に浮かべた。京極審議官が光球を掴もうとして、手が通り抜けた。
「面白い真名術だが、インパクトが足りんな」
京極審議官という男は、一言余計なことを言う奴だった。
最後に雅也が真名術を披露する番となった。
「持っている真名は、『超音波』と『嗅覚』です」
京極審議官はガッカリしたような顔をする。
「どちらもありきたりなものだな。どんな真名術を見せてくれるのだ?」
「では、一発芸を」
「一発芸?」
黒部が首を傾げた。
雅也は用意してきた缶ビールから中身をグラスに注ぐ。そのグラスを地面に置き、両手を向けた。
「ハッ!」
気合を発すると、『超音波』の真名を解放しビールに超音波振動を与える。結果、ビールから勢いよく泡が立ちグラスからこぼれた。
見ていた者から驚の声が上がったが、すぐに静かになる。
「ちょっと待て、本当に宴会の一発芸じゃないか」
獅子王から声が上がった。
「あれはビールに塩を入れる手品の類ですが、これは正真正銘の超音波です」
京極審議官は馬鹿にされているような気がした。だが、雅也の顔を見ると真面目な顔をしている。
「チッ、見るだけ時間の無駄だった」
選ばれたのは獅子王だった。獅子王だけは京極審議官と一緒に去り、残された者たちの中で、仁木が親睦を深めるために飲みに行かないかと提案した。
雅也と男坂が賛成し、他の二人は用事があると帰った。居酒屋で飲み始めた雅也たちは、それぞれの境遇を語り合う。
仁木は工事現場で働いているようで、生活は苦しいらしい。男坂はシングルマザーで派遣社員として働きながら、女の子を育てていると言う。
「聖谷さんは、何をしているんだ?」
「探偵だよ」
「いいな。俺も雇ってくれないかな」
雅也は自分の代わりに冬彦の部下となる者を探していたので、適任じゃないかと思った。話した感じでは、仁木は真面目で苦労人のようだ。
「『嗅覚』の真名を手に入れられないか。そうすれば、所長に推薦できるんだが」
「狼系の魔物から手に入る真名だな。何とかなるかもしれない」
男坂が羨ましそうに声を上げた。
「仁木さんばかりずるい。私にも仕事を紹介してよ」
少し酔っ払っているようだ。
「男坂さんは、ちゃんとした会社で働いているんでしょ」
「派遣は、半年契約だから不安なんですよ。それから、私のことは、美咲と呼んでください。名字で呼ばれるのは好きじゃないんです」
美咲は経理が専門なので、マナテクノで働くことは可能だろう。
「『発光』と『投影』について教えてくれるなら、将来有望な会社を紹介しますよ」
「本当……でも、『発光』と『投影』はあまり役に立ちませんよ」
美咲の情報によれば、『発光』は吸血ホタル、『投影』は幻影トカゲから手に入れたらしい。親睦会を楽しく過ごした雅也は、二人と連絡先を交換して帰った。
数日後、ブランドン上級顧問が来日した。総理や閣僚と会談した後、クールドリーマーについて、京極審議官と話し合った。
「日本の真名能力者をご覧になりたいということでしたが、こちらで真名能力者を選んでおきました」
「ありがとうございます。頼んだ魔物を召喚する男の件はどうなりましたか?」
「法務大臣の許可が下りました。リッカートン大統領が来日した時に、稲本の真名術をお目にかけます」
話し合いは和気あいあいと進み、予定時間の最後になってブランドン上級顧問が尋ねた。
「ミスター・京極は、マナテクノという会社をご存知ですか?」
京極審議官は少し顔を強張らせ頷いた。
「はい、知っています」
「その会社とトンダ自動車、川菱重工が組んで、新しい事業を起こそうとしているようですが、詳しい内容をご存知ですか?」
京極審議官もマナテクノという会社には注目していた。だが、トンダ自動車と川菱重工という大企業と組んだ頃からガードが固くなり、情報が入らなくなっていた。
「魔源素結晶に興味があるのですか?」
「当然ですよ。魔源素や魔勁素を研究している国は、必ず注目している。マナテクノとトンダ自動車、川菱重工が組んだという情報が広まった時、注目度はさらにあがったはずです」
その情報を聞いた京極審議官は、マナテクノに探りを入れることを決めた。




