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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第2章 プチ産業革命編
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scene:38 金スライム

 ゼルマン王国の西の端にあるベネショフ領は、どこからも注目されない辺境の領地だった。だが、最近になって周囲の貴族から注目されるようになる。


 公爵家の精鋭兵士だったダミアン匪賊団を退治したからだ。公爵家の兵士といえば、真名を持ち真名術を駆使する兵士で、王家の近衛騎士団にも匹敵する猛者もさたちである。


 野盗に身を落としたとはいえ、そんな兵士を倒したベネショフ領の兵士が注目されないはずがない。特に東隣にあるバラス領の領主ヴィクトールは、警戒の念を抱いた。


 そこで部下のマヌエルをベネショフ領へ派遣し、どうやってダミアン匪賊団を倒したのか調べさせることにした。

「チッ、ダミアンの奴。偉そうにしていたのに簡単に殺られやがって。おかげで仕事が増えてしまった」


 ヴィクトール準男爵の命を受けベネショフ領へ来たマヌエルは、領民の顔が少し明るくなったと感じた。酒場でそれとなく探りを入れる。


 すると、この領地で塩田が作られたからだと分かった。安い塩が領民たちの手に入るようになり、食事が美味しくなったらしい。


 それだけではない。ベネショフパンが庶民の間に広まり、美味しいパンが食べられるようになった点も大きいようだ。マヌエルも食べてみたが、確かにうまい。


「ふん、こんなうまいパンを作ったのが、ベネショフの奴らだというのは気に入らん。だが、バラス領でも真似するべきだな」


 マヌエルは酒場で話し好きの男を捕まえ、酒を飲ませてベネショフ領の兵士について聞き出した。

「ほう、次期領主のデニス様が兵士を鍛え直されたのですか?」

「そうなんですよ。かなり厳しい訓練だったようで、開墾作業の方が楽だったと、最初は愚痴っていたよ」


「最初は……ですか?」

「ああ、迷宮で真名を手に入れてからは、熱心に訓練するようになった。やっぱり兵士だな。強くなっているのを感じて、文句を言わずに訓練するようになったぜ」


 ダミアン匪賊団を倒せたのは、迷宮で得た真名を上手く使ったからだと、マヌエルの調査で分かった。その報告を受けたヴィクトールは不機嫌となる。


「我が領地の兵士も、迷宮で鍛えてはどうですか?」

 バラスの領主屋敷でマヌエルが提案した。ヴィクトールは不機嫌な顔のまま腕を組んで考える。


「何をためらっておられるのです?」

 マヌエルが恐る恐る尋ねた。

「儂が真名のことを考えなかったと思うか?」


 ヴィクトールも兵士に真名を持たせようと腕利きの兵士を影の森迷宮へ派遣したことがある。七人の兵士を派遣し、無事に戻ってきたのは三人だけだった。


 手に入れた真名も『魔勁素』と『敏速』だけ。ヴィクトールは失望した。兵士を迷宮で鍛えるには、経験者の指導やノウハウが必要だったのだ。


 ノウハウを知っている迷宮探索者に依頼するという方法もある。だが、そういうベテラン迷宮探索者は、自分の持つノウハウを簡単に売り払うような真似はしない。


 ヴィクトールは高額な金額を払い、兵士に真名を持たせることも考えた。その資金を用意するために、ベネショフ領のサンジュ林を手に入れ、油でひと儲けするつもりでいたのだ。


 マヌエルに説明すると、ヴィクトールは机をドンと叩き、

「どうすればいいと思う?」

「私では思いつきません。ただベネショフ領にノウハウがあったとは思えないのですが」


 ベネショフ領の場合、デニスという特異な人物が存在したから可能だったのだが、マヌエルたちは知らない。そこで岩山迷宮が真名を得やすいのではないかという結論に達した。


「岩山迷宮の管理はどうなっている?」

「長らく放置されていた迷宮です。管理なんて……」

「ふむ、今なら誰でも潜れるのだな」

 ヴィクトールは兵士たちを岩山迷宮へ派遣することを決めた。


 その頃、ベネショフ領ではエグモントが悩んでいた。その姿を見たデニスが声をかける。

「どうかしたんですか?」


 エグモントはデニスの顔を見て溜息を吐いた。

「アメリアに、剣の訓練をしようと誘われた」

「一緒に訓練したんですか。アメリアが喜んだでしょ」


「ああ、アメリアは喜んでおったよ」

「その割には顔色が冴えませんね」

「もう少しで負けるところだった。この私が、一〇歳のアメリアに負けそうになったのだ」


 エグモントはアメリアに負けそうになり、ショックを受けたようだ。

「私も真名を手に入れることにする。デニス、頼むぞ」


 エグモントは父親の威厳を守るために、迷宮へ潜ることに決めたらしい。デニスにも、その気持は理解できた。アメリアに模擬戦で負けたら、山籠りの修業に行きたいと思うかもしれない。


 デニスは雅也に宮坂流の修業を頑張るように頼んだ。頼んだと言っても、雅也の意識はデニスの精神の片隅でジッとしているだけなので、強く念じるだけである。


 翌日、朝の練習を終えてから、エグモントとアメリアたちを連れて迷宮へ向かった。岩山迷宮に到着し、一階層に入る。


 一階層でエグモントに緑スライムを狩ってもらう。ネイルロッドを手に持ったエグモントは、真剣な顔で緑スライムを叩いていた。


 デニスたちは、エグモントの邪魔になるスライムを排除する。スライムたちは四方八方から寄ってくるので、目の前のスライムを倒すのに夢中になっていると、背後から近づいた緑スライムの攻撃を食らうことがあるのだ。


 デニスは一度だけ必ずスライムの攻撃を受けさせることにしている。スライムでも油断できないということを教えるためだ。


 この時も一匹のスライムがエグモントの背後から近づくのに気づいた。アメリアたちも気づいて仕留めようとしたが、デニスが止めた。


「ぎゃあああ!」

 エグモントの叫び声が上がった。緑スライムの電気ショック攻撃は強烈である。見ていたデニスたちも同じように顔をしかめた。


 エグモントが足に取り付いた緑スライムを必死で振り払い、ネイルロッドを叩き付ける。

「はあはあ……スライムの攻撃が痛いとは聞いていたが、これほど強烈だとは思いもしなかったぞ」


「父上、スライムでも油断してはいけないのよ」

 アメリアに注意され、エグモントは情けないという顔になる。


「よく分かった」

 デニスたちは小ドーム空間へ向かった。天井にびっしりとスライムが張り付いている場所だ。デニスにとっては、兵士を連れて何度も来ている場所である。


 エグモントは天井に張り付いているスライムを見て、渋い顔になる。

「ここに入るのか……おおっ、金色のスライムがいるぞ」


 その言葉を聞いて、デニスは天井を探した。奥の方の天井に金色のスライムが張り付いていた。

「父上、あの金色のスライムは僕が倒しますから、ちょっとお待ちを」


 デニスは『装甲』の真名を解放し、金剛棒に震粒刃を形成すると中に飛び込んだ。這い寄る緑スライムを震粒刃で切り刻み、奥へと進む。


 次の瞬間、天井に張り付いていたスライムたちが一斉に落下。その数は優に二〇〇を超えていた。デニスは遮二無二しゃにむになって進み、金スライムを追いかける。


 金スライムに追いつき、震粒刃を叩きつけようとした時、緑スライムが金スライムを守るように飛び出して、震粒刃を受け消えた。


 それからは必死で守ろうとする緑スライムとデニスとの戦いとなる。デニスが一〇〇匹ほどの緑スライムを倒した時、チャンスが訪れた。


 金スライムの近くに緑スライムがいない瞬間が来たのだ。デニスは跳躍し金スライムに震粒刃を叩きつけた。金スライムの中心を震粒刃が切り裂き、核を破壊する。


 金スライムが塵のようになって消えた。デニスの頭に新しい真名が飛び込んだ。『召喚(スライム)』である。

「父上、アメリアたちも突撃だ」


 見守っていたアメリアたちが飛び込んできた。その手にはネイルロッドが握られている。もちろん、エグモントも一緒でスライムを叩き潰す。


 途中、エグモントが驚いたような顔をする。『魔勁素』の真名を手に入れたのだろう。戦いはスライムが一掃されるまで続いた。


「はあっ、疲れた。真名を手に入れるのは大変なのだな。アメリアたちは怪我をしなかったか?」

「大丈夫よ」「怪我はありません」「心配無用」

 アメリア、ヤスミン、フィーネが答えた。


 床に座り込んだエグモントが、デニスに金スライムのことを尋ねた。

「特別な真名を手に入れられる魔物です。今回は金スライムがいたので、特別にスライムの数が多かったんですよ」


「そうなのか。しかし、金スライムから何の真名を手に入れられるのだ?」

「『召喚(スライム)』です」

「そんなものは必要ないだろ。ここに来れば、いつでもスライムがいるのだから」

「そうですが、召喚系の真名を集めているんです」


 『召喚(スライム)』を必要としていたのは、デニスではなく雅也だった。以前から神原教授に頼まれていたからだ。



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イラストはhimesuz様で、描き下ろし短編も付いています
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