scene:37 新しい時代の始まり
アーマードボアを倒して手に入れたドロップアイテムを売った雅也は、探偵事務所で自分の預金通帳にとんでもない金額が振り込まれているのを確かめ、ニンマリと笑う。
「気持ち悪い顔だ」
見ていた冬彦が指摘した。
「うるさいぞ。俺がどんな顔をしようと勝手だ」
「貧乏人は、これだから」
「悪かったな。貧乏人で」
「先輩、その金額がそのまま先輩の懐に入るわけじゃないんですよ」
聞き捨てならない言葉を聞いて、雅也は尋ねた。
「何でだよ?」
「税金ですよ。税金。税務署がガッポリ持っていくに決まっているじゃないですか」
雅也の高揚していた気持ちが、音を立ててしぼんだ。
「ぜ、税金。なんて残酷な言葉なんだ」
「今後のこともあるから、税理士と相談した方がいいですよ」
雅也は溜息を吐いて頷いた。その時、買い物に行っていた小雪が戻ってきた。小雪の足元には、狼犬のコハクがじゃれている。
神原家の飼い犬となったコハクだが、神原教授が研究所へ行き、小雪が探偵事務所に来ると一匹だけのお留守番になるので、小雪が連れてくるようになった。
「ただいま。コーヒーと領収書の用紙を買ってきましたよ」
「ご苦労さま」
雅也は小雪をねぎらい、コハクを抱き上げた。コハクがペロペロと雅也の鼻を舐める。
「お父さんから連絡があって、魔源素について大発見をしたそうです。研究所に来て欲しいと言っていました」
「了解。探偵の依頼はないようだから、これから行くよ。小雪さんも行くの?」
「はい。興味がありますから」
冬彦が慌てたように手を上げた。
「僕も」
「ええっ、お前も行くのか?」
雅也の嫌そうな声に、冬彦が、
「いいじゃないか。僕だって仲間の一人だ」
「何の仲間だよ。言っておくが、聞いた情報は極秘だからな」
「信用してよ。先輩がクールドリーマーだということは、誰にも言っていないという実績があるだろ」
珍しく母親にもバラしていないらしい。探偵事務所の戸締まりをして、小雪の車で研究所に向かった。研究所兼魔源素販売会社『マナテクノ』は郊外の静かな場所にあった。
元ペンションだった建物で、小さな竹林の中にある。建物に入り、教授の研究室に向かう。二階の東側半分が研究室になっており、研究員は教授が選んだ三人。
小さな研究所だ。しかし、研究内容は最先端のものだった。研究室に入ると、正体不明の機械が並んでいる。判別できたのは顕微鏡くらいだろうか。
神原教授が待ち構えていた。
「来たな。何だ、冬彦も一緒か」
ちょっと邪魔な奴も混じっているみたいな言い方だ。
「冬彦はどうでもいいじゃないですか、教授」
雅也が答えると、冬彦が、
「皆が僕をいじめるよ、小雪ちゃん」
「はいはい、コハクと一緒に静かにしていれば大丈夫ですよ」
冬彦はコハクと同列の扱いにされた。
「ところで、大発見というのは?」
雅也が教授に尋ねた。
「ふふふ、驚くなよ。我々は新しい推進機関を開発したのだ」
雅也は新しい推進機関と言われても、ピンと来なかった。
「以前、魔源素ボールを撃ち出す真名術を見せてくれただろう」
「ええ、あの毒コウモリにしか効果のなかった奴ですね」
「攻撃手段としては使えないものだったかもしれんが、それを推進機関として応用してみれば、意外なほど凄い結果となった」
雅也は数日前に特殊な魔源素結晶の製作を頼まれている。できるだけ小さな結晶をという注文だ。雅也が作ったのは、埃のように微小な結晶だった。
その微小魔源素結晶を油に混入し、ドーナツ状のタンクに入れて回転させる。魔源素ボールと同じように回転面に垂直な力が生じたという。
「我々は実験で確かめた。これを使ってな」
微小魔源素結晶混入油を入れたドーナツ状タンクは直径三〇センチほどで、モーターにより回転する装置が付けられていた。
「スイッチを入れるぞ」
教授がリモコンのスイッチを入れると、ドーナツ状タンクが回転を始めた。初めはゆっくりと回転していたタンクが、次第に速くなる。
「もう少しだ」
教授が告げた時、ドーナツ状タンクの実験装置が浮き上がった。実験装置はそのまま上昇し天井にぶつかって止まる。
「飛ぶのか、凄いな。どれくらいのパワーがあるんだろう」
雅也が天井に張り付いている実験装置を見ながら、疑問を口にした。
「こいつの推進力は、微小魔源素結晶の量と回転速度に比例するようだ。直径一メートルの装置なら、ヘリコプターに付いているメインローターの代わりになる。私たちは、この力を『動真力』と呼んでおる」
「ヘリの推進機関か、確かに騒音問題もあるというから、売れそうだけど」
雅也の言葉に、教授が不機嫌な顔になる。
「動真力機関を組み込んだ乗り物は、もはやヘリコプターとは言えん。それにもっとスケールのデカイことを言えんのか」
「だったら、何を?」
教授が上を指差した。雅也は上を見上げる。見えたのは天井だけ。
「宇宙だ。月に行ってみたいとは思わないか」
「実は、アポロ月着陸捏造疑惑を確かめたいと思っていたんです。でも、月に行けるのは何十年も先になるんじゃないですか。日本には宇宙服を作る技術もないんですよ」
教授が溜息を吐いた。
「そうだな。だが、この技術には、それだけの可能性があるということだ」
「問題は、微小魔源素結晶を作れるのが、俺だけという点ですね。その点はどうなんです?」
神原教授がニヤリと笑った。
「手掛かりは掴んだ。後は実験で確かめるだけだ」
教授の言う手掛かりとは、超臨界水と動真力機関を組み合わせることで、魔源素の結晶化ができそうだという発見である。超臨界水の中で魔源素結晶がどういう反応を示すか調べていた教授たちが、偶然に発見したらしい。
この発見については、小雪や冬彦にも伝えなかった。雅也にだけは教えてくれたが、マナテクノという会社が発展するための中核となる技術だと言っていた。
教授たちは苦労の末、微小魔源素結晶製造装置を完成させた。但し、作れるのは微小サイズだけで大きなサイズのものは作れなかった。
神原教授は、教え子のコネを使って日本を代表する大企業の幹部にプレゼンするチャンスを手に入れた。
動真力機関を幹部に見せると、すぐに動真力機関の可能性に気づいた。
「魔源素結晶のことは知っていたが、こんな効果を発揮するものだったとは」
「これは画期的な発明ですよ。是非とも我社にも協力させて欲しい」
大企業の幹部たちは、神原教授と一緒に新規事業について話し合いを始めた。
その後、日本を代表する自動車メーカーであるトンダ自動車とヘリコプターを製造する川菱重工が共同で新型の乗り物を開発すると発表した。
この発表には、世界が驚いた。新型の乗り物というのが、空飛ぶバスだと発表したからだ。空飛ぶバスという言葉から、世界の経済人は小型ジェット機を連想した。
しかし、小型ジェット機ならば、トンダ自動車がすでに事業化している。そこで三〇人乗り程度の地域間輸送用旅客機リージョナルジェットの開発を行うのではないかと噂が流れた。
雅也の世界でも、魔源素の存在が重要度を増していた。その結晶化に成功したマナテクノは、世界的企業への第一歩を踏み出そうとしていた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
塩田を手に入れたベネショフ領では、サワー種を使ったライ麦パン作りが広まっていた。慰労会で、デニスが作ったパンを食べた人々が、その美味しさに魅了され、自分たちも作りたいとデニスに教えを請うたのだ。
領内では、ダミアン匪賊団を退治したことより、新しいパンを考案した次期領主として知られるようになった。一時期サワー種を使ったライ麦パンを『デニスパン』と呼ぼうという動きがあったが、デニスが止め『ベネショフパン』という名前に変えた。
ベネショフパンは中核都市クリュフにも広がり、美味しいパンを作る町としてベネショフが有名になる。エグモントは、国王にも称賛されたダミアン匪賊団退治の功績が有名になってもいいはずだと愚痴るが、それでもいいとデニスは思った。
庶民はダミアン匪賊団退治を、それほど評価しなかった。普通の野盗を退治したという程度の認識なのだ。だが、周辺の貴族は違った。ダミアン匪賊団は、ウルダリウス公爵の配下であった精鋭兵士だったと知っているからだ。貴族はベネショフ領という存在に一目置くようになった。
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今回の投稿で、第1章は終了となります。
次回の投稿から『第2章 プチ産業革命編』になります。
また、残念ですが、毎日投稿は難しく次回からは不定期投稿になります。




