scene:35 六階層の収穫
ダミアン匪賊団に襲われたハネス村は、十数人の死者を出した。デニスは村人を丁重に弔い、匪賊たちの遺体を荷車でベネショフへ運んだ。
その遺体を検分したエグモントは、マンフレート王とウルダリウス公爵家に手紙を出した。ダミアン匪賊団の最後を知らせる手紙である。
デニスは今後の対応について、エグモントと話し合った。
「父上、バラス領が匪賊団に手を貸したのは明白です。そのことを陛下に伝えるべきだったのでは」
「証拠がない。匪賊たちの全員が死に、証言する者がおらん」
「カルロスが話を聞いています」
「バラス領の連中が、捏造だと主張すれば終わりだ」
貴族であるヴィクトールの言葉は重視される。よほど確かな証拠がない限り、バラス領の連中を罰することはできない。
エグモントは、バラス領の連中を懲らしめるために労力を注ぐより、ハネス村の復興に力を注ぐべきだと主張した。
デニスは死んだ領民たちの姿を思い出すと、怒りで呼吸が速くなる。しかし、エグモントの言葉は間違いではない。デニスはハネス村の復興をどうするか検討を始めた。その結果、迷宮から近いという立地条件を活かし、ハネス村を迷宮の村として発展させることに決めた。
そのためには、迷宮の六階層がどうなっているか調べる必要がある。デニスはエグモントに迷宮調査を行うと伝えた。
「まさか、一人ではないだろうな」
「そうですね。では、若いイザークを借ります」
「兵士も三人ほど連れて行け」
翌日、イザークと兵士三人、それにアメリア・フィーネ・ヤスミンの三人を連れて迷宮に向かった。アメリアたちは六階層を見たいと言って、自分たちだけで行きそうな勢いだったので連れて行くことにした。
五階層に到着しボス部屋に向かった。ボス部屋のルビーカーバンクルは復活しないようだ。リポップするまでの期間が長いのかもしれない。
ボス部屋の扉を開ける。初めて見る六階層の眺めは衝撃的だ。イザークやアメリアたちは、しばらく呆然として眺めるばかりだった。
「そろそろ下りるぞ」
デニスが声をかける。アメリアが興奮した声で、
「デニス兄さん、凄いよ。こんなに広いなんて思っても見なかった」
イザークが頷いた。兵士たちも同じようだ。
「こんなものを隠しておられたとは」
「隠していたわけじゃない。調査をする暇がなかったんで、封鎖していたんだ。何がいるか分からないんだから、危険なのは分かるだろ」
デニスたちは坂を下って六階層に下りた。六階層は森林エリアであり、様々な動植物が繁殖しているようだ。魔物だけなくリスや野ネズミ、鹿なども草を食んでいる。
それらの迷宮に住む動物は、外から迷い込み繁殖したのだと言われている。だが、どうやって迷い込んだのかは不明だ。
デニスたちは、森林にどういう植物があるのか調査した。野いちご・ビワ・唐辛子・カルダモン・レモングラス・クミン・ワサビが見付かった。
デニスは兵士やアメリアに、持ってきた布袋に入れるように命じた。アメリアたちは楽しそうに採取する。
これらの果物や香辛料は、不思議なことに雅也が知っているものとほとんど同じである。デニスが果物は甘い食べ物だと教えると、アメリアたちは野いちごやビワを集中的に集めた。
ベネショフ領では見かけない種類のものなので、アメリアたちは半信半疑である。デニスがたわわに実っているビワを採って、皮を剥いてかぶりついた。日本で食べたビワと同じ味だ。
「あっ、ずるーい」
アメリアがデニスの真似をして食べる。その顔が笑顔に変わった。
「美味しいの?」
ヤスミンが尋ねた。アメリアが頷くとヤスミンとフィーネが食べた。
アメリアたちが美味しいと言って騒ぐので、イザークと兵士たちも食べる。兵士の一人がたぶんクサイチゴだと思われる野いちごを食べた。
「おおっ、こいつも甘いぞ」
イザークが、唐辛子を取り出して齧る。
「ぎゃあああ、口が……」
デニスは水筒を取り出して、イザークに渡す。
「それはもの凄く辛い香辛料だ。甘い食べ物じゃないんだぞ」
イザークは大量の水を飲んで回復した。
「はあー、毒かと思いました」
ちょっと頼りない一面もあるが、イザークは剣術の才能がある将来有望な人材だ。
その時、草むらが音を立て、ゴブリン三匹が姿を現した。イザークが剣を抜き走り出す。その後ろに兵士たちがいる。
イザークたちはあっという間にゴブリンを倒した。ゴブリンは塵となって消える。デニスたちは六階層の一割ほどしか調査していないが、今まで遭遇した魔物はゴブリンだけである。
ちなみにゴブリンを倒して得られる真名は『蛮勇』である。敵に恐怖することなく戦える真名なので、ビビリの兵士には人気がある。
ただ状況判断を間違う可能性があるので、指揮官には不要なものだった。
六階層を奥へと進んだデニスたちは、初めてゴブリン以外の魔物と遭遇した。犬の頭と人型の身体を持つコボルトという魔物である。
この魔物は手先が器用らしく、自家製の石槍で武装していた。力はさほど強くないが、動きは素早く巧みな攻撃をする。
とはいえ、『装甲』の真名を持つデニスたちの敵ではなかった。石槍ではデニスたちを傷つけることはできず、金剛棒や剣、長巻の攻撃で返り討ちとなる。
コボルトたちの数は多く、兵士一人とフィーネがコボルトから真名を手に入れた。その真名は『敏速』。しかし、この真名は筋力増強系の真名ではない。身体を柔軟にして可動域を広げることで滑らかな動きができるようになり、結果として敏速になるというものだった。
デニスが持つ『加速』も動きを速くする真名であるが、原理が違う。『加速』の真名は使用者の肉体に加えられた力を倍加させるというものだ。
複雑な動きを速くするなら『敏速』、直線的な動きを速くするなら『加速』のメリットが大きかった。
コボルトの次に遭遇したのは、オークだった。豚を人間にしたような化け物で、豪腕の魔物である。その豪腕で振り回される武器は太い棍棒だ。
オークは群れを作らない魔物のようだ。単独か二匹で遭遇することが多い。戦い方も馬鹿力で棍棒を振り回すだけなので、戦術を工夫すれば倒せる相手である。
デニスたちはオークと遭遇すると、まず雷撃球の攻撃でオークの動きを止める。一発では動きを止められず、二発目、三発目が必要だった。
そして、雷撃球でオークが麻痺すると、首を狙って斬撃を加える。この戦い方が効率的だと分かるまで、オーク四匹を倒さねばならなかった。
五匹目のオークを倒した後、デニスたちは金属鉱床を発見した。銅鉱床である。五階層より上の鉱床は小ドーム空間にあったが、六階層では迷宮を囲む崖のような岩壁の一部が鉱床となっていた。
デニスたちは合計で一〇〇キロほどを採掘しリュックに入れた。
「そろそろ戻ろうか」
イザークとアメリアたちが頷いた。
その時、アメリアが洞窟の入り口を見付けた。
「洞窟がある」
デニスたちは最後に洞窟を調べてから戻ることにする。高さ二メートルほどの洞窟で、二〇メートル進むと大きな部屋があった。
そこに魔物が待っていた。体長二メートル半、青い皮膚をした二本角の魔物。日本の物語に出てくる青鬼だ。その魔物がデニスたちの気配に気づいて目を開け、凄まじい咆哮を放った。
「オーガだ。逃げるぞ!」
デニスの判断は早かった。洞窟を走り抜け、森に逃げ込んだ。オーガは洞窟の出口まで追ってきたが、外には出なかった。
「びっくりした。あそこはボス部屋だったんだ」
デニスが皆に告げた。アメリアが首をチョコンと傾げる。『ボス部屋』という言葉が分からなかったようだ。デニスは説明した。
「五階層の扉がある部屋を通って来ただろ。あそこにもルビーカーバンクルという普通のカーバンクルより強い魔物が扉を守っていたんだ。同じように、ボス部屋の魔物を倒さないと七階層には行けないようになっているんだ」
イザークがデニスに尋ねる。
「あのオーガという魔物は、そんなに危険な奴なんですか?」
「オーガは影の森迷宮の三区画にいる魔物だ。二〇〇人の兵士を一匹で滅ぼしたという伝説があるワイバーンが二区画の魔物だから、今の僕たちには勝てないよ」
デニスたちは果物や香辛料、それに銅を持ってベネショフに戻った。オーガには敵いそうになかったが、ゴブリンやオーク、コボルトとは十分に戦えることが確認できた。
六階層の探索は、十分な成果を上げたとデニスは思う。




