scene:34 ダミアン匪賊団
デニスとカルロスは、交代でユサラ川の対岸を見張ることにした。その夜はカルロスの当番で、一七人の部下と一緒に川を見張っていた。
「静かな夜だな」
カルロスが部下の一人であるロルフに告げた。ロルフは新しく作った長巻を抱えて川を睨んでいた。
「そんなロマンチックな気分じゃないですよ。それよりダミアン匪賊団は、元公爵家の兵士だったんでしょ。精鋭兵士だったってことだ」
「まあな。確実に真名の一つや二つは持っているだろう」
「俺たちより強いということですか?」
「デニス様のおかげで、私たちも真名を持っている。奇襲することができれば、負けないはずだ」
「でも、俺らが持っている『魔勁素』『装甲』『雷撃』だけで大丈夫なんですか?」
カルロスがロルフに視線を向けた。
「お前、ブルっているのか?」
「ち、違いますよ。俺たち真名を持っている敵と戦った経験がないじゃないですか」
「仲間内で模擬戦をやっただろ」
「実戦は違うんじゃないですか?」
「そうだな。だが、私たちは領民を守るために戦うんだ。お前もミンメイ領の村がどういう目に遭ったか聞いただろ。ここは目一杯の勇気を出せ」
「分かりました」
見張っていた兵士の一人が声を上げた。
「従士長、敵に動きがあります」
カルロスが対岸を見ると、いくつかの明かりが見えた。敵が船に乗り込んでいるようだ。
「砂溜まりに移動する。打ち合わせ通り、敵が上陸したら雷撃球の一斉攻撃だ」
兵士たちは黙ったまま移動を開始する。
カルロスは兵士たちを砂溜まりを囲むように配置した。松明らしい明かりが、ゆらゆらと揺れながら近づいてくる。
「バラス領の奴ら、どういうつもりなんですかね?」
「ふん、知らんよ。俺たちと戦いたくなかったんだろ」
「でも、食料と武器を用意したのは普通じゃねえ。ベネショフ領に恨みでもあるんじゃないか」
カルロスは川から聞こえる敵の声を聞いていた。
(バラス領の連中、ダミアン匪賊団に手を貸していたのか)
「静かにしろ。ここは敵地なのだぞ」
首領であるダミアンが、叱責の声を上げた。元は公爵家の兵士だったかもしれないが、野盗に身を落としてから規律も乱れていた。
匪賊たちの姿が、月明かりと船に付けられている松明の明かりで浮かび上がる。
砂溜まりに小舟三艘が引き上げられた。上陸した匪賊団は二九人。その中にバラス領の人間らしい奴は含まれていなかった。
カルロスは『雷撃』の真名を解放し雷撃球攻撃の準備に入った。カルロスの右手が突き出され、その掌から雷撃球が撃ち出される。
それが合図となって、部下たちの雷撃球が放たれた。一八個の雷撃球が匪賊たちを襲う。その一斉攻撃で匪賊九人が倒れた。
そして、匪賊たちが動揺しているうちに、ベネショフ領の兵士たちが斬り込んだ。最初の一撃は兵士たちの全力が込められていた。
それは次期領主であるデニスが教えた剣術だった。デニスが一人で立木打ちを始めた頃、誰も興味を示さなかった。
だが、王都でクルツ細剣術の四天王エッカルトを負かしたと知れ渡った頃から、同じように立木打ちを始める者が増えていたのだ。
そして、兵士たちを迷宮でしごき始めると、ベネショフ領で立木打ちがブームとなった。宮坂流の立木打ちは、初め一本の立木に棒を打ち込むという訓練から始め、次の段階では五本以上の立木の間を独特の足捌きで移動しながら棒を打ち込むというものに変化する。
その足捌きと棒を打ち込む時の身体の使い方に宮坂流の奥義が秘められている。デニスが習得しているのは、奥義ではなく基本であるが、その基本でさえ兵士を鍛えるのに有効だった。
この時点では、長巻と剣が半々の状態だったが、その一撃目で一〇人以上の匪賊が斬られた。残ったのは、ダミアン匪賊団の中でも腕利きの匪賊たちである。
公爵家の兵士の間で必須となっていた『豪脚』と『豪腕』の真名を使い始めた。この二つの真名は、部分的に足と腕を強化する真名である。
全身を強化する『剛力』より強化率は高く、使い方によっては驚異的な戦闘力を与える真名である。なので、一対一での戦いは、ベネショフ領兵士に不利。二人がかりで、やっと対等という戦いになった。
一時的に匪賊たちが優勢になった。だが、ベネショフ領兵士は『装甲』の真名を持っている。強力な剛剣で弾き飛ばされるが、致命傷にはならず長期戦となった。
そうなると体力が勝負の鍵。不摂生な生活を送っていた匪賊たちは、体力が尽きた者から倒れていった。そして、最後の四人となった時、首領のダミアンが何かを地面に叩き付けた。
一瞬で黒い霧が湧き出し、小舟に付けられていた松明の明かりが遮られて闇となる。しばらくの間、ベネショフ領兵士たちは混乱した。
その霧が晴れた時、生き残っていた匪賊たちの姿が消えていた。カルロスは部下たちに探すように命じる。しかし、探し出せなかった。
カルロスはベネショフに戻って、屋敷のエグモントに報告した。
「生き残ったのは何人だ?」
「四人です」
「兵士たちに、死んだ者や負傷者はいるか?」
「デニス様が授けてくれた『装甲』の真名で、死者はいません。ですが、馬鹿力の匪賊のせいで骨折した者が六人」
エグモントは苦々しげに顔を歪めた。
「奴らは、どこへ逃げたと思う?」
「ベネショフの町は、警戒していることを分かっているでしょうから、辺境部の小さな村でしょう」
エグモントは頭の中にベネショフ領の地図を浮かべた。
「岩山迷宮の近くにある村か」
エグモントはデニスに従士のゲレオンと七人の兵士を預け、生き残りの匪賊を倒すように命じた。デニスは夜明けにハネス村に向かう。
「ゲレオン、ハネス村の住民は何人か知っているか?」
「五〇人くらいです」
「急ごう。嫌な予感がする」
デニスたちがハネス村に近づいた時、村から煙が立ち昇っているのに気づいた。
「遅かったか」
ハネス村に到着したデニスたちは、村人の悲鳴が聞こえる方へ駆け出す。四人の匪賊が狂ったように村人を追いかけ回し、剣を振るっていた。
デニスは匪賊の一人が老婆に剣を振り下ろそうとしているのを見て、怒鳴りながら突進した。
「馬鹿野郎!」
匪賊が駆け寄るデニスに気づき、剣をデニスに向ける。
金剛棒を上段に構えたデニスが、敵の剣に向かって振り下ろす。匪賊は剣で金剛棒を受け止めた。『豪腕』の真名を使っているようだ。
周りの気配を探ると、兵士たちと匪賊の戦いが始まっている。デニスは匪賊と睨み合いをしながら、震粒刃を形成する。その瞬間、匪賊の剣がデニスの首を目掛け横に薙ぎ払われた。
デニスは震粒刃を敵の剣にぶつけた。剣が乾いた音を立て折れ飛んだ。
「えっ」
匪賊が間抜けな声を出し驚く。動きが止まったのを見て、震粒ブレードで首を薙ぎ払う。匪賊の首が飛ぶ。
デニスはダミアンらしい男が、カルロスと戦っているのを見付け駆け寄る。カルロスの方が押されているようだ。ダミアンは『冷凍』の真名を持っており、フェイントとして、凍結球攻撃を使っていた。
剣の攻撃の合間に、凍結球を撃ち出す手並みは見事だった。デニスでも金剛棒で攻撃しながら、雷撃球攻撃を行うのは難しい。
「なぜ罪もない村人を殺した」
「ふん、おとなしく金と食料を出さなかったからだ。当然だろ」
デニスは震粒ブレードをダミアンに向けて振り下ろした。ダミアンの剣が震粒刃を受け止める。
「なぜ折れない?」
「この剣は、公爵家に伝わる冥狼剣だ。そんな棒で折れるわけがない」
「ほう、そんなに丈夫な剣なのか」
デニスは意地になって、震粒刃を冥狼剣に叩き付けた。
「無駄なことを。この剣は宝剣なのだぞ」
十数回叩き付けた時、冥狼剣の真ん中から嫌な音がした。デニスはニヤリと笑い、もう一度叩き付ける。
冥狼剣がポキリと折れた。呆然とするダミアン。その間に後ろに回り込んだカルロスがダミアンの背中を斬った。
「うっ」
呻き声を上げたダミアンは、冥狼剣を投げ捨てデニスに掴みかかった。間合いが近い。デニスは飛び退きながら、震粒ブレードを袈裟斬りに振り下ろす。
その一撃でダミアンの胸を斬り裂いた。公爵家の御曹司が、血を流しながら死んだ。
「デニス様、何で宝剣を折ったんです。別の戦い方があったでしょ」
「こいつは、この宝剣で村人を斬ったんだぞ」
デニスの心中には、無残に死んだ村人の姿があった。若いデニスは、匪賊たちへの怒りを抑えられなかったのだ。
「しかし、宝剣を公爵家に持っていったら、大金をもらえたんじゃないですか?」
「あっ……考えもしなかった」
ダミアンが死んだ瞬間に戦いは終わった。ダミアンが倒れ、気力を失った匪賊が兵士たちに斬られたのだ。




