scene:33 アーマードボアのドロップアイテム
雅也とアーマードボアとの戦いを撮影していた中継車の真木たちは、雅也が野次馬たちに紛れて消えたのを必死で追ったが、見失った。
「何者だったんだ」
カメラマンが呟いた。真木は腕を組んで首を傾げる。
「警察と協力しているように見えたし、ギルドの切り札じゃないか」
雅也が冬彦の車を駐めた駐車場まで戻ると、冬彦から連絡が入った。
「駐車場に戻った。お前も来い」
しばらくして冬彦と黒部が現れる。黒部が心配そうな顔で、
「怪我はありませんか?」
「大丈夫です」
冬彦が興奮したように、大きな声で褒めた。
「凄かったよ。僕も宮坂流をもう一度やろうかな」
たぶん口だけである。冬彦には根性が欠けているのだ。
黒部が雅也に顔を向け、
「ところで、アーマードボアを倒した場所で、何か拾いましたよね」
「ああ、ドロップアイテムが出たんだ」
「何ですか、それは?」
雅也はドロップアイテムの皮と牙を黒部と冬彦に見せた。
「これは魔物の一部が残ったものですか?」
「まあ、そうです」
「研究用として、我々に譲ってもらえませんか?」
雅也が図々しいなという目で、黒部を見る。
「もちろん、その代価は払いますよ」
「神原教授も調べたいだろうから、相談してからでいいか?」
「ええ、構いませんよ」
ちなみにファングボアを召喚したのは、ユーチューバーの稲本だと分かった。駅前の雑居ビルを調査した警察が、稲本が設置したいくつかのカメラを発見したのだ。
稲本は自分でファングボアを召喚し、それを倒した様子をネットにアップして人気を得ようとしていたようだ。だが、ファングボアが進化したことで計画が破綻した。
稲本の身柄を拘束した警察や検察は、どんな法律で裁けばいいか、困惑しているらしい。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
ワシントンDCのホワイトハウスでは、リッカートン大統領がブランドン上級顧問と一緒にモニターを見ていた。アーマードボアが日本で暴れている映像である。
「最初の真名能力者は、どんな真名を持っているか分かるかね?」
大統領がブランドン上級顧問に尋ねた。
「分析官によれば、『剛力』と『頑強』だということです」
「ふむ、ありきたりだな」
「それが……まだ未確認なのですが、ファングボアを召喚する真名を持っていると」
「それは本当か。ならば、その魔物を見たい。日本と交渉してくれ」
「承知しました」
モニターでは雅也とアーマードボアが戦い始めていた。モニターに目を移した大統領が、
「この真名能力者の真名は?」
「分析官にも分からないそうです」
「ふむ。調査の続行を」
モニターに雅也がドロップアイテムを拾う場面が出た。
「あれは何だ?」
「魔物を倒した時、低い確率でドロップするものです」
「どれぐらいの確率でドロップする?」
「一〇〇匹倒して、一回という確率だそうです」
「日本にあるドロップアイテムも手に入れろ。我が国でも研究したい」
大統領の命令は絶対だった。雅也が手に入れたドロップアイテムは三分割され、神原教授、日本、アメリカで分析されることになる。
雅也にとって幸運なことに、アメリカが交渉に参加したことで、ドロップアイテムの値段が吊り上がった。数百万から数千万だと思っていた価格が、日本とアメリカを合わせて二億六千万円になったのだ。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
雅也が億単位の資金を手に入れた頃。異世界ではデニスたちが、ダミアン匪賊団への対策を練っていた。
その一つは、兵士たちへのさらなる訓練である。午前中は迷宮で鎧トカゲや赤目狼と戦い、午後からは弓の訓練を命じた。
兵士全員が雷撃球を使えるのだが、雷撃球は射程が短い。それを弓でカバーしようと考えていた。
もう一つの対策は、従士のゲレオンとイザークをダミアン匪賊団の動きを調べさせるために偵察に派遣したことである。
ゲレオンは四〇歳ほどのベテランで、イザークは二〇代の若者である。何事にも慎重なゲレオンと行動力のあるイザークは、いいコンビだった。
二人はダミアン匪賊団が最後に襲ったと聞いているミンメイ領のトクル村に向かった。トクル村に到着した二人は、その惨状を見て怒りと嫌悪を抱いた。
女性や子供に関係なく村人の半分が殺されたようだ。村の中心部に火を付けられ、無残な焼け跡だけが残っている。家族を失った村人は、悲しみのあまり後追い自殺をする者まで出ているらしい。
「酷すぎます」
「ああ、こんなのは人間のやることじゃねえ」
ゲレオンとイザークは、町から派遣された兵士たちにダミアン匪賊団の行方を聞いた。
「この村を襲った後、行方をくらましている」
「バラス領に入ったはずなのだが、あの領地で村が襲われたという情報は入っていない。どこか山に隠れて時期を窺っているのでは、と我らは思っている」
二人はできるだけ情報を集め、ベネショフ領に戻った。領主の屋敷に到着すると、デニスとエグモントに報告した。
「選りにも選って、バラス領に隠れるとは……あの領では十分に調べられない」
バラス領の支配一族であるブラバラス家は、ベネショフ領に敵意を持っている。オルベネショフ家がベネショフ領を支配していた時代、バラス領はベネショフ領の影響下にあり、ブラバラス家当主はオルベネショフ家当主の弟分として扱われていたらしい。
時代が変わり、ブリオネス家がベネショフ領を支配するようになっても、弟分として扱われていた屈辱を忘れないブラバラス家は、ベネショフ領を滅ぼすか支配したいと思っているようだ。
その根底にはベネショフ領に対する恐怖があるのでは、とデニスは思っている。ベネショフ領が復興し発展した場合、またバラス領が下に置かれるのではないかという恐怖だ。
「父上、どうしますか?」
屋敷の執務室で、デニスがエグモントに尋ねた。
「ダミアン匪賊団は、バラス領で英気を養った後、バラス領かベネショフ領を襲うだろう。それに備えて警戒するしかない」
「連中が次に動き出すのは、いつ頃だと思います?」
「ずっと戦い続けた奴らだ。肉体も精神もボロボロになっているはず。一〇日以上は動かないだろう」
エグモントの答えを聞いて、デニスは考えた。
「問題はダミアン匪賊団が休養を取り始めて何日目か分からないということ。ユサラ川を見張らせるしかないな」
「いいだろう」
エグモントは兵士に交代で川を見張るように指示を出した。
その指示を出した三日後、カルロスと兵士たちがバラス領の船が一斉に上流へ向かったのを発見。カルロスはエグモントに使者を送って報告。残りの部下を率いて船を追った。
使者から不審な船が上流に向かったという知らせを受けたエグモントは、デニスに確認するように命じた。
デニスはカルロスたちと合流し、対岸の船の動きを見張る。
「デニス様、バラス領はダミアン匪賊団に力を貸しているのでしょうか?」
「おそらくな。馬鹿な奴らだ。もし陛下に知られた時に受ける罰の重さを分かっていない」
「奴ら、遠い王都の陛下への恐怖より、近くにいるベネショフ領の存在が我慢できんのですよ」
カルロスの言葉は真実だろう。ベネショフ領としては迷惑この上ない。どうやってダミアン匪賊団を殲滅するか、デニスは考えた。
「こちら側で、船を隠せる場所は?」
「下流に砂溜まりがあります。そこなら船を隠せますよ」
高い確率で砂溜まりに上陸するだろうと、デニスたちは予想した。だが、ベネショフ領の戦力は少ない。万一の場合を考慮して半分の戦力をベネショフの町に置いておく必要がある。
使える戦力は半分の一七人。偵察でダミアン匪賊団は三〇人ほどだと調べがついている。




