scene:310 見知らぬ異世界
「ううっ」
呻き声を上げながら、雅也は立ち上がった。その時には何が起きたのか、何となく理解していた。
「……ワ、ワープゲートはどこだ?」
帰るためにはワープゲートがどうしても必要だった。雅也は慌てて周囲を見回し、ワープゲートを探す。すると、上空二十メートルほどのところに黒い鏡のようなものが、一番高い山へ向かって飛んでいくのが見えた。
「あれはワープゲートに間違いない」
追い付けないほどの速さで黒い鏡は飛んでいる。そして、目的地はあの一番高い山のようだ。雅也は近くの木に登って行方を確かめた。
黒い鏡は目的地の山の頂上付近を目指して飛んで行き、見えなくなった。
「最後まで確認できなかったか」
雅也は残念そうに言った。下に視線を向けると、一緒に飛ばされた者たちが起き上がって周りを見回していた。
「聖谷常務、何をしているんです?」
マナテクノの技術者である清水が、木に登っている雅也を見付けて声を上げる。
「ワープゲートを探していたんだ」
「見付かりましたか?」
「あっちの高い山の方へ飛んで行った」
雅也は木から下りて誰がここに飛ばされたのか確認した。日本人は雅也と清水、アメリカ人は元船長のカヴィル、ドイツ人はレーヴェン博士とフューゲルという技師だった。全員で五人、共通点は最前列でテストを見ていたという点だろう。
「五人だけのようだな」
カヴィルが溜息が漏れそうになりながら言った。
「#&%&……」
フューゲル技師が早口のドイツ語を喋り始めた。理解できたのは、レーヴェン博士だけだろう。
「馬鹿者、英語で話せ。皆が分からんだろ」
レーヴェン博士が英語でフューゲル技師に言った。
「済みません。我々に何が起きたのです?」
レーヴェン博士が渋い顔になった。
「どうやらワープゲートが働いて、我々はフェシル人が約束した土地に転移したようだ」
「ここは地球じゃないという事ですか?」
「そうだ。周りを見てみろ。知っている樹木や草花があるか?」
雅也も周りを見回して確かめた。一つとして記憶にある樹木や草花はなかった。その代わりにあったのは、幹が紫色の木や青い薔薇のような花を咲かせた植物だった。
この世界の恒星を見ると、我々の太陽とは少し違う。同じ黄色矮星だと思うが、少し白っぽい気がする。気温は二十度くらいだろう。
「フェシル人からの情報通り、ここの空気は地球人が呼吸しても問題ないようですね」
雅也が言うと、カヴィルが頷いた。
「問題は帰る方法です」
「ワープゲートを探し出すしかない。取り敢えず、あの山を目指しましょう」
フューゲル技師が不安そうな顔をしている。無理もないだろう。
「ワープゲートが、あの山にあるのは確かなんですか?」
「あの方向に飛んで行ったのは確かだけど、あの山にあるかどうかは確認できていません」
「なかったら、どうするんです?」
「その先に進むか。フェシル人を探すかでしょうね」
フューゲル技師が泣きそうな顔になっている。それを見たレーヴェン博士が、怒ったような声を上げる。
「ドイツの男が、そんな事でどうする」
「ですが、帰れないかもしれないんですよ」
「ここはフェシル人が管理する土地のはずだ。ワープゲートが見付からなくとも、フェシル人を探し出せば帰れる」
「でも、食料や水はどうするんです? 我々は何も持っていませんよ」
清水が雅也に視線を向けた。
「食料や水の事だが、俺が大量に持っていますから心配ありません」
レーヴェン博士が首を傾げた。
「見たところ、何も持っていないようだが」
「真名術の一つに、収納空間を利用できるようになるものがあるんです」
博士の顔が強張った。
「そ、それは空間を制御できるという事なのか?」
「そうです。理論は分かりませんが、別次元の空間に物を出し入れする事ができます」
「そこに食料と水が入っているという事だね?」
「そうです。当分の間は心配する必要はありません。それにこの森でも調達できるかもしれません」
カヴィルが視線を雅也に向ける。
「この森に野生動物や食べられる果物が存在する、と言うのですか?」
「その辺も、フェシル人は考慮したと思います」
「なるほど、ここには食料もあるという事か。それなら絶望する必要はないようです」
フューゲル技師が不安そうに周りを見回した。
「待ってください。その野生動物の中には、凶暴なものも居るんじゃないですか?」
「そういう野生動物に遭遇したら、俺が倒します」
レーヴェン博士が雅也に鋭い視線を向けた。
「聖谷常務の真名術は、そんなに強力なのかね?」
「象ほどの野生動物でも撃退できます」
「その言葉を信じよう」
雅也たちは『ゲートマウンテン』と名付けた山に向かって進み始めた。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
雅也のバディであるデニスが自分の部屋で目覚めた。難しい顔のまま食堂へ行くと、妹のアメリアとマルガレーテが椅子に座って食事の用意ができるのを待っていた。
アメリアがデニスの様子がおかしいのに気付いた。
「どうかしたの?」
「いや、何でもない。それよりリーゼルに用ができたんだけど、呼んでくれないか?」
「分かりました。でも、どんな用事なのです?」
「ある人に伝言を頼みたいんだ」
「そんな事なら、兵士の一人に頼めばいいのでは?」
「伝言する相手が、リーゼルがよく知っている人なんだ」
デニスはリーゼルのバディが、日本人の斎藤である事を思い出して斎藤経由で雅也の家族に無事だという事を知らせようと考えたのだ。




