scene:309 フェシル人の機械
フェシル人の機械と聞いた会場の人々は目の色を変えて騒いでいる。その騒ぎの中、ドイツ連邦国防省のラングハイン次官が質問の声を上げた。
「マナテクノは、その機械を調べたのかね?」
雅也は首を振って否定した。
「我々と異なるテクノロジーを持つ種族の機械です。調べるには、それなりの準備が必要だと考えています」
「なるほど。では、なぜ地球ではなく小惑星ディープロックに置いてきたのです?」
「どんな機械かも分からないのです。もし危険な機械だったら、人間の命が危険にさらされます」
アメリカのカヴィル船長が、割り込んできた。
「日本は十分に考えているようですね。素晴らしい」
ラングハイン次官がカヴィル船長を睨んだ。
「口を挟まないでくれ、君は自分たちの宇宙船アトロポス号が、なぜ故障したのか反省でもしていればいい」
カヴィル船長が言い返そうとした時、カヴァナー国務省次官がその肩に手を置いて抑えた。
「落ち着いてくれ。興奮してもいい事はないぞ」
「分かりました。ですが、一言だけ言わせてください。……ラングハイン次官、少なくとも我々は生きて地球に帰って来た。しかし、あなた方のクルーはどうです。無謀な事をして帰らぬ人になってしまった。その責任はドイツの連邦国防省にあるのではないですか?」
ラングハイン次官が顔を醜く歪める。かなり怒っているようだ。
「……無礼な事を」
雅也からするとお互い様のような気がするが、首を突っ込む気はなかった。
カヴァナー次官が渋い顔をしながら雅也に視線を向ける。
「マナテクノは、フェシル人の機械の所有権が自分たちにある、と考えているのですか?」
「フェシル人は、火星の土地の一部を借りる代価として、その機械を贈ってくれたのです。ですから、火星のあの土地が誰のものか、という問題になります」
それを聞いたラングハイン次官が、ニヤリと笑う。
「ならば、その機械は国際的な組織を作って、共同で調査すべきですな」
雅也はラングハイン次官へ鋭い視線を向けた。
「そうなった場合でも、発見して火星から運んできたのですから、マナテクノが優先的に調査・使用する権利を主張します」
雅也は強く主張して世界各国の同意を得た。ものがマナテクノの所有物である小惑星ディープロックにあるので、各国は認めたようだ。ディープロックに降りる事をマナテクノが許可しなければ、調査に参加できないと考えたのだろう。
それからフェシル文明調査機構という組織が作られ、世界各国が出し合った資金でディープロックに研究施設が建設された。
フェシル文明調査機構は、雅也を理事に任命した。マナテクノの者を入れないとまずいだろうという忖度が働いたようだ。
その日、息子を抱き締めて顔を脳裏に焼き付けてから自宅を出た。雅也たちが小惑星ディープロックに建設されたフェシル研究センターに向かう日なのだ。
竜之島宇宙センターに到着した雅也たちは、小型起重船に乗って宇宙に出ると、ディープロックへ向かった。
その宇宙船の中で、アメリカのカヴィル船長と一緒になった。
「カヴィル船長、今回も一緒のようですね」
カヴィルが苦笑いする。
「もう船長ではありませんよ。これからはカヴィルと呼んでください」
雅也は頷いた。
「聖谷専務、フェシルの機械がどういうものか分かったのですか?」
「いや、正式には解明されていません。ただ入れてある箱に書かれていた文字から、空間と空間を繋ぐ装置だという説が有力になっています。専門家たちは『ワープゲート』だと騒いでいますよ」
「ワープゲート? どこと繋がっているのです?」
「分からない。今回の公開テストで判明するはずです」
「それは楽しみですね」
雅也たちはディープロックに到着すると、フェシル研究センターへ向かった。五階建てのビルほどの大きさがあるフェシル研究センターには、宿泊施設もある。その一室に荷物を運んだ雅也は、ベッドに座って深呼吸した。
ここには空気もあれば人工重力もある。快適に過ごせる施設となっていた。そして、この施設の最上階にフェシル人のワープゲートが設置されている。
公開テストが行われる日、世界各国の関係者と研究者がフェシル研究センターに集まった。最初にこれまでの調査結果が発表され、公式に初めて『ワープゲート』という言葉が使われた。それを聞いた関係者は驚きの声を上げた。
今回の公開テストはドイツの研究者チームが提案したもので、ワープゲートを作動させてカメラを搭載したドローンに探索を実行させるというものだ。
ドイツは宇宙船フレイヤ号の失敗を取り返そうとしているように、雅也には思えた。ただ今回は初めてワープゲートを作動させるテストなので、雅也も何が起きるかとワクワクしていた。
探索ドローンが用意され、ワープゲートが作動されようとしていた。その様子を九十人近い人々が見守っている。雅也は最前列で見守っていた。
ワープゲートは、四角い台座の上に三日月を横たえたような装置が乗っているという形をしていた。スイッチは大きなレバーとなっており、そこにはロボットアームが設置されている。
ドイツの研究者であるレーヴェン博士がテストを開始する事を告げると、公開テストが始まった。マナテクノが持って帰ったワープゲートなのに、主導権をドイツに取られた感じだ。
雅也は冷静な顔でテストの様子を見ていた。ロボットアームがワープゲートのスイッチを入れると、周りの空気が振動するのを感じ、同時にワープゲートの上に円状の黒い光が現れた。
その黒い光が直径三メートルほどの鏡のようなものを形成し、それが完成した時に異変が起きた。後に『黒鏡ゾーン』と呼ばれるものが完成した時、世界が震えたように雅也は感じた。
そして、黒鏡ゾーンの近くに居た者は、その中に吸い込まれた。雅也も吸い込まれた一人だった。アッという間に身体が宙に浮き、黒鏡ゾーンの中に放り込まれた。その瞬間、身体の内側と外側がひっくり返るような衝撃を感じる。
雅也は気を失っていたようだ。気付くと木々に囲まれた森の中に横たわっていた。




