scene:308 フェシル人のテクノロジー
火星からの帰りは四ヶ月ほどになった。そして、大型宇宙船サガミが地球の近くまで戻った時、ドイツ政府から連絡が入る。
それを受けた織田船長は、雅也のところへ来て内容を伝えた。
「フレイヤ号の最後について、何か情報がないかだって?」
「ええ、ドイツ政府はヒルトマン船長たちが、本当に死んだのか確かめたいようです」
「そう言われても、フレイヤ号に災難が降り掛かった時には、まだ火星に到着していなかったんだ。詳しい事は分からない。フレイヤ号が報告していたのは、ドイツ政府だ。彼ら自身が一番詳しいはずだぞ」
「そうなのですが、信じられない映像が送られてきて、それを確かめるために情報を集めているようです」
「まずは、その信じられない映像というのを見せてくれないと、こちらでも分からない、そう返事をしてくれ」
「分かりました。ところで常務が持ち帰られたフェシル人の箱は、地球に持って帰るのですか?」
「あの箱に入っている装置が、故障していたら大変な事になる。地球に持ち帰るのはまずいと思っている」
「そうすると、小惑星ディープロックで調査する事になるのですか?」
織田船長の問いに、雅也が肯定した。
「地球上で行うのは危険なので、必然的にそうなるだろう?」
サガミが小惑星ディープロックに到着した。それを地球に知らせると大騒ぎになったようだ。それから乗客を小惑星ディープロックの宇宙ホテルに降ろす。このホテルは地球からディープロックへ来た人々を歓迎するために造られた世界初の宇宙ホテルである。客室はディープロックに掘られた穴の中にあり、上部には展望室がある。
このディープロックは自転しており、ホテルの展望台から宇宙を見ると、地球と月が交互に見えるように回転している。その光景はカメラで撮影され、各客室のモニターに映し出される。
「サガミを造船ドックへ。火星で採取したサンプルは、研究所へ運んでくれ」
織田船長が乗員たちに指示した。雅也は頷いてから船を降りるとディープロックの研究区画に向かった。研究区画の一番奥には、まだ使っていない研究室がある。そこにフェシル人の箱を設置した。
その部屋は百五十畳ほどの広さがあり、百人ほどが一緒に研究できる研究室になる予定だった。準備していた人たちには悪いが、フェシル人の箱に入っている装置を調査するには、これくらいの広さが必要だろうと考えて使う事にした。
箱を置いた雅也は、ボーンエッグを二つ出してボーンサーヴァントに守らせる事にした。そして、その部屋をロックして誰も入らないようにする。
雅也は会社の船で地球に戻り、久しぶりに帰宅した。妊娠していた小雪はお腹が大きくなり、もうすぐ生まれそうだった。
幸運な事に雅也が地球に戻って数日経過した頃、小雪が男の子を産んだ。雅也と祖父となった神原社長は喜んだ。特に神原社長は毎日のように小雪のところに来て『羅唯』と名付けた孫を見ている。
家の中が落ち着いた頃、火星に同行した科学者たちの研究成果が発表され始めた。またサガミの乗組員やマナテクノの社員が撮影した火星の映像などは、すでに公開している。
それらの映像は膨大な量だったので、分析するにも時間が掛かった。そして、その中には雅也たちが火星探査艇でどこかに調査に向かう姿も撮影されていた。
しかし、その調査の様子を撮影した映像は一つもなかった。意図的に秘密にしていると分かり、映像を分析した研究者たちは、調査の内容がどのようなものだったのかをマナテクノに確認した。
どうせ調査内容については説明するつもりだったので、雅也は各国から宇宙関係の代表を集めて説明すると伝えた。重要な事なので高い責任能力を持つ方の出席が良いとアドバイスも添える。
会場の確保や各国との連絡は、日本政府が行った。これだけ重要な事になると国が無関係とはいかないようだ。雅也はどう説明するかを考え、資料を作成した。
フェシル人が残した装置について説明する日が来ると、雅也は政府が確保した会議場へと向かった。場所は政府が所有する研究所の大会議室だ。
雅也が到着した頃には、大勢の学者や各国の官僚が集まっていた。その中にはドイツから来た連邦国防省のラングハイン次官も居た。この人物は自国第一主義で欧州連合またはEUと呼ばれる国家連合より、ドイツの国益を優先するべきだと主張しているらしい。
説明会が始まると、雅也は前に出て挨拶した。それからスクリーンを指差して言う。
「まずは、我々がフェシル人が残した金属製の柱を発見した様子を見てもらいます」
調査に一緒に行った一人が撮影した映像をスクリーンに映し出した。その映像には火星探査艇から撮影した景色や円柱を見付けた時の様子があった。
そして、金属製の柱に刻まれたフェシル人の文字を見た時、会場が騒がしくなった。一人の男が質問した。アトロポス号の船長だったカヴィルである。
「マナテクノでは、このフェシル人が残した文章を解読したのですか?」
「もちろん、解読しました」
「それで内容を教えてもらえるのでしょうか?」
雅也は頷いた。
「その文章を解読した内容は、火星の一部を墓地として借りる代わりに、フェシル人が所有する土地の一部を我々に与えるというものでした」
その与える土地に関する情報も刻まれていたが、その部分に関しては解読できなかった部分もあった。ただ土地の環境の中で、地球人が呼吸できる空気があるという部分だけははっきりしていた。
その情報を聞いた人々が興奮して騒ぎ始めた。
「静かに。ここまでで質問はありますか?」
ドイツのラングハイン次官が最初に質問した。
「その土地というのは、どこにあるのです?」
雅也が渋い顔になる。
「その部分を説明している文章は、解読できませんでした」
ラングハイン次官が鋭い視線を雅也に向けた。
「マナテクノが隠している訳ではないでしょうね?」
「そんな事はありません。場所は分かりませんでしたが、手掛かりはあります」
会場がガヤっとする。
「その手掛かりとは?」
「柱の前に埋もれていた箱です。その中にフェシル人が作った機械が入っていました」
「何だってぇー!」
それを聞いた人々が一斉に騒ぎ出した。無理もないだろう。デニスたちの世界から千二百年前に消えた種族のテクノロジーが詰まった箱があるというのだから、騒ぐなという方が無理だった。




