scene:307 フェシル人の贈り物
雅也は日本政府に連絡し、ドイツのフレイヤ号について情報を集めた。ドイツ人たちは間違いなくフェシル人の墓へ行ったようだ。
フェシル人がどうやってドイツ人たちを殺したのか、知りたいと思った。だが、フェシル人の墓へ行って調べる事は許されない。
大型宇宙船サガミが火星に近付くに連れ、雅也は二つの力を感じるようになった。一つはマリネリス峡谷のメラス谷である。フェシル人の墓がある場所なので何かがあるのだろう。
もう一つはニルガル峡谷である。そこは着陸予定地になっていた。サガミが火星の衛星軌道に乗ると、雅也は収納空間から小型着陸船ユウバリを出した。
このユウバリは火星に着陸する目的で建造された船である。十六人乗りの小型着陸船でパイロットを含めて十五人が乗り込んだ。
チェックを済ませると、着陸船が降下を開始する。降下している途中、雅也はニルガル峡谷の中央付近に何かがあるのを感じた。
ユウバリが火星の大地に降り立った。残念ながら一番乗りではなかったが、日本人としては誇らしい気持ちになった。
「聖谷常務、最初の一歩はお任せします」
「ありがとう」
雅也は宇宙服を着てエアロックから外に出た。赤茶けた大地が広がる世界だった。雅也が火星の大地に降りた様子はカメラで撮影され、地球に送られた。これで世界で一番有名な日本人は雅也という事になるだろう。
その後、火星の地に火星開拓用の重機が置かれた。火星の土地を整地するために持ってきたものだ。
「整地を頼む」
マナテクノの社員の一人に頼んだ。
「もう火星基地を設置するんですか?」
「ああ、ずっと宇宙服を着ていたくないからな」
雅也たちは急いで火星基地を設置した。地面を整地して地球で建造した基地キットを設置するだけなので簡単である。この火星基地は横五十メートル、縦九十メートル、高さ十五メートルの蒲鉾形をしている。
この構造物はいくつかの部屋に区切られており、その何処かの壁に穴が開いた場合は隔壁が下りて空気の流出を止めるようになっている。この基地で使われるエネルギーは日本から、メルバ送電装置を使って送られてくる。なので、エネルギーの心配は必要ない。
その基地の近くに水貯蔵タンクを三つ設置した。この水で百人の人間が一年間生活できる。もちろん、高度な水再生システムがあるから一年間生活できるのだ。
予定通り火星基地建設が進み、完成と同時に雅也の任務が完了した。
「織田船長、気になる場所があるので、調査に行っていいだろうか?」
「フェシル人の墓ともう一つ何か力を感じる場所があると言っていましたね。そのもう一つというところですか?」
「ええ、重要な何かが発見できると思うんです」
「危険ではないのですか?」
「その場所が危険だと判断したら、すぐに引き返します」
織田船長は頷いた。
「あなたの判断力を信用します」
「ありがとう。必ず無事に戻って来ますよ」
織田船長は雅也の護衛として、二人の部下を付けた。緑川と南郷というサガミの警護担当の男たちである。
雅也たちはマナテクノが開発した火星探査艇に乗って火星基地を出発した。この火星探査艇は救難翔空艇を火星用に改造した機体で六人乗りである。四千キロほどの航続距離があり、艇内にはトイレやキッチン、簡易ベッドもあった。
火星探査艇で千キロほど飛んだ頃、雅也はあの力をはっきりと感じた。この力は何だろうと考えていたが、傍で感じて分かった。これは真名術を使う時にエネルギー源となる真力と呼ばれるエネルギーに近いものだった。なので、感じ取る事ができたのだ。
その力の源に近い場所に火星探査艇を着陸させ、雅也は宇宙服を着て外に出た。その後ろから緑川と南郷も降りてくる。
「あれは何でしょう?」
緑川の声が通信機から聞こえる。三人の目の前には、金属製だと思われる柱が立っていた。直径が二メートルほどで高さが五メートルほどある。そして、その柱には文字が刻まれていた。
雅也は柱に近寄って刻まれている文字に目を向ける。その文字はフェシル人の古代文字だった。一応雅也も勉強しているので、半分ほどは読めた。
「聖谷常務、何と書いてあるんです?」
「半分くらいしか分からないが、火星の一部を墓地として借りる代わりに、フェシル人が所有する土地の一部を我々に与えるという事らしい」
「与えると言われても、そこに行けないなら意味がありませんよ」
雅也が笑った。
「フェシル人は、そんなドジな人々じゃないよ。そこに行く方法は、柱の前にある箱に入っているそうだ」
緑川と南郷が周囲を見回す。
「箱なんて見えませんよ」
「置いたのは、千年以上も昔の事だ。きっと土砂に埋まってしまったのだろう」
雅也はボーンエッグを取り出して空中に放り投げると、「スケルボーン」と命令する。空中のボーンエッグはボーンサーヴァントへと変化し、火星の大地に立った。そのボーンサーヴァント二体に地面を掘って箱を探すように命じた。
疲れを知らないボーンサーヴァントは、それからずっと探し続けた。そして、二時間が経過した頃に土の中に埋まっている箱を探し当てる。
その箱は幅が五十センチで長さが百八十センチ、高さが四十センチほどの大きさだった。箱の上面に文字が刻まれていた。それは箱の中にある装置を起動する方法と一度起動させると箱の移動ができなくなると刻まれていた。
「聖谷常務、この箱はどうするのですか?」
「これは持ち帰って調査した方が良さそうだ」
雅也は柱や箱に刻まれた文章をカメラで撮影してから、フェシル人の箱を収納空間に入れた。その後、周辺を調査したが、柱と箱以外にめぼしいものはなかった。
調査を終えた雅也たちは、火星基地に引き返した。その火星基地では、大型宇宙船サガミに乗って火星まで来た全員が、一度は火星に降りて火星での生活を楽しんだ。
火星には観光地というものはないが、火星独特の地形や風景を見て満足したようだ。乗客の中には火星を調査する目的で来た人々も居た。その人々は寝る間も惜しんで調査した。
そして、地球に戻る日が来た。火星基地をそのまま残して全員が帰還する。将来的には火星に長期滞在して研究する事も考えているが、それはもう少し先の話である。カメラやロボットなどを残し、雅也たちは大型宇宙船サガミに戻ると、地球に向けて戻り始めた。




