scene:306 ドイツのフレイヤ号
ドイツのフレイヤ号が無事に火星へ着陸できたので、船長のヒルトマンはホッとした。そして、火星に初めて着陸したクルーとして全員で祝った。
その様子を撮影して地球に送る。受け取った地球ではお祭り騒ぎとなるはずだ。
「これで私たちは、人類として初めて火星に到達した英雄ですよ」
医師であるグレスラーが笑顔で言う。クルーたちは船外活動服に着替えて記念すべき火星の大地への第一歩を撮影した。
そして、火星の光景や火星から見た宇宙も撮影する。それが一段落すると、次の目的について話し合った。
「船長、フェシル人の墓を確かめに行くのですか?」
ザンデル副長が尋ねた。
「何度も同じことを聞くな。これは政府からの命令なのだ」
ヒルトマン船長たちはフレイヤ号から火星探索車を降ろし、ヒルトマン船長とグレスラーが乗り込んでフェシル人の船が不時着した場所へと向かう。
火星の大気は地球の百六十分の一でほとんどが二酸化炭素である。人間が生きていけない世界なので船外活動服を着ていなければならない。
火星の大地は赤っぽい色をしている。これは酸化鉄を含む土や岩が多いからだという。そして、昼間の空も赤っぽい色をしている。
火星探索車は人間が歩くより少し速い速度で進んで行く。電動車なのでほとんど音がしないが、荒れ地を走行するので振動は感じる。
二時間ほどでフェシル人の船が見えるところまで来た。
「想像していたより巨大だ」
グレスラーが言った。その船は全長が二キロほどもありそうな巨大なものだった。船尾部分が破壊されており、その船の前に大きな石碑のような墓標が建てられていた。
「あの墓標に何か刻まれているようだ。調査しよう」
ヒルトマン船長が言うと、グレスラーがためらった。
「確実にフェシル人の墓を荒らすことになりますよ」
「君までそんな心配をしているのか、千年以上も昔のことだよ」
二人は墓標のところまで行った。高さ七メートルほどの墓標には見慣れない文字が刻まれており、船長は持参したカメラで撮影した。
撮影が終わると、船長は墓標に近付き御影石のような素材で作られている墓標をポンポンと叩いた。
「船長、不用心な行動は……」
グレスラーが船長の行動を注意しようとした時、地面が揺れ始めたのを感じた。グレスラーが船長に戻るように叫ぶ。船長はかなり慌てているようで、火星の重力が地球とは違うことも忘れて動いて転んだ。
次の瞬間、天地がひっくり返るような衝撃が火星のマリネリス峡谷に走った。峡谷の地面に無数のヒビが発生し、幅五百メートルほどの巨大な地割れが現れた。
「な、何が起きているのだ?」
ヒルトマン船長が火星探索車のところまで逃げ帰り、グレスラーに質問した。
「何をのんきなことを言っているんです。マナテクノが警告したことが、実際に起きたんですよ」
地割れから巨大な宇宙船らしきものが現れた。長さが五百メートルほどもある葉巻型宇宙船が、火星の地底から姿を現したのだ。不時着した巨船に比べれば小さいが、全長四十メートルほどのフレイヤ号に比べれば巨大である。
その宇宙船の素材は巨船と同じものだと思われるが、船体の各所に搭載されている砲塔のようなものの存在が、極めて物騒な船であることを物語っていた。
「船長、あれは戦闘艦です。逃げましょう」
「ああ」
二人は火星探索車に乗ってフレイヤ号の方へ引き返し始めた。船長はカメラで葉巻型戦闘艦を撮影し、それを今まで撮影した映像と一緒にフレイヤ号へ送った。
フレイヤ号では船長から送られてきた映像を見て、二人に何が起きたのか理解した。ザンデル副長はそれらの映像を地球に送ると同時にフレイヤ号の離陸準備に入った。船長たちが戻ったら、即座に火星を離れることに決めたのである。
葉巻型戦闘艦は重力を無視するかのように千メートルほどの高度まで上昇すると、火星探索車を追い掛け始めた。追い掛けると言っても、葉巻型戦闘艦が本来のスピードで追えば一瞬で追い付くはずだ。わざとゆっくりと追っているのは、船長たちにすれば不気味だった。
船長たちがフレイヤ号に戻った瞬間、葉巻型戦闘艦が動き始めた。
「せ、船長、あれを見てください」
グレスラーが大声を上げた。葉巻型戦闘艦の砲塔が動き出したのだ。
「ヤバイ、ヤバイ」
二人は火星探索車を置き去りにしてフレイヤ号に駆け込んだ。コクピットに入った二人は、席に座ると離陸の命令を出す。
「急ぐんだ」
ヒルトマン船長の声がコクピット内に響いた。フレイヤ号が上昇を始め、その船体が加速する。葉巻型戦闘艦を避けるように回り込んだフレイヤ号は、そのまま加速して宇宙に飛び出そうとする。
一方、葉巻型戦闘艦は砲塔を回転させてフレイヤ号に照準を合わせると、オレンジ色の輝く何かを撃ち出した。それがフレイヤ号の横を通り過ぎる。
フレイヤ号はぎりぎりまで加速した。だが、葉巻型戦闘艦は軽々と追尾して照準を合わせると先ほどと同じオレンジ色の砲弾を発射した。それがフレイヤ号に命中した。
そのコクピット内ではドイツ人たちが叫び声を上げた。そして、初めて火星に到達した宇宙船が爆発。それを見届けた葉巻型戦闘艦は、巨船の方へ戻ると地割れの中に戻った。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
同じ頃、雅也は大型宇宙船サガミの食堂でコーヒーを飲んでいた。そこに船長の織田が現れた。
「聖谷常務、ドイツのフレイヤ号からの連絡が途絶えたそうです」
この知らせには雅也も驚いた。
「それは地球からの連絡なのか?」
「そうです。ドイツ政府からのようです」
「どうしてそういう事態に?」
織田船長が顔を曇らせた。
「ドイツ人たちは、フェシル人の墓へ向かったようなのです」
「あれだけ警告したのに、何を考えているんだ!」
雅也の口から思わず怒りの言葉が飛び出した。




