scene:303 宇宙船開発競争
忙しくて書く時間がなく、遅くなりました。
デニスから簡単に製造できて異世界で売れそうなものを探して欲しいという依頼があった。雅也は洗濯機と粉末洗剤を提案した。洗濯機なら必ず売れるという確信があったのだ。
「デニスの件は、洗濯機と粉末洗剤でいいとしよう。問題は火星旅行だな。外国人乗員枠の七人をどこに割り当てるか決めないと」
雅也の言葉を聞いた神原社長は、各国に協議させて決めた方が良いと主張した。
「なぜです? 大型宇宙船サガミはマナテクノの船ですよ」
「我々が決めると、その決定で漏れた国から恨まれる事もある。外国人乗員枠を提供したのに、恨まれたら馬鹿らしいだろう」
「なるほど、それもそうですね」
「それより、サガミの建造はどうなのだ?」
「順調です。地上での建造作業はほとんど終わり、そろそろ宇宙に運び上げて仕上げに掛かります」
宇宙に運び上げる方法は、『次元隙泡』の真名を手に入れて使えるようになった収納空間を利用する。
雅也とデニスが共有する収納空間は、直径が三百メートルもあるので、全長が百八十メートルである大型宇宙船サガミも運び上げる事ができるのだ。
収納空間に大型宇宙船サガミを入れて、研究用宇宙船ビフレスト号で小惑星ディープロックまで飛んだ雅也は、ここに建設している宇宙船ドックに大型宇宙船サガミを置いた。
大型宇宙船サガミは地球で分割して建造し、宇宙で結合するという事も考えたが、結局地球で完成に近い状態まで建造し、それを宇宙に上げてから仕上げ、テストしながら完成させるという事になった。
これから仕上げを行い、それが済んだらテストが始まる。この最終テストだけで相当な時間が掛かるようだ。
同じ頃、アメリカ、イギリス、ドイツは独自の長距離航行宇宙船の建造を行っていた。大型宇宙船サガミは乗組員五十名、乗客六十名の合計百十名の人間を火星まで運ぶ事ができる。だが、他国の長距離航行宇宙船は、乗組員六、七名しか運べない小型のものである。
その三つの国は火星に一番乗りしようという意欲が溢れていた。ただその宇宙船に搭載されるエンジンは、マナテクノのものだ。
まだ高性能な動真力エンジンを作れるのは、マナテクノしか存在しない。超高出力動真力エンジンは販売していないので、各国は大型起重船に搭載している大型高出力動真力エンジンを多数搭載する事で、必要な加速度を得ようと考えた。
そのせいで搭乗できる人数が少なくなった。それでも燃えるような情熱で長距離航行宇宙船の開発に取り組んでいる。マナテクノは自社の技術を証明するのが目的だが、各国は国の威信を賭けているようだ。
各国の火星行き競争が本格的になっていた頃、ようやく日本でスカイカーなどに関する法律が作られ、スカイカーやホバーバイクが日本の空を飛べるようになった。
但し、陸地の上空は厳しい制限があり、海の上空は割りと自由という法律になったようだ。ただ出来た法律も完璧ではない。これからスカイカーやホバーバイクの普及を考慮しながら修正していくらしい。
こういう方面では遅い日本も動き出した事でも分かるように、世界各国はすでにスカイカーやホバーバイクの法律を作り、正式に乗れるようになっていた。但し、免許の取得にはそれなりの費用と時間が掛かる。
雅也は早速免許を取得した。最初の段階で免許を取得したのは救急車を運用している消防庁の関係者が多かったらしい。消防庁では救急車をスカイカーで代用する計画があるようだ。
「聖谷常務、スカイカーやホバーバイク用の動真力エンジンの注文が凄いことになっています」
中園専務から聞いて、雅也はそうだろうなと思った。
スカイカーやホバーバイク用の動真力エンジンは、マナテクノとトンダ自動車、川菱重工の合弁会社で製造している。その会社はMTKエンジン製造という名前で、九州と北海道に主力工場がある。
「製造が間に合わないのですか?」
「今、注文されても一年以上の待ちになりますよ。そこで日本に工場を増やす事を検討しています。しかも四つです」
「思い切りましたね。でも、工場が完成するまでには、一年ほど掛かりますよね」
大きな工場だと最低でも十ヶ月から一年ほどの建設期間が必要である。
MTKエンジン製造の株価が急騰している。トンダ自動車と川菱重工も過去最高の株価になっているようだ。
会社から帰った雅也は、世界的な経済誌に自分の名前が載ったのを見付けた。
「本当に長者番付に載ったよ」
雅也は、思わず声を上げた。世界長者番付に雅也の名前が載っていたのだ。
その声を聞いた小雪が雅也の横から覗き込んだ。
「えっ、資産が三兆円もあるの?」
雅也は肩を竦めた。
「そのほとんどは、マナテクノの株さ。現金がある訳じゃない」
もしマナテクノの事業が失敗すれば、株は無価値になる。ただ失敗する要素はほとんどなかった。このままマナテクノは発展を続けるだろうと経済界の者たちは予想していた。
小雪には世界的な資産家だという自覚はないようだ。生活自体もそれほど派手になっている訳ではない。最近の高額の購入物はマンションと自家用翔空艇、スカイカーの三つだけである。と言っても、自家用翔空艇とスカイカーは、仕事関連なので贅沢品とは言えない。
「サガミの完成はいつ頃になるの?」
小雪が質問した。
「そうだな。テストも含めると、一年くらいは掛かると思う」
「そうすると、一年後には火星へ出発するのね。他の国はどうなの?」
「他の国の長距離航行宇宙船は、よく分からない。もしかすると、サガミよりも早く完成するかもしれない」
「サガミの着工が一番早かったのに、どうしてそうなるの?」
「船のサイズが違う。サガミが豪華客船なら、他の国の船は高速クルーザーだな」
「苦労したのに、火星一番乗りという名誉が……」
「神原社長も俺も、一番乗りはどうでもいいんだ。安全に火星まで飛べるという事実を、証明できれば会社の事業として成功になる」
アメリカ、イギリス、ドイツの建造計画は分からなかったが、大型高出力動真力エンジンの納品を急かしていたので、かなり進んでいるだろうと予想していた。




