scene:301 ミモス迷宮の旧迷宮主
デニスたちはヌオラ共和国の兵が引き上げるのを見守った。引き上げる兵たちは全員が青い顔をしている。旧迷宮主が死んだのはホッとしているのだが、あまりにも鮮やかにベネショフ領の兵が倒したので、恐怖を感じてしまったのだ。
ゼルマン王国の兵が、全てベネショフ領の兵のように強いのだと想像し、ヌオラ共和国が王国に呑み込まれてしまうかもしれないという恐れを抱いたのである。
もちろん、そんな事はない。ベネショフ領の兵と同等に鍛え上げられた部隊は、数えるほどしか居ないのだ。
デニスたちは少数の見張りを残し、町に引き上げた。そして、近隣の領地に旧迷宮主を退治したことを知らせる。クリュフ領の侯爵などは大いに喜んだ。
デニスはベネショフ領で少し休養することにした。ベネショフ領と王都を頻繁に往復して、少し疲れを感じていたのだ。
次の日はゆっくりと寝て、太陽が高くなってから起きた。それから妹たちと話をしながら過ごし、久しぶりにのんびりした。
ところが、昼食を食べて少し経った頃、王都から連絡が入る。
「デニス、大変だ。ミモス迷宮から旧迷宮主が出てきた。ドラゴンらしい」
それを聞いたデニスは顔をしかめた。ドラゴンは迷宮で最強と言われている種族である。それが迷宮の外に出てきたというのだから、大変な事態である。
デニスはイザークとフォルカを呼び出し、空神馬車の準備を命じる。デニスは父親のところへ行った。
「父上、ミモス迷宮の旧迷宮主を倒しに、王都へ向かいます」
「気を付けるんだぞ。相手はドラゴンなのだから、自分で倒そうとして無理をするな」
「心配無用です。必ず倒しますから」
デニスはイザークたちと二人の兵士を空神馬車に乗せて王都へ向かった。二人の兵士は空神馬車の操縦要員である。デニスたちは空神馬車の中で眠り、少しでも疲れを取るように努めた。
王都へ到着したデニスは、白鳥城へ登城する。門番兵がデニスを待っていたようで、すぐに城内に案内され会議室へ向かう。
「デニス、待っておったぞ」
マンフレート王が疲れたような顔をしている。まだミモス迷宮の旧迷宮主を倒せていないようだ。
「状況はどうなっているのでしょうか?」
「軍務卿、説明を」
「畏まりました」
コンラート軍務卿によれば、ミモス迷宮から出て来た旧迷宮主は、近くの村を破壊したらしい。但し、その村の住民は避難していたので人的被害はないという。
しかし、旧迷宮主であるドラゴンは王都に向かって移動を始めた。このドラゴンは迷宮ドラゴンと名付けられ、その討伐のために近衛部隊が出動することになった。
近衛部隊は王国の精鋭中の精鋭である。この精鋭部隊にもデニスが真名をコピーしたので、【爆噴爆砕球】や【赤外線レーザー砲撃】が使える。
その二百名の精鋭たちが迷宮ドラゴンに挑んで倒せなかった。爆噴爆砕球はほとんどダメージを与えられなかったが、赤外線レーザー砲撃は少しだけダメージを与えたらしい。
だが、そのダメージも小さなもので、すぐに回復したという。
「強敵でございますね」
国王が溜息を吐いた。
「近衛部隊の半数が、戦死するか負傷した。由々しき状況である」
ゲープハルト将軍がデニスに目を向ける。
「デニスよ。貴殿なら迷宮ドラゴンを倒せるだろうか?」
「分かりません。まずは迷宮ドラゴンの強さを確認しようと思います」
「そうだな」
デニスはイザークとフォルカを連れて迷宮ドラゴンを見に行った。全長が二十メートルほどで、全身が真っ赤な鱗に覆われているドラゴンだった。
地球のイグアナに似ているが、その迫力はドラゴンしか持ち得ないものだ。その鱗の一つ一つがほとんどの真名術を跳ね返すほど頑丈らしい。
迷宮ドラゴンが前方にある村の建物を睨んだ。何が気に入らなかったのかは分からないが、口を開くと火炎放射器のようなブレスを吐き出した。
高熱の炎が村を焼き払う。一瞬で村が炎に包まれ燃え上がった。
「こんなのが王都に来たら、大変なことになりますよ」
フォルカが迷宮ドラゴンを睨みながら言った。
「どうやったら倒せると思う?」
デニスがイザークとフォルカに尋ねた。
「まずヌオラ共和国の旧迷宮主に行った作戦と、同じことを試すのはどうでしょう?」
イザークが提案した。
「【赤外線レーザー砲撃】では、迷宮ドラゴンを仕留められなかったと聞いた」
「一度ではダメでも、数回繰り返せば仕留められるかもしれません」
それを聞いて、デニスも納得した。そこで白鳥城へ戻って、マンフレート王へ提案した。それを聞いた国王は、領主軍の精鋭を出すように命じる。
国王の命令に従い、ベネショフ骨騎兵団も作戦に参加することになった。デニスとゲープハルト将軍は相談し、待ち伏せする地点を決めた。
ミモス迷宮から王都へ向かう場合、どうしても通らなければならない場所がある。高い二つの山に挟まれた場所で、そこを通り過ぎてまっすぐ行けば王都、左に曲がればクワイ湖という場所である。
デニスたちは空神馬車に乗って仕掛けることになった。
迷宮ドラゴンは周りを焼きながら王都へ着実に近付いてくる。そして、待ち伏せを担当する領主軍は、塹壕を掘って、そこに隠れることになった。
それは危険な賭けだった。もし迷宮ドラゴンが気付いて炎のブレスを吐けば、塹壕の中で焼け死ぬことになる。
迷宮ドラゴンが待ち伏せの地点に近付いてくる。塹壕の中でジッと隠れている兵たちは、心臓がバクバクと音を立てるのを聞きながら神に祈る。
デニスが乗る空神馬車が、空から近付く。デニスは精神を集中すると、『天撃』の真名を使って天撃波の攻撃を発動する。その瞬間から上空に雲が湧き起こり、それが黒雲へと発達した。
黒雲は渦を巻き、その中心に稲光が発生する。次の瞬間、渦の柱が迷宮ドラゴンへ落下。凄まじい力を持つ渦が迷宮ドラゴンを押し潰そうとする。迷宮ドラゴンは逃げようとしたが、逃げられずに地面にめり込んだ。
塹壕で待ち伏せている兵たちは、凄まじい真名術を目にして怯えながら塹壕に隠れることしかできなかった。そして、渦が消える。残されたのは地面にめり込んだ迷宮ドラゴンである。
「攻撃だ!」
ゲープハルト将軍の声が響き渡った。




