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崖っぷち貴族の生き残り戦略  作者: 月汰元
第1章 明晰夢編
3/313

scene:2 岩山迷宮

 デニスは急いで準備した。武器は祖先の一人が使っていた戦鎚である。ウォーハンマーとも呼ばれる武器は、鋼鉄製のヘッド部分の片方が円錐形となっていた。


 デニスとしては剣が欲しかったのだが、屋敷にある剣は領主エグモントが使っているものしかない。他の剣は領地経営に苦しんでいるエグモントが売ってしまったのだ。


 武器の他にも昼食に食べるライ麦パンと水筒を詰めたリュックを背負い、デニスは町を出た。


 町の近くにある迷宮は、岩山迷宮と呼ばれていた。町の南西にある岩山の麓にある。数多くある小迷宮の一つだ。


 ただ、この岩山迷宮を訪れる者は、ほとんどいない。三階層と四階層に厄介な魔物が巣食っており、探索するにはそいつらを倒さなければならないからだ。


 しかも迷宮内で手に入れられるのは普通の金属だけで、リスクに比べて利益が少ないらしい。


 南西へ一時間半ほど歩くと、岩山が見えてきた。周りは緑の少ない荒れ地で、足元は大小の石がゴロゴロと転がっている。


 季節は春から夏に移る頃。長時間の歩きで汗が流れ喉が渇いた。背負っているリュックから水筒を取り出して一口飲む。


「ふうっ、迷宮の入り口まで来ただけで疲れた」


 デニスは痩せ型の体型だが、屋内で本を読むより外で飛び回るのを好む少年だった。しかし、雅也の魂と繋がるようになってからは読書も好むようになった。


 迷宮の入り口は、洞穴のように見える。

 デニスは慎重に迷宮へ入った。その中は暗く松明に火を点す。


 デニスは左手に松明、右手に戦鎚を握って進み始めた。この岩山迷宮は小規模で五階層までだと資料には書かれていた。そして、一階層にはスライムしかいない。


 スライムくらいなら楽勝だと、その時点では思っていた。三〇メートルほど進んだ時、迷宮内に明かりがあるのに気付いた。天井に生えている苔が光を放っているのだ。


「ヒカリゴケの一種か」

 デニスは松明の火を消した。予想した通り十分に明るかった。迷宮内は石の壁で作られた通路とドーム型空間で構成された迷路のようなものだった。


 ついにスライムと遭遇した。デニスが初めて見る魔物である。魔物は、例外を除いて迷宮などの特別な場所にしか存在しない。なので、デニスは見たことがなかったのだ。


 大きさは洗面器ほどで、色は薄緑をしていた。そんなスライムがナメクジのように通路の床を這っている。デニスがイメージしていたものより速い。


 慌てて戦鎚を振り下ろす。スライムは前進することで躱した。戦鎚が通路の床を叩いて乾いた音を立てる。その衝撃が手に伝わり痛みが走った。


「しまった」

 スライムが足元まで来ていた。反撃のつもりなのか靴に乗り、足首に絡みつく。その瞬間、ビリッという電気ショックが足にダメージを与えた。


「……」

 声も出ないほどの痛みが身体を走り抜け、心臓が止まりそうになった。足を振り払ってスライムを振り落とす。足から離れたスライムは、また這い寄ろうとする。


 デニスは戦鎚を振り下ろした。その金属製のヘッドがスライムに突き刺さる。だが、それくらいでスライムは死なない。スライムには核があり、それにダメージを与えなければ仕留められないのだ。


 スライムから距離を取ったデニスは、深呼吸して自分を落ち着かせた。

「何なんだ。あの電気ショックみたいなのは……」


 書斎にあった資料には、スライムに捕まると痛みが走ると書かれていた。その痛みが、これほど激しいものだとは思わなかった。


 デニスはスライムに捕まらないように逃げながら、何度も戦鎚を打ちつけた。九度目の攻撃で戦鎚がスライムの核を貫く。


 やっと仕留めたスライムは、空間に溶けるように消えた。迷宮の魔物は、通常の生物ではなく死ねば消えてなくなる存在のようだ。


 腹が減ったので、持ってきたライ麦パンを食べる。


 その後、何匹かのスライムと遭遇し、苦労しながら仕留め金属鉱床を探し始める。三時間ほどさまよい歩いた頃、小さなドーム状の空間を発見した。


 そこには六匹のスライムがうろうろしていた。一匹ずつなら何とか仕留められるようになったが、六匹同時というのは無理だ。


「時間はかかるが、一匹ずつ仕留めよう」

 デニスは小ドーム空間の入口近くにいるスライムから、一匹ずつ誘い出して仕留めた。五匹を仕留めるのに、一時間が必要だった。


 最後の一匹となった時、デニスはよろけて尻餅をついた。かなり疲れが溜まっているようだ。そこにスライムが襲いかかった。


 背中に張り付かれた瞬間、例の電撃が襲う。

「でひゃっ!」


 思わず変な声が出てしまうほど、強烈な衝撃だった。デニスは転げ回りスライムを振り落とす。スライムが離れたと感じた瞬間、立ち上がって戦鎚を振り下ろす。


「こいつめ……でりゃ、どりゃ、もう一発」

 やっと仕留めると、ホッとして座り込んだ。


「……つ、疲れた」

 へろへろになったデニスは、スライムが消えた小ドーム空間を見回す。目の隅にキラキラとした輝きを捉えた。銀色に輝く亜鉛の鉱床である。


 迷宮に生まれた鉱床には、自然銅などの金属結晶が析出する。純度の高い金属結晶なので、色で区別がつかない場合もある。だが、この階層の鉱床は資料によれば亜鉛らしい。


「採掘しないと……」

 デニスは鉱床に戦鎚を打ち込んで、亜鉛を採掘した。キラキラと輝く金属。これが銀ならば大金になる。しかし、迷宮の一階層で銀など採掘できない。


 亜鉛をリュックに詰める。迷宮の鉱床は、最後に採掘した後から少しずつ大きくなると言われている。この迷宮は長らく放って置かれたので、かなりの量を採掘できた。


 ただ一人で持って帰れる量には限りがある。一〇キロほどを採掘して帰ることにした。


 重い足を必死で動かし帰途についた。町の入り口に到着した頃には、日が沈みかけていた。デニスは店を閉めようとしている雑貨屋のカスパルに声をかけた。


「カスパルさん、ちょっといい」

 戸締まりをしようとしていたカスパルが振り向いて、デニスに顔を向ける。


「おや、坊ちゃんじゃないですか」

「よしてくれ。もう一六歳なんだよ」

「これは失礼しました。それで何用でしょう?」


 デニスは店の中に入ると、リュックから亜鉛を取り出した。

「これを買って欲しいんだ」

「ほう、亜鉛ですか」


 カスパルは亜鉛の塊を念入りに調べ、デニスに目を向けた。

「全部で銀貨二枚でどうでしょう」


 デニスには亜鉛の相場など分からなかったので承知した。その金で塩を一袋買う。塩一袋は銅貨七枚で、差額の銀貨一枚と銅貨三枚を受け取った。


 ちなみに、この国の金銭の単位は『パル』であり、貨幣は真鍮貨・銅貨・銀貨・大銀貨・金貨である。真鍮貨一枚が一パルで、銅貨は一〇パルというように一桁ずつ価値が上がっていく。


 屋敷に帰ると、心配そうな顔をしたアメリアと怖い顔をしたエグモントが待っていた。

「遅い、何をしていた」


「塩を買いに行っていたんです」

「何だと……塩を手に入れるだけで、こんなに遅くなったというのか?」

「買うには、金を手に入れなければなりませんから」


 エグモントが視線を逸らした。小遣いを与えていないことに負い目を感じているのだろう。

「何をしていたのかは知らんが、自分で稼ぐ方法を考えたのなら、立派な心掛けだ。だが、遅くなる時には伝言を残しておけ、皆が心配するだろ」


 デニスは謝った。アメリアが本当に泣きそうなほど心配したらしいからだ。


 水浴びして汚れを落とし服も洗う。着替えたデニスは遅い夕食を食べ、自分の部屋に戻った。

「デニス兄さん、入っていい?」


 デニスが許可を与えると、アメリアが入ってきた。

「ごめんなさい」

 アメリアが謝った。


「何で謝るんだい?」

「だって、あたしが塩を頼んだから、遅くなったんでしょ」

「違うよ。前から考えていたんだ」


 アメリアは何を考えていたのか、知りたがる。

「真名術だよ。習得しようと思っているんだ」


 真名術を習得するには、何らかの真名を知る必要がある。真名を知る方法は一つだけ。迷宮の魔物を倒すというものだ。魔物を倒すと、少ない確率で真名を得られるらしいのだ。


「へえ、魔物が真名を教えてくれるんだ」

 教えてくれるというのはちょっと違うのだが、一〇歳になったばかりのアメリアには、それでいいだろう。


「じゃあ、これからも迷宮へ行くの?」

「ああ、当分はスライム狩りを続けるつもりさ」


 デニスは今日の経験で、スライム専用の武器が必要なことを痛感していた。戦鎚はスライム狩りに不向きだと感じたからだ。


 デニスは迷宮の様子をアメリアに話した。途中でアメリアが眠そうな様子を見せたので、エルマを呼んで部屋に戻す。


 デニスは寝台に身を横たえると、即座に眠りの世界に落ちた。



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